日本大百科全書(ニッポニカ) 「営業」の意味・わかりやすい解説
営業
えいぎょう
主観的には営利の目的で同種の行為を反復継続すること、すなわち商人の営業活動を意味し(商法5条・6条・14条・23条1項1号・502条)、客観的には商人が一定の営業目的のために組織づけた営業財産をいう(同法16~18条など)。なお、2005年(平成17)6月に成立した会社法では、この意味の営業を「事業」と改称した(21~24条・467~470条など)。後者の意義における営業は、単なる物や権利の集合体ではなく、事実関係(創業の年代、得意先、のれんなど)をも含み、それらのものが組織化された有機的一体としての機能財産である。営業財産は構成上、積極財産と消極財産からなる。積極財産は、動産・不動産、物権・債権・知的財産権などの権利はもとより、得意先や営業上の秘訣(ひけつ)のような財産的価値のある事実関係をも包含する。消極財産は、営業上の取引その他営業に関連して生じたいっさいの債務である。
営業財産は商人の財産のなかでも私用財産と区別される。会社の場合は、それが一定の営業目的のためにのみ存在するものであるから、営業財産のほかに私用財産はないが、自然人たる商人の場合、私用財産と区別して営業の用に供される財産が存在する。同様に、商人が数個の営業を営む場合には、それぞれ独立の営業財産が構成される。また、同一商人が営業所を別にして(たとえば本店と支店の営業)数個の営業活動を営むときも、これに応じてある程度独立した数個の営業が存在する。その結果、貸借対照表その他の商業帳簿上も、営業財産と私用財産とははっきり区別して記載される。なお、営業の譲渡の場合には、私用財産は譲渡の対象にはならない。このように営業財産は事実上特別財産として取り扱われているが、それは単に経済上の関係にとどまり、法律的には、たとえば営業上の債権者の権利行使は営業財産の範囲だけが対象になるわけではなく、また、商人が破産した場合に、破産財団は営業財産のみをもって構成されるわけではないから、営業上の債権者は商人の私用財産からも弁済を受けることができる。したがって、通説は、営業を法律上の特別財産とは解していない。
営業は組織的一体としての機能的財産であり、それを構成している各種財産の単なる数量的な合計ではない。これらの要素が営業目的を中心に組織化された統一的な機能財産である。なかんずく、営業の有機的一体性を基礎づけるものは財産的価値ある事実関係であって、これにより営業は、これを構成する各要素の価値の合計よりも高い財産的価値を帯びることになる。
なお、企業と営業とはかならずしも同一の概念ではないが、商法はその規律の対象とする企業を営業とよんでいるから、その意味では両者間に本質的な差異はなく、いわば企業は営業の上位概念ということができよう。
[戸田修三]
営業権
客観的意義における営業、すなわち、一定の営業目的のために組織づけられた有機的一体としての機能財産のうえに認められた一個の権利を営業権、あるいは企業権という。ただ、日本では、財団抵当とか企業担保法の適用がある場合に、例外的に認められるにすぎない。すなわち、現行法上、営業財産は集合物であり、一個の物権の対象とはならないから、このうえに一個の質権(しちけん)や抵当権を設定することはできない。したがって、営業に対する強制執行も認められず、営業を構成するそれぞれの財産のうえに質権や抵当権を設定し、個別的に強制執行するほかない。しかし、営業は一定の目的によって組織づけられた有機的な機能財産であり、社会的活力をもち、独立の交換価値をそれ自体もっているから、そのもっている担保価値を十分活用させるためには、法律上も営業全体のうえに一個の権利を認め、それを担保権の対象とし、これにつき強制執行をなしうるような方法を講ずることが要請される。フランスやイギリスなど外国の立法例には、これを取り入れたものもあるが、日本では従来、特別法による財団抵当制度があっただけである。そこで、1958年(昭和33)に営業全体を一個の財団とし、そのうえに抵当権を設定する方法として、イギリスの浮動担保floating charge制度に範をとった「企業担保法」が制定された。
[戸田修三]
営業所
企業活動を指揮統一するうえで中心となる場所、いいかえれば企業に不可欠の物的設備であり、商人や会社の営業活動の本拠たる場所をいう。したがって、商人の営業に関する指揮命令がそこから発せられ、その成果がそこで統一される場所であるとともに、外部的にも営業活動の中心として現れる。そのために、単に商品の製造や受け渡しをするにすぎない工場や倉庫、他所で決定された事項を機械的に行うにすぎない鉄道の各駅や、博覧会の売店などは営業所ではない。また、営業所は営業活動の中心的場所であるから、相当期間継続して固定していることが必要で、移動的な夜店のようなものは営業所ではない。ある場所が営業所であるか否かは客観的に先に述べた実質を備えているか否かにより識別すべきであり、単なる形式的な表示(たとえば○○交通○○営業所)や当事者の主観的な意思だけで決定すべきではない。商人や会社が同一の営業について数個の営業所をもつ場合、その主たる営業所を本店といい、従たるものを支店という。営業所は商人の住所とはかならずしも一致しない。また会社の住所は、本店たる営業所の所在地となっている(会社法4条)。
営業所は、商人の営業上の法律関係につき、債務履行の場所となり、商業登記に関する管轄登記所を定める標準となり、営業に関する訴訟についての裁判管轄決定の標準となり、さらに民事訴訟法上の書類送達の場所となるなど、重要な意味をもつ。
[戸田修三]
本店・支店
商人が数個の営業を営む場合には、各別に営業所をもちうることはいうまでもないが、同一の営業についても数個の営業所をもつことができる。その場合、営業所相互間に主従の関係を生ずるのであるが、その主たる営業所を本店といい、従たる営業所を支店という。支店はそれ自体営業所たる性質を有するから、一定の範囲において独自に営業活動の決定をなし、対外的に独立の営業をなすことができる。しかし、支店は従たる営業所であるから、本店の指揮命令に服し、基本的な業務執行は本店において決定しなければならない。
商法上、営業所は先に述べた本店と支店だけであって、これらの構成部分にすぎない分店、出張所、売店などはそれ自体営業所ではない。
支店についての法律上の効果としては、営業所一般につき認められているもののほか、本店の所在地において登記すべき事項は、支店の所在地においても登記しなければならず、また、支店だけの支配人を置くことができ、支店においてなした取引については原則としてその支店が債務履行の場所となり、さらに、支店の営業は独立してこれを譲渡できることなどの効果が認められている。
[戸田修三]
営業の自由と制限
何人(なんぴと)も公共の福祉に反しない限り自由に営業を営み、商人資格を取得することができる(憲法22条)。しかし、この営業の自由は絶対的なものではなく、公法上・私法上における幾多の制限に服するが、営業をなすこと自体に関する制限としては、一般公益上の理由、警察取締り上の理由、事業の公共性に基づく営業免許(銀行、信託、保険、ガス事業、地方鉄道事業など)、国家財政上ないし国家の独占事業などによる公法上の制限のほか、私法上における営業の制限がある。それには、当事者間の契約による場合と、法律の規定による場合とがある。法律の規定による場合は、たとえば、営業譲渡人(商法16条)、支配人(同法23条)、代理商(同法28条)、持分会社の業務執行社員(会社法594条)、取締役(同法356条1項1号)等の競業禁止などである。
[戸田修三]