嗅覚障害(読み)キュウカクショウガイ(英語表記)(Anosmia, Hyposmia)

デジタル大辞泉 「嗅覚障害」の意味・読み・例文・類語

きゅうかく‐しょうがい〔キウカクシヤウガイ〕【嗅覚障害】

におい感覚に何らかの異常がある状態。においが分からない、分かりにくい、別のにおいに感じる、においに過敏になる、などの症状がある。

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六訂版 家庭医学大全科 「嗅覚障害」の解説

嗅覚障害
きゅうかくしょうがい
Olfactory disorder
(鼻の病気)

どんな症状か

 嗅覚障害の内容と原因はいろいろあります。嗅覚機能の低下(嗅覚脱失(だっしつ)と嗅覚減退)が訴えの大半を占めますが、軽微な悪臭にも耐えられない嗅覚過敏(広義の化学物質過敏症)、本来よいはずのにおいを悪臭と感じる嗅覚錯誤(さくご)異臭症(いしゅうしょう))などもあります。

原因は何か

 嗅覚機能の低下は、①呼吸性嗅覚障害、②末梢神経性嗅覚障害、③中枢神経性嗅覚障害に分けられます。

 ①は、鼻中隔(びちゅうかく)の弯曲や術後の粘膜癒着などの鼻腔形態異常(びくうけいたいいじょう)や、慢性副鼻腔炎(まんせいふくびくうえん)アレルギー性鼻炎に伴う粘膜のはれポリープにより、におい分子が両側鼻腔で嗅上皮(きゅうじょうひ)まで到達できないことによります。

 ②には、嗅上皮の障害と嗅糸断裂(きゅうしだんれつ)による場合があり、前者は嗅上皮の萎縮や炎症が原因で感冒(かんぼう)などウイルス性のことが多く、後者は頭を打ったことが最も多い原因です。頭を打った時の嗅覚障害は難治性です。抗腫瘍薬(こうしゅようやく)テガフールの長期投与でも嗅覚は損なわれます。慢性副鼻腔炎や通年性アレルギー性鼻炎は①と②の混合型です。

 ③は頭部外傷脳腫瘍(のうしゅよう)、加齢が要因になります。

 なお嗅覚障害が、アルツハイマー病パーキンソン病の初期症状である場合もあります。

治療の方法

 重症度と原因疾患により違ってきます。慢性副鼻腔炎に伴う嗅覚障害では、内視鏡下鼻内手術(ないしきょうかびないしゅじゅつ)が有効です。私たちの治療例では、嗅覚を失ってから2年以内なら手術での嗅覚回復の可能性が高く、また14員環系(いんかんけい)マクロライド(抗生剤の一種)の長期投与も45%の有効率であることが報告されています。

 ステロイド薬の点鼻および経口投与は、ただひとつ確立された嗅覚障害に対する薬物治療です。経口ステロイド薬は、アレルギー性鼻炎に伴う呼吸性および末梢神経性障害に最も有効ですが、副作用に注意しなければなりません。診断的治療として短期間の投与は行いますが、致死的な障害ではないため、料理人やソムリエを除けば、長期投与はしません。

 ステロイド薬の点鼻は、呼吸性・末梢神経性障害を問わず広く行われていますが、懸垂頭位(けんすいとうい)(頭を後ろに倒した状態)の点鼻では大半の薬液嗅神経まで到達しないで、咽頭(いんとう)へ落下してしまいます。四つんばいになり、自分のへそを見るような頭位をとり、鼻の裏面を薬液が伝わるように点鼻すると効率よく嗅裂に到達できます。ステロイド薬に先立って血管収縮薬を点鼻しておくと、より効率よく点鼻できます。

 鼻中隔上方で粘膜下にステロイドデポ製剤(効果が長続きする製剤)を注射する方法も行われています。血清亜鉛(あえん)が低下している場合には、硫酸亜鉛の内服が有効な場合もあります。中枢性嗅覚障害には原因疾患の治療しかありません。

