命題論理学(読み)めいだいろんりがく(英語表記)propositional logic

改訂新版 世界大百科事典 「命題論理学」の意味・わかりやすい解説

命題論理学 (めいだいろんりがく)
propositional logic

論理的に不可分な意味の単位として命題(事実を記述し,真ないし偽の値をとることができる文)を考え,命題相互の論理関係を主題とする科学。現代論理学の最も基礎的な部分を構成する。

1個の命題に付け加わり,あるいは2個の命題を結合することによって新たな命題を作るコトバを(命題論理の)論理語と呼ぶ。ふつう命題論理学が選ぶ論理語は,〈……でない〉〈……そして……〉〈……または……〉〈……ならば……〉の4個である。そしてこれらには特別な記号を用意し,命題ABに対し〈Aでない〉を~Aと,〈AそしてB〉をA∧Bと,〈AまたはB〉をABと,〈AならばB〉を(AB)と書く(論理学者によってはちがった記号を採用することもある)。言葉の形式的な構造が論理学の主題なのであるから,命題論理学は命題を一般的に,不特定に表現する--すなわち変数的に表現する--記号を用いる。通常pqr等の記号がこれにあてられる。これらの記号を用いると,命題の論理的構造を命題論理学の枠内で示すことができる。それを表す記号の配列を論理式と呼ぶ。例えば,

 ~p,~(~p∨~q),

  (((pq)∧p)⊃q

はみな論理式である。

命題がたがいに論理的にどう関係するかということは,それぞれの命題に対応する論理式がたがいにどう関係するか,ということに等しい。だがその考察に先立ち,論理語の用法をもっと厳密に定めておく必要がある。というのは,日本語の〈ない〉〈そして〉等々はさまざまに異なる用法をもち,意味もあいまいだからである。日本語の〈ない〉は,命題についてその真偽を反対にする働きをもつ。論理学者はこの事実を逆手にとり,命題の真偽を逆にするように働く論理語として~の用法を定義する。また,日本語の〈そして〉は,結合する二つの命題が真であるときにかぎり,全体を真にする働きをもつ。日本語の〈または〉は,〈国鉄ストライキか,または私鉄がストライキのとき〉という場合のように,結合する二つの命題が偽であるときにかぎり,全体を偽にする働きをもつ。論理学者はこれらの事実を逆手にとり,そのような機能を有するコトバとして,論理語∧と∨をそれぞれ定義するのである。以上を表の形にすると次に示すようになる。

こういった論理語の定義により,われわれは~,∧,∨,pqr,……によって作られるいかなる論理式についても,そこに含まれるpqr,……に真ないし偽の命題が代入されるどの場合についても,全体の真偽を計算することができる。例えば,pに真,qに偽な命題が代入されると,~pは偽,~qは真になる。(~p∨~q)は真になり,~(~p∨~q)は偽になる。おのおのの論理式について代入のあらゆる可能性を挙げた表を,論理式の真理値表と呼ぶ。次に示すのは真理値表の例である。

 ところで,命題〈AならばB〉はしばしば〈Aでないか,またはB〉の意味で語られることがある。論理学者はこの〈ならば〉の用法に着目して,(pq)を(~pq)の真理値表によって定義する。すなわち,

 以上の論理語の定義が,それに対応する日本語としっくりしないことがあるのは,やむをえない。しかしそれは日本語が多義であることに由来している。そして命題論理学を適当に拡張すれば,その多義な用法のどれもが,論理学の枠内でちゃんと表現される,というのが大方の論理学者の予想である。

真理値表がすべて真でうまる論理式を〈(命題論理の)恒真式〉という。例えば以下の論理式はすべて恒真式である。

 (pp),(~~pp),(p∨~p),

 ~(p∧~p),((p∧(pq))⊃q),

 (((pq)∧(qr))⊃(pr))

論理式のなかで恒真式は特に重要である。中に含まれるpqr,……に真な命題が代入されても偽な命題が代入されても,結果はつねに真となる論理式が恒真式なのだから,仮に恒真式の型にはまっている命題,例えば,

 〈昭和10年は閏年であるか,昭和10年は閏年でないかだ〉(記号を混用すれば,〈昭和10年は閏年である∨~昭和10年は閏年である〉)

