合理主義
ごうりしゅぎ
rationalism 英語
rationalisme フランス語
Rationalismus ドイツ語
非合理的、偶然的なものを排し、理性的、論理的、必然的なものを尊重する立場。合理論、理性論、理性主義などともいう。実践的規準として、理性的原理だけを尊重する生活態度をさしていうこともある。形而上(けいじじょう)学的には、理性や論理が世界をくまなく支配していて、この世に存在理由をもたないものはなにもありえないという説で、ギリシア古典期の観想的理性主義の哲学がその代表である。神学的には、信仰の真理を恩寵(おんちょう)の光に照らして啓示的に知るだけでなく、可能な限り自然の光によって理性的に認識しようとする立場をいう。
[伊藤勝彦]
近代合理主義の父とよばれるのが17世紀のデカルトである。彼は物理学に数学的解法を適用する理論的研究の成功に力を得て、この物理・数学的方法を一般化し、あらゆる学問に通じる普遍的方法の理念に到達した。つまり、「普遍数学」の構想がそれで、この考えが確立するとともに、宇宙を支配している数量的関係をつきとめることが自然研究の唯一の課題となる。物体の運動変化はまったく数量的に把握され、可能態から現実態への移行としてこれを説明するアリストテレスやスコラ哲学の方式は当然否定される。数学的合理性の観念が確立され、自然のできごと全体を必然的な因果の連鎖でとらえ尽くすことができると考えられるようになる。こうして、自然の世界全体が因果の法則に従った一つの巨大なメカニズムであるとみなすところの、いわゆる機械論的自然観が成立することとなる。
世界の機械論化が徹底して推し進められると同時に、人間の精神は世界から独立した知的主体として確立される。ハイデッガーのいうように、「人間が主体になった」ということが近代におけるもっとも重要な変化であった。しかも、このような変化は17世紀という一時代に起きたことであった。「知は力である」といったのはフランシス・ベーコンであったが、科学による自然支配が実現されるためには、まずもって人間が知的主体として世界に対して君臨することが必要であった。自然的世界の合理的把握、つまりその徹底した機械論化は、このような、世界とは独立な主体によってのみ可能であったのである。
[伊藤勝彦]
デカルトの思想は、スピノザ、ライプニッツ、ボルフChristian Wolff(1679―1754)などの、いわゆる大陸合理論にとくに大きな影響を与えた。彼らに共通する性格は、数学的方法に対する絶対的信頼ということであった。スピノザはデカルトの考えを受け継ぎ、幾何学的方法を哲学に応用して、哲学を厳密な論証的学問にしようとした。ライプニッツは数学的記号を使って、もっとも単純な真理からすべての真理を演算的に演繹(えんえき)しようとする「結合術」を考え出した。
合理論はとりわけ、認識の起源を問題にする認識論的見地から、経験論に対立する。すなわち、すべての認識は経験から生ずるとなす経験論に対し、合理論は、すべての確実な認識は生得的で、明証的な原理に由来するという立場にたつ。経験論は個々の感覚的印象から出発するが、合理論は一般概念と悟性の根本原理から出発し、感覚的経験を混乱したものとして軽視する。方法としては、経験論が観察と帰納的方法を重んじるのに対し、合理論は演繹的方法を重んじる。一般的傾向としては確かにこういう違いが認められるが、デカルトは大陸合理論にのみ影響を与えたわけではない。イギリスのホッブズやロックにも大きな影響を与えた。いや、それどころか、ほとんどの近代思想家がデカルトの精神を分有している。人間の理性能力としての「良識はこの世でもっとも公平に配分されているものである」という、デカルトの『方法序説』冒頭のことばは、近代精神を鼓舞し続けてきた。そういう最広義の意味では、デカルトの合理主義は近代ヨーロッパの思想的源泉であるということができるであろう。
[伊藤勝彦]
『伊藤勝彦編『思想史』(1972・新曜社)』▽『伊藤勝彦著『デカルトの人間像』(1970・勁草書房)』▽『カッシラー著、中野好之訳『啓蒙主義の哲学』(1962・紀伊國屋書店)』
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合理主義【ごうりしゅぎ】
