日本大百科全書(ニッポニカ) 「原子炉」の意味・わかりやすい解説
原子炉
げんしろ
nuclear reactor
ウランやプルトニウムなど核分裂をおこす物質を燃料とし、核分裂連鎖反応を人為的に制御するように考案された装置。つまり、原子炉は、原子爆弾のように核分裂連鎖反応を瞬時におこさせるのではなく、持続させ徐々にエネルギーを取り出すようにつくられている。
第二次世界大戦中の1942年にアメリカのイリノイ州シカゴ大学構内に、フェルミらにより、黒鉛ブロックとウラン、酸化ウランを積み重ねた装置がつくられたのが世界最初の原子炉である。原子炉は最初から核兵器の開発と深く結び付いていて、フェルミらの歴史的実験の成功も秘密にされていた。第二次大戦中、原子炉はおもに原子爆弾用のプルトニウムの生産などに使われ、原子力発電や原子力船などの平和利用の原子炉が開発されたのは、戦後のことである。現在では、原子炉の利用は多方面にわたり、動力用として発電、船舶推進に、そのほか製鉄や宇宙開発などへの利用も進められている。研究・生産用原子炉も多く、広く原子力の研究・開発のための道具として利用され、また人工の放射性同位元素(ラジオ・アイソトープ)の生産なども行う。
日本には、大学研究機関に研究・試験用原子炉が、日本原子力研究開発機構に研究・試験用および動力用原子炉の開発を目的とする原子炉がある。一方、商業用原子炉としては、日本原子力発電会社と電力会社が全国各地に数多くの原子力発電所を建設・運転しており、また計画・建設中の炉も多数ある。
[青柳長紀]
原子炉の物理
原子炉では、燃料のウラン235の核分裂で発生する中性子がふたたびウラン235の原子核に吸収され核分裂をおこす連鎖反応がおきている。1回の核分裂で平均2.5個程度の中性子が発生するが、そのすべてが燃料に吸収されるわけでなく、別の核反応や燃料の外へ逃げて失われていく。中性子の発生と吸収をうまく調節しないと核分裂連鎖反応が急激に増大したり、持続しなくなったりしてしまう。天然ウランは、ウラン235が全体の0.7%程度しか含まれず、残りはウラン238である。ウラン235は、速度の遅い中性子(熱中性子)を吸収して容易に核分裂をおこし、速度の速い中性子を発生させる。ウラン238は速い中性子でわずかに核分裂をおこすが、一方では速度の速くない中性子を多量に吸収し、プルトニウム239を生み出す非核分裂性物質である。連鎖反応を持続させる方法の一つとして、原子炉の燃料では、ウラン235の存在比を高くし、ウラン238への中性子の吸収を少なくした濃縮ウランが多く使われる。それでも、発生した中性子は、原子炉を構成している多種多様な非核分裂性物質に吸収されたり、原子炉表面から逃げ出したりする。原子炉の物理学では、まず原子炉が無限に大きくて中性子が炉の外に漏れていかないような体系を考え、その中での中性子の発生と吸収のバランスを研究する。
核分裂で発生した速い中性子は、減速材の原子核に衝突しながらエネルギーを失って減速され、速度の遅い熱中性子になる。いま、核分裂で発生した中性子が減速され燃料に吸収されてから再度核分裂をおこすまでを中性子の1世代と考え、世代がかわったときに中性子の数が何倍になるかを表す数を増倍率というが、持続する連鎖反応を実現するには、この値が1以上でなければならない。無限に大きい原子炉での増倍率は次のような因子で決まる。(1)核分裂により発生した速い中性子は減速される前にウラン238に吸収され核分裂をおこす。これによって中性子個数が増加する、その寄与分。(2)核分裂で発生した速い中性子が減速される途中で、ウラン238に吸収される(共鳴吸収)ことなく熱中性子になる確率。(3)減速された熱中性子のうち燃料の中に吸収される割合(中性子利用率)。(4)1個の中性子が燃料に吸収され核分裂をおこしたとき発生する次の世代の中性子の平均個数。以上四つの因子の積として無限に大きな原子炉の増倍率が現れるが、この関係を表す式を四因子公式という。
実際の原子炉では、燃料の入った体系(炉心)は有限であり、炉心で発生した中性子の漏れを少なくするため、炉心の周囲を反射材で囲み、漏れる中性子を炉心に返すようにするが、それでも一定の割合で体系外に漏れる。そこで有限の原子炉では、その原子炉が無限に大きいと考えたときにもつ増倍率に、中性子がその体系内で吸収され系外に漏れていかない確率を掛けた値が実際の増倍率となる。前者を無限増倍率というのに対し、実際の有限の炉の増倍率を実効増倍率という。