久保 伸夫

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「嗅覚障害」の解説

きゅうかくしょうがい【嗅覚障害 (Anosmia, Hyposmia)】

◎嗅覚障害とは
 においを感じる嗅覚になんらかの異常がおこることを嗅覚障害といいます。嗅覚障害の症状は、大きくつぎの5つに分けられます。
①においがまったくわからなくなる嗅覚脱失(きゅうかくだっしつ)。
②においをかぐ力が弱くなる嗅覚減退(きゅうかくげんたい)。
③においにひどく敏感になる嗅覚過敏(きゅうかくかびん)。
④どんなにおいも悪臭として感じる嗅覚錯誤(きゅうかくさくご)。
⑤においがしないのに、においを感じる嗅覚幻覚(きゅうかくげんかく)。
●嗅覚のしくみ
 鼻中隔(びちゅうかく)と中鼻甲介(ちゅうびこうかい)の間の嗅裂(きゅうれつ)という部分に、においを感じる嗅細胞(きゅうさいぼう)が存在する嗅粘膜(きゅうねんまく)があり、嗅神経を介して脳とつながっています。
 においのもとは嗅素という化学物質です。空気中の嗅素が鼻腔(びくう)に入り、嗅細胞に到達すると、その刺激が脳に伝えられて、においとして感じられます。これらの嗅覚のしくみのどこかに異常がおこると嗅覚障害になります。
●嗅覚障害の原因
 嗅覚障害はさまざまな原因でおこりますが、慢性の鼻の病気が多数を占めています。
 嗅覚障害の原因には、鼻(び)・副鼻腔炎(ふくびくうえん)、鼻(はな)アレルギー、鼻中隔弯曲症(びちゅうかくわんきょくしょう)、鼻・副鼻腔の腫瘍(しゅよう)、ウイルス感染(かぜ)、有毒ガス吸入によるもの、放射線療法後のものがあります。また、頭部外傷後遺症、頭蓋内(ずがいない)腫瘍、頭蓋内手術後や、抗がん剤(テガフール)などの薬剤性嗅覚障害もあります。
 このほか、先天性の嗅覚障害や、加齢による嗅覚減退や嗅覚脱失、また妊娠時にみられる嗅覚過敏、さらに神経症・ヒステリー、統合失調症(とうごうしっちょうしょう)、薬物中毒で嗅覚過敏や嗅覚幻覚などの症状がおこることがあります。
●治療
 治療で治りやすいのは、鼻・副鼻腔炎、鼻茸(はなたけ)、鼻中隔弯曲症、鼻アレルギーなどの鼻の病気による嗅覚障害です。ウイルス感染、薬剤性、頭部外傷後、頭蓋内手術後などによるものは治りにくい嗅覚障害です。
 嗅覚障害の治療法には、薬物療法と手術療法があります。薬物療法の中心は、副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモンの点鼻薬(てんびやく)を用いた点鼻療法です。
 副腎皮質ホルモン点鼻療法は、長期的に行なうと体重増加、顔が腫(は)れる(満月様顔貌(まんげつようがんぼう))、にきびのような発疹(ほっしん)が出るなどの副作用がおこることがあります。医師の指示にしたがって点鼻薬の使用量を守り、1日2回の点鼻を3か月間ほど行ないますが、この期間内では、通常、副作用はとくに問題ありません。
 このほかの薬物療法としては、ビタミンA剤やビタミンB12剤、原因となっている鼻・副鼻腔の炎症やアレルギーに対する薬の内服治療があります。
 鼻・副鼻腔炎、鼻茸、鼻中隔弯曲症、鼻アレルギーといった鼻の病気があり、薬物療法で嗅覚障害が改善しない場合は、手術療法を行なうこともあります。
 手術方法は、鼻中隔の手術、鼻甲介の手術、副鼻腔の手術に分けられます。手術療法で鼻腔内の形態異常を矯正(きょうせい)し、また嗅裂や副鼻腔の病気を取り除くことによって、鼻腔内の空気の通りや、嗅粘膜およびその周辺の炎症を改善します。嗅裂部および副鼻腔の手術には、細い鼻用内視鏡を使用した内視鏡下鼻内手術(ないしきょうかびないしゅじゅつ)を行なうと、より繊細な手術操作が正確にできるので有用です。
 症例によっては、これらの手術後に前述した副腎皮質ホルモン点鼻療法を行ないます。

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百科事典マイペディア 「嗅覚障害」の意味・わかりやすい解説

