喜多 又蔵(読み)キタ マタゾウ

20世紀日本人名事典 「喜多 又蔵」の解説

喜多 又蔵
キタ マタゾウ

明治〜昭和期の実業家 日本綿花社長。



生年
明治10(1877)年9月11日

没年
昭和7(1932)年1月31日

出生地
奈良県南葛城郡葛城村

学歴〔年〕
大阪商〔明治27年〕卒

経歴
豪農・長七郎の3男として生まれる。明治27年日本綿花(現・ニチメン)に入社。インドのボンベイ派出員などを経て、36年支配人となり中国市場を開拓。43年取締役、のち常務、副社長。大正6年社長に就任。一方、鈴政式織機(のちの遠州織機)、東亜製油、東亜製麻、日華紡織などの社長を務めた。また8年丸喜商店(のち喜多合名)を設け、雑貨輸出、南洋事業、紡織業、製糸業を営む。7年にはパリ講和会議随員の一人に選ばれる。11年日本経済連盟理事も務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「喜多 又蔵」の解説

喜多 又蔵 (きた またぞう)

生年月日:1877年9月11日
明治時代-昭和時代の実業家。日本綿花社長
1932年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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