原子炉では実効増倍率が1のとき、ちょうど1回の核分裂で発生した中性子のうちの1個だけが燃料に吸収され核分裂をおこし、次の世代の中性子を発生させることになり、連鎖反応は定常的に持続できる。この状態を原子炉は臨界であるという。実効増倍率が1より小さいと、連鎖反応は縮小していき持続できなくなるが、この状態を臨界未満といい、逆に1より大きいと連鎖反応が増大していく臨界超過の状態となる。
中性子の漏れは炉心の表面でおこるが、中性子は炉心の中で発生する。炉心部分の体積の増加に対し表面積の増加の割合は小さいので、炉心の増大に対し中性子の漏れる確率は小さくなる。したがって、ある一つの炉心に燃料を増加させていくと、中性子の漏れない確率の増加で、原子炉は臨界未満の状態から臨界に達し、やがて臨界超過の状態になる。原子炉が臨界の状態になったときの炉心に含まれる燃料の量および容積を、その原子炉の臨界量および臨界の大きさという。
原子炉を定常的に運転するには、燃料が臨界をやや超過する程度まで装荷した炉心の中に、熱中性子の強吸収体(制御棒)を挿入し、臨界超過で余分に発生する中性子を吸収することで中性子の発生と吸収のバランスをとり、臨界状態を保つ。以上の説明は、現在もっとも多く存在する熱中性子炉とよばれる形の原子炉の原理についてのもので、高速中性子炉などの原理はやや複雑となる。
[青柳長紀]
原子炉出力と熱工学
核分裂反応で発生する放射線はいろいろの経過をたどるが、最終的には熱になる。原子炉の出力(熱出力)は、炉心の中で単位時間におこる核分裂反応の数で決まり、発生するエネルギーを熱の単位で表したものである。理論的には、炉心内で核分裂連鎖反応を増大させれば単位時間に放出するエネルギーは、ほとんど無限に近くいくらでも大きな出力の原子炉ができることになるが、実際にはその炉の熱除去のできる割合で決まってしまう。
核分裂エネルギーの80%は核分裂破片の運動エネルギーとなり、すぐに熱になり、すべて燃料中で発熱するが、その他の20%はγ(ガンマ)線や中性子の運動エネルギーなどにもなる。熱中性子炉では、核分裂による全発熱量の90%程度が燃料中で発生するので、燃料といろいろな構造物の間を流れる冷却材との熱の受け渡しがたいせつである。燃料中の発熱分布が決まれば、燃料体、構造物、冷却材各部の温度分布が決まるが、その場合、各要素中の熱伝導と冷却材への熱伝達が重要で、とくに冷却材の沸騰による熱伝達の変化に注意を要する。
火力の熱機関では構造物は機械的性質を考えて選ばれるが、原子炉材料ではおもに核物理学的性質が優先され、熱的、物理的、機械的に優れた素材が選ばれるとは限らない。したがって、熱応力や化学的腐食による材料の割れの発生や高温での溶解を防止するため、燃料体や構造材の温度を一定の範囲内に抑え、それより上昇したり低下したりしないようにすることや、温度勾配(こうばい)を大きくしたり熱的変動を大きくしないような設計が必要となる。一般に最大の熱出力と最大の熱効率を得るために高温化と熱放出率を高めようとする要求と、熱応力、化学的腐食、長期間の高い中性子密度の中での材料の劣化などを防止するという相反する要求のなかで、厳しい原子炉の熱的設計がなされる。とくに最近では、燃料体や構造材の破壊は核分裂生成物の高い放射能の放出という安全上の問題をおこすため、慎重な材料の選択と熱設計上の改良が原子炉の技術を発展させるための重要なポイントになりつつある。
[青柳長紀]
原子炉材料
原子炉材料は、広義では燃料体の中身の核分裂性物質をも含むことがあるが、普通はこれを含まない。燃料被覆材、冷却材、減速材、反射体材、遮蔽(しゃへい)材および中性子吸収材、その他の炉心構造材、一次系構造材、蒸気発生器材から格納容器材まで入れることもあるが、一般には炉心構造材までにとどめ、あとは原子炉固有の材料を加えるにとどめる。
原子炉の炉心をつくるのに使用される材料は、原子炉の種類、型式によって若干違う。このほか実用に至らなかった原子炉のために研究された材料や、今後の使用を目標に研究開発されているものがある。燃料被覆材としてのベリリウムおよびその合金、ニオブ合金、バナジウム合金は実用に至らなかった例であり、ナトリウム‐カリウムの共晶合金ナックは研究照射カプセルには封入して使われるが、原子炉の冷却材には実用されない。また融解塩燃料、液体金属燃料の炉も研究開発のみで実用には至っていない。硫酸ウラニル水溶液燃料は日本最初の研究炉JRR‐1(すでに解体された)には用いられた。またフッ化物の融解塩燃料に対する容器材としてアイノール8というニッケル合金が開発されたことがある。