英語rationalismなどの訳。〈合理論〉〈理性主義〉とも。欧語はラテン語ratio(理性,根拠,理由。ギリシア語ロゴスに対応)に由来し,〈理性〉に真理の基準を置く世界観をいう。したがって理性の捉え方いかんで多様な内実をもちえるが,神的ロゴスを語るヘラクレイトスの哲学や神的理性をいうスコラ学も合理主義と呼びうるが,一般に自然的・人間的理性に根拠を置く,デカルト以降の近代合理主義を指すことが多い。スピノザ,ライプニッツ,カントらを代表者とし,しばしばイギリス経験論との対比で大陸合理論の系譜が語られる。〈理性的なものは現実的であり,現実的なものは理性的である〉(《法哲学》1821年)とするヘーゲルがその頂点をなす。古代以来,対抗思潮としての非合理主義もまた並行し,とりわけ19世紀後半以降,合理主義はさまざまな領域で再考と克服が求められている。
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合理主義
ごうりしゅぎ
rationalism
理性論 (主義) とも訳される。人間理性は他の力をかりずとも客観的真理を把握しうるとする哲学的立場の総称。根本的には認識論上の立場であり,感覚体験を退けて理性のみが真理に達しうるとする。数学をモデルとして演繹の方法によって論理の必然的連鎖を追う。感覚を否定するのでほとんどの場合観念生得説と結合している。プラトン,ガリレイ,デカルト,ライプニッツ,ヘーゲルらが典型。神学上は啓示を否定する自然宗教の立場であり,宗教改革以後特に啓蒙期に盛んとなったが,それは特に理神論と呼ばれ無神論に道を開いた。倫理学上の合理主義は理性を感情に対立させ,生得的道徳律を主張する。プラトン,ストア派に発し,17~18世紀イギリスで流行をみた。
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ごうり‐しゅぎ ガフリ‥【合理主義】
〘名〙
① 一般に、理性を重んじ、思想、生活に合理性を貫こうとする態度。〔いろは引現代語大辞典(1931)〕
※人生論ノート(1941)〈三木清〉「近代的な冒険心と、合理主義と〈略〉の混合から生れた最高のものは企業家的精神である」
② すべての認識が経験に由来すると説く経験論に対し、生得的な理性に認識の根拠を求めるデカルト、スピノザ、ライプニッツ、ウォルフなどの認識論的立場。⇔
経験主義。
③ 道徳のもとを理性にもとめた説。
④ 宗教を理性に基づかせ、理性と調和させようとする立場。
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デジタル大辞泉
「合理主義」の意味・読み・例文・類語
ごうり‐しゅぎ〔ガフリ‐〕【合理主義】
1 物事の処理を理性的に割り切って考え、合理的に生活しようとする態度。
2 哲学で、感覚を介した経験に由来する認識に信をおかず、生得的・明証的な原理から導き出された理性的認識だけを真の認識とする立場。経験論に対比される。デカルト・スピノザ・ライプニッツ・ウォルフなどが代表的。合理論。理性論。唯理論。
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ごうりしゅぎ【合理主義 rationalism】
現在ふつう〈合理主義〉というと近代合理主義のことだけを考えがちだが,もともと合理主義とは一般に〈理性(ロゴス,ラティオ)〉にのっとった考え方,生き方,世界のとらえ方を意味する。だから,理性にさまざまなものがあれば,合理主義にもさまざまなものがあることになる。
[ギリシアの理性と〈哲学〉の発生]
理性という観念が初めに自覚されたのは,前5世紀ごろのギリシアにおいてである。ここに〈ロゴスを働かす〉こと,つまりわれわれをとりまく現実のうちから多様な物事を〈集め〉〈比量し〉〈秩序立てる〉ことをとおして普遍的なものや高次の統一性がめざされる。
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世界大百科事典内の合理主義の言及
【ウェーバー】より
…西欧文化と近代社会を貫く原理を〈合理主義Rationalismus〉に求め,その系譜,本質,帰結を解明したドイツの思想家。エルフルトに生まれ,まもなくベルリンに移った彼は,国民自由党の代議士として活躍した父,敬虔なプロテスタントで教育熱心な母の長男として,経済的にも文化的にも恵まれた家庭に育った。…
【資本主義】より
…資本主義の経済活動は,法律体系,道徳規範,政府の活動,生活慣習,価値体系といった社会の制度装置を前提として行われる。
【資本主義的活動の特徴】
[営利主義と合理主義]
資本主義的活動の特徴は営利主義と合理主義にある。営利主義とは,利潤のために利潤を追求する営利至上の態度のことである。…
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