日本大百科全書(ニッポニカ) 「受精」の意味・わかりやすい解説
受精
じゅせい
雌性配偶子(卵)と雄性配偶子(精子)の融合をいう。配偶子が形成される際には減数分裂が行われ、核相は半数(n)を示すが、受精によって全数(2n)に戻る。受精の生物学的な意味は、第一に卵が刺激を受けて発生を開始すること、第二に染色体の組換えが行われ、遺伝子構成が改まって種の老化を防ぐことである。
[木下清一郎]
受精の過程
受精は次のような一連の過程を経る。まず精子が活発に運動して卵に接近する。シダ植物などでは走化性によって精子は卵に引き寄せられるが、動物では普通このようなことはなく、出合いはまったく偶然である。かつて、卵と精子の出合いやそのあとの合体に、ある普遍性をもつ物質が介在すると考えられた時期があり、この物質を総称して受精素(ファーティリチン)とよんだが、その後、そのうちのあるものは不確実となったり、普遍性に乏しかったりして、現在ではこのことばはほとんど使われなくなった。しかし、卵の周囲にあるゼリー層(糖タンパク質が主成分)が受精に必須(ひっす)であったり、精子の呼吸を高めたりする例や、精子の頭部からヒアルロン酸を分解するヒアルロニダーゼが出され、これによって卵の周囲にある濾胞(ろほう)細胞をつないでいる細胞間物質を分解して、精子が卵細胞に到達するのを助ける例などがある。これらの物質を、前述の精子の走化性を引き起こす物質などといっしょにして、受精物質とよぶこともある。
卵に接近した精子の頭部先端では先体反応がおこる例が多く、この反応後、精子は卵の保護層を通過して卵表面に至り、精子と卵の細胞膜は癒合する。このとき卵の細胞膜が変形をおこし突出することがある。これを受精突起とよぶ。癒合によって卵と精子の核は共通の細胞膜に包まれた状態になる。卵の細胞膜のさらに外側は卵黄膜とよばれる無構造の膜で覆われているが、受精時にこの卵黄膜がはがれて卵から分泌される物質も加わって硬くなり、卵を包む受精膜となることがある。受精膜と卵の間には囲卵腔(こう)とよばれるすきまができる。受精膜は卵を保護するほか、精子が余分に卵内に入って多精とならないように機械的障壁の役もする。しかし、受精膜の形成があまり顕著でない動物も多い。なお、胚(はい)が発生したのち、受精膜または卵黄膜を破って出てくることを孵化(ふか)とよぶ。
やがて、共通の細胞膜に包まれた卵核と精核とは接近して一つになる。卵細胞と精子との合体から卵核と精核の合体までの過程を受精という。これに続いて精子によって持ち込まれた中心体の周囲には星状体が発達し、これが分裂装置となって、有糸分裂が始まる。これが第一卵割である。
[木下清一郎]
受精の条件
受精には精子と卵の細胞膜が癒合することが必須の条件であって、精子を顕微操作で卵細胞の中に入れても受精はおこらない。精子の先体反応とそれに対する卵表面の細胞膜の反応が受精の鍵(かぎ)となっている。
また、受精が可能な卵の状態は動物の種類によって異なっている。卵の成熟の過程のうち、まだ減数分裂の開始する前の卵母細胞で精子を受け入れるものとしては、ゴカイ、ヤムシなどがあげられる。第一成熟分裂の中期ではツバサゴカイ、イガイなどが受精可能となり、第二成熟分裂の中期では大部分の脊椎(せきつい)動物が、成熟分裂終了後ではウニなどが受精可能となる。成熟分裂の途中で卵内に精子核が入った場合には、成熟分裂の進行が再開して完了するまで、精核は卵細胞質中で待っており、その後、卵核と合体する。
[木下清一郎]
受精の様式
動物の受精には体外受精と体内受精とがある。水中にすむ動物の多くでは、放卵・放精を行って水中で受精が行われる。その際、放卵・放精がほぼ同じ時期におこり、しかも個体どうしが接近して放卵・放精をする行動がみられる。陸上生活をする動物でも、産卵のときには水中に戻る例がある。陸上生活のみを行っている動物では交尾という手段で精子が雌の体内に入る。これは陸上生活に対する適応の一つと考えられる。
このように、動物の受精は本質的に水中でなくてはおこりえないが、動物によって、単なる放卵・放精を行うものから、交尾を行うものまで種々の段階があるといえる。いずれの場合にも、精子と卵とが共通の媒質中に置かれることを媒精または助精という。また、人工的に媒精を行うことを人工受精とよぶ。なお、畜産学や水産学の分野では、習慣上、人工授精の語が使われることがある。
種子植物の受精では、受粉に続いて花粉が花粉管を伸ばし、その中で核の分裂がおこって花粉管核と生殖核とができる。生殖核はさらに分裂して2個の精核となり、花粉管が胚嚢(はいのう)に達すると、これらはそれぞれ卵核および極核と合体する。この現象を重複受精(ちょうふくじゅせい)という。
マイマイやミミズのような雌雄同体の動物でも、受精は別の個体間で行われるのが普通である。ホヤなどのように、同一個体に生じた卵と精子とが受精する例もまれにあるが、このような場合を自家受精という。植物で同一個体の花粉がその雌しべにつくことがあり、これを自家受粉という。
[木下清一郎]
『椙山正雄著『受精』(1978・東京大学出版会)』▽『日本動物学会編『現代動物学の課題4 卵と精子』(1975・学会出版センター)』