実際に用いられる原子炉材料を大別すると、(1)旧来からの工業材料を原子炉用に若干仕様を変更して製造させて使うものと、(2)原子炉用に開発された旧来の工業材料の改良材(新合金など)と、(3)まったく原子炉用を目標に新たに工業生産されるようになった金属(いわゆる新金属)および合金とになる。
(1)の例は研究炉用のアルミ合金、動力炉・研究炉用のステンレス鋼や低合金鋼があり、(2)には炭酸ガス冷却炉用の燃料被覆材のマグノックスやボロン入り鋼、ボラールがあり、(3)の例はジルコニウム合金、ナトリウム、ハフニウム、中性子吸収用の希土類元素の酸化物などがある。
[三島良續]
原子炉の構成要素
原子炉は普通、炉心、反射体、遮蔽体、冷却装置、計測制御装置などから構成される。炉心は、核分裂連鎖反応をおこす燃料体と、中性子を減速させる減速材よりなり、原子炉中もっとも重要な部分である。反射体は、炉心の周囲を囲み、炉心より逃げる中性子を反射させ炉心に返す作用をする。遮蔽体は、炉心から流れ出る強力な放射線を遮断し、原子炉の外に漏れないようにする。一方、冷却装置は、冷却材を炉心、反射体、遮蔽体などの中を循環させ、発生する熱を取り去る。計測制御装置は、強力な中性子吸収体でできた制御棒を炉心に出し入れし、原子炉出力を制御し、また出力、温度、中性子密度、圧力、放射線の強さなどを測定・記録するためにある。
〔1〕燃料体 核燃料物質としては、ウラン235、プルトニウム239、ウラン233などがあるが、天然ウランとウラン235を分離・濃縮し存在比を高めた濃縮ウランの利用が大半で、プルトニウム含有燃料は実用化されつつあるが、トリウム232より生成されるウラン233を使うトリウム燃料は、まだ一般的には使用されていない。核燃料物質は、金属や金属合金、酸化物などの形で円筒型(ペレット)板状、中空円筒型などに成形され、アルミニウム合金、ジルコニウム合金、ステンレス鋼などで被覆される。燃料体は1本の場合もあるが、普通、燃料板や燃料ペレットを積み重ねて被覆管に挿入密封した燃料棒を複数束にし支持機構に収めた燃料集合体(アセンブリ)の形をとる。被覆材は、核燃料物質内より発生するガス(核分裂生成物)の四散を防ぎ、燃料物質中の不純物や核分裂生成物と冷却材との相互作用による化学的侵食作用を防ぐためにあり、冷却材の化学的作用に強く、中性子の吸収の少ない物質が選ばれる。
〔2〕減速材・反射材 中性子の減速効果は、中性子の質量に近い質量数の小さな原子核ほど有効だが、一方では中性子の吸収の少ないほうがよい。普通、軽水(普通の水)、重水、ベリリウム、酸化ベリリウム、黒鉛などが使われている。反射材は減速材と同様の物質がよいが、減速材と兼用されることもある。
〔3〕冷却材 冷却材としては、気体の炭酸ガス、ヘリウム、液体の軽水、重水、溶融ナトリウムなどが使われる。気体の冷却材は、液体と比較し熱伝導度が悪く、より大きな熱除去用循環ポンプ動力を要するが、中性子の吸収が少なく高温にできる特質がある。ヘリウムガスは冷却材として優れた性質をもち高温ガス炉に使われるが、高価である。炭酸ガスは安価で、液体と比較し放射能の発生が少ない利点もあり、コールダーホール型原子炉で使われている。
液体の冷却材の軽水は、安価で入手しやすく、減速材との兼用も可能なので、もっとも多く使われている。難点は、高温で沸騰し熱伝導度が落ちるため、冷却系を高圧にする必要があることで、中性子の吸収も比較的大きく、不純物による放射能が発生しやすい。重水は、中性子の吸収も少なく減速材兼反射材ともなり有利であるが、トリチウムの発生や、軽水より高価となる欠点もある。液体ナトリウムは、高い伝導度で冷却能力が大きく沸点も高く、冷却材としては優れた物理的性質をもつが、化学的に活性で水との反応により爆発をおこす危険性もある。設計上の注意と特殊な技術が必要で、高速中性子炉におもに使用される。
〔4〕遮蔽材 遮蔽材は、炉心から漏れてくる中性子やγ線などの強い放射線をよく吸収する物質が用いられる。種類としては、水と水素を多く含む水酸化物、ホウ素とその化合物、鉄、鉛、カドミウムなどの金属と、それらを多量に含む重コンクリートがある。炉心や反射体に接した部分ではγ線や速い中性子を吸収し発熱するので、熱除去しやすい軽水タンクや、融点の高い鉄などを置き、発熱による遮蔽体自体の破損を防ぎ、その周囲を重コンクリートなどの遮蔽材で囲む。前者を熱遮蔽といい、後者を生体遮蔽という。
[青柳長紀]
原子炉の種類
原子炉には、利用目的別分類や、炉の原理、燃料、材料、構造の差による分類法がある。後者の例としては、熱中性子の核分裂反応をおこす熱中性子炉に対し、おもに速い中性子の核分裂反応をおこす高速炉がある。1回の核分裂で発生する中性子で新しい核分裂性物質を平均何個生成するかを表す値を転換率(比)というが、転換率1以上の炉を増殖炉、1未満の炉を転換炉とよぶ分類が使われている。
〔1〕研究用原子炉 一般に動力用原子炉に対して、原子力の研究開発のための利用を主目的とする原子炉をいう。利用目的としては、原子炉を線源として中性子線など放射線を使った研究、物質や生体に中性子を照射したときの効果や影響に関する研究、原子炉自体の研究や原子炉計装機器の研究開発、プルトニウムやラジオ・アイソトープの製造、医療への利用、原子力技術者の教育訓練などがある。ゼロ出力の臨界実験装置から熱出力数十万キロワットまでいろいろな型の原子炉があり、熱出力のわりに高い中性子密度と流れが得られる。一般に冷却材の温度は低く、通常発生する熱を利用しない。
(1)ウォーターボイラー型 原子炉開発初期に多くつくられた炉で、球形の炉心に、硫酸ウラニルの濃縮ウランを減速材の軽水と均質に混合した燃料が入っている。1958年(昭和33)日本最初の原子炉となった日本原子力研究所(現、日本原子力研究開発機構)のJRR‐1はこの型の炉である(68年運転終了、70年解体工事終了)。
(2)スイミング・プール型 濃縮ウランのアルミニウム合金燃料を板状に成形したものを複数枚並べて燃料集合体をつくる。その何本かで構成された炉心を、軽水を満たした開放型容器(プール)の底に入れ、その周囲を黒鉛やベリリウムの反射体で囲む。プール水が減速、冷却、遮蔽の三役を果たす。炉心を直接肉眼で見られるなどの特徴を有し、遮蔽実験、中性子照射実験、教育訓練など多方面に利用される。日本原子力研究開発機構のJRR‐4、京都大学のKURなどがこの型である。
(3)タンク型 燃料体と減速材をともに密封型の容器(炉心タンク)に収め、タンク内の減速材兼冷却材をポンプで加圧循環させ冷却する。出力を高くでき、高い中性子密度と流れが得られる。燃料は天然ウランから高濃縮ウランまで幅広く、燃料体の構造も多種多様で、減速・冷却材の軽水・重水との組合せで特徴ある炉型が多数できる。日本原子力研究開発機構のJRR‐2、3はこの型の炉である(JRR‐2は1996年運転終了)。
(4)材料試験炉 出力と中性子密度が高く、原子炉材料の照射試験を主目的とする。高濃縮ウランをアルミニウム合金板状燃料として、それを炉心タンクに入れる。炉心タンクの中は減速・冷却材の軽水を高い圧力で循環させ、炉心タンクはさらに軽水プールの中に置く。茨城県大洗(おおあらい)町にある日本原子力研究開発機構の材料試験炉(JMTR)がこの型である。
(5)トリガ型 濃縮ウランと水素化ジルコニウムの合金燃料棒を束ね、軽水の入った円筒型容器中に置いた構造をもつ。比較的低出力、安定性があり、実験、教育訓練に利用される。立教大学、武蔵(むさし)工業大学にこの型の炉がある。
(6)高中性子束炉 中性子線で原子や分子の配列、運動などを調べる研究、超ウラン元素の生産、材料の照射試験などのために、小さな炉心で出力を大きくして高い中性子密度と流れを発生させる原子炉である。この種類の炉は、海外には多数あるが日本にはまだない。最近では、高中性子束炉を上回る性能を出す超高中性子束炉の設計と開発が、各国で進められている。
(7)その他の研究炉 東京大学の高速中性子源炉「弥生(やよい)」のように小型で低出力の実験用中性子源炉や、日本原子力研究開発機構のNSRRのように、出力を断続的に高くし、短い時間でも高い中性子密度と流れをつくりだすことのできるパルス炉がある。
〔2〕動力用原子炉 動力用原子炉は、熱出力が大きくなければならないので、熱交換器、タービンなど付属施設と安全装置を含む施設全体が大型化する。また、石油などの他のエネルギー機関と競合する関係で、安全性、経済性の面で優位を保つよう、炉の設計・建設・運転すべてに厳