嗅覚障害【きゅうかくしょうがい】

嗅覚とは,鼻の奥の粘膜(嗅粘膜)にある嗅上皮という感覚細胞が,呼吸と一緒に吸い込んだ嗅素(臭いのもと)をとらえ,それが嗅神経を通じて脳に伝わり,臭いを感知するという仕組みになっている。嗅覚障害はこの過程のどこかに異常があると起こり,次の3タイプがある。(1)呼吸性嗅覚障害 慢性鼻炎,鼻中隔湾曲症(びちゅうかくわんきょくしょう)(鼻腔を左右に分ける中仕切りの役割を果たしている骨や軟骨が左右どちらかに湾曲している病気),慢性副鼻腔炎(蓄膿症),アレルギー性鼻炎などによって粘膜がはれ上がり,嗅細胞への道がふさがって,臭いが届かない。(2)嗅上皮性嗅覚障害 (1)の病変が嗅細胞に及び,嗅細胞が破壊されるため,臭いを感じることができない。高齢のために嗅細胞が減少して,この状態になることもある。(3)神経性嗅覚障害 頭部外傷やウイルス性感冒の後,臭いを中枢に伝える神経が障害を起こして,臭いを知覚できない。 治療方法は,(1)ならステロイド点鼻療法に効果がある。また,嗅細胞にはある程度の再生能力があるため,疾患によっては内視鏡やレーザーを使った手術による回復が期待できる。臭いは記憶と密接な関係があるとされ,少しでも嗅覚が残っていれば,リハビリで回復する可能性もある。しかし,残念ながら(3)の場合は治療に期待を持てないのが現状である。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「嗅覚障害」の意味・わかりやすい解説

嗅覚障害
きゅうかくしょうがい

においの感覚が冒された状態をいう。嗅覚の鋭敏さが悪くなったものを嗅覚脱失あるいは嗅覚減退といい、もっともよくみられる状態である。ときには異常に敏感になることもあり、これを嗅覚過敏といい、ヒステリー、神経症、ストリキニン中毒などにみられる。まれには、においの性質を変化して感じることがある。たとえば、花のよい香りを嫌なにおいに感ずる場合などであり、これを嗅覚錯誤とか嗅覚倒錯という。潜在性の副鼻腔(びくう)炎やかぜのあとなどにみられることがある。

 嗅覚減退や脱失は、呼吸性、末梢(まっしょう)神経性、中枢神経性の障害に分けられる。呼吸性とは、鼻道が狭くなって嗅素(においをおこす物質)が固有鼻腔の嗅裂にある嗅上皮まで達しないためにおこるもので、鼻茸(はなたけ)、鼻中隔彎曲(わんきょく)症、鼻炎、腫瘍(しゅよう)などが原因となる。末梢神経性とは、嗅上皮の嗅細胞に障害があるためにおこるもので、副鼻腔炎、鼻炎、刺激性ガスの吸入などによっておこる。中枢神経性とは、大脳の嗅覚中枢、あるいは中枢までの神経路に障害があるためにおこるもので、脳の腫瘍や外傷などのほか、ヒステリーや神経症などでもおこることがある。治療としては、それぞれ原因的疾患の除去が主となる。

[河村正三]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「嗅覚障害」の意味・わかりやすい解説

嗅覚障害
きゅうかくしょうがい
dysosmia

嗅覚の減退,脱失 (欠如) ,あるいは反対に過敏,錯覚などの異常のこと。嗅覚減退や脱失は各種の鼻疾患,頭部外傷,感染症などによって匂いが嗅細胞に到達しないときや,嗅上皮,嗅神経など自体に障害が生じたときにみられる。原因疾患の治療のほか,物理療法や薬物療法が試みられる。嗅盲は,特定の物質の匂いがわからない先天的な異常である。一方,嗅覚過敏や錯覚 (錯臭症または異臭症) は,局所の障害よりも種々の全身的変化 (妊娠など) や精神的異常によって生じる。

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世界大百科事典(旧版)内の嗅覚障害の言及

【嗅覚】より

…つまり,ガスもれに気づくのが遅れたり,料理に必要な香りや味の調合に支障をきたすからである。しかし最近は嗅覚障害の治療法も進んできた。嗅覚障害を調べる検査を嗅覚検査という。…

※「嗅覚障害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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