があれば,われわれはその命題が真であることを経験とかかわりなしに確認できる。伝統的な哲学者は,その真を純粋に思考領域の中で決定されるものと考え,その真理性を保証する思考の法則論理法則と呼んだ。しかし実際に彼らが考えていたものは,今日われわれの理解する恒真式にほかならない。なお,恒真式の型にはまっている命題を恒真命題,あるいはトートロジーと呼ぶことがある。
述語論理学
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「命題論理学」の意味・わかりやすい解説

命題論理学
めいだいろんりがく
propositional logic

現代論理学のなかで、連言記号と否定記号だけを使って表現できる推論の形式を扱う分野。たとえば、
 AならB
 A
 ゆえにB
という、伝統的論理学の時代に「仮言三段論法」とよばれた推論も、命題論理学の守備範囲に入る。なぜなら、
 AならB
は、くどくなるのをいとわなければ
 (Aで(Bではない))ではない
といいかえることができるが、このいいかえた形は、「で」にあたる連言記号「∧」と、「ではない」にあたる否定記号「¬」を使って、
 ¬(A∧(¬B))
と表すことができるからである。この例から察せられるように、伝統的論理学の仮言三段論法は、命題論理学にすべて吸収できる。また、
 AかB
 Aではない
 ゆえにB
一例とする選言三段論法も、命題論理学に吸収できる。定言三段論法は、述語論理学に吸収するのが自然であるが、記号の解釈を変えることにより、命題論理学のなかに吸収することもできる。つまり、伝統的論理学の行った推論の形式の整理分類は、すべて命題論理学に吸収できるのである。

 また、記号を論理素子に対応させれば、命題論理学は、コンピュータの論理設計について述べているものと解釈することができる。神経のシナプスの働きが論理素子の働きと同様なものと考えられる限りでは、神経網の論理的モデルをつくるのに命題論理学の成果を利用することもできる。

 次に、たとえば、
 (AでAではない)ではない
という形式の当てはまる命題はすべて正しいので、この形式は論理的に正しいものであるという。命題論理学の記号だけで書かれた形式には、それがどんなに長くても、どんなに入り組んでいても、論理的に正しいかどうかを機械的に決める方法、いわゆるアルゴリズムがある。これは命題論理学の著しい特色であって、述語論理学の扱う形式の正否を決めるアルゴリズムは存在しないのである。

[吉田夏彦]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「命題論理学」の意味・わかりやすい解説

命題論理学
めいだいろんりがく
propositional logic

現代論理学で複合命題とその相互関係を記号により体系化し,主としてその真偽(命題の真偽を真理値という)を研究する分野。述語論理学が命題の主語-述語の関係などの内部構造を分析するのに対して,命題論理学はこれに立ち入らず,要素命題を最終的な単位として取り扱う。p,qなどで表される要素命題と,否定(¬),連言(∧),選言(∨),含意(⊃)などの論理演算子を組み合わせて記号列が得られる。一定の定義に従う記号列を論理式というが,式中の要素がいかなる真理値でも式全体が必ず真なるときトートロジー(逆は矛盾式)と呼び,トートロジーのすべてを導出する一連の公理を公理体系といい,さまざまな体系が考えられている。ある体系内で任意の論理式 Aについて,Aと¬Aが同時に証明されないとき,この体系は無矛盾であり,すべてのトートロジーが証明可能のとき,完全であるという。

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世界大百科事典(旧版)内の命題論理学の言及

【述語論理学】より

…現代論理学の基礎部分。命題論理学を体系の一部として含む。後者がもっぱら命題を構成単位と考え,命題相互の論理的関係を主題とするのに対し,述語論理学は後述するように,基本的な命題をも主語・述語の要素に分析し,命題に含まれる主語相互の関係を扱おうとする。…

【論理学】より

…アリストテレスが樹立した無様相三段論法の体系は,集合算のなかに吸収される。〈もの〉として命題だけを考え,命題が属する2種類の集合――真な命題の集合と偽な命題の集合――を考え,その間の関係を考察する論理学は命題論理学と呼ばれる。さらに,個体としての〈もの〉の一定の枠を想定し,その枠内で〈もの〉の組がつくる集合――これを述語という――を考え,これら個体と述語の結合を記述する命題の相互関係を考察する論理学は,(一階の)述語論理学と呼ばれる。…

※「命題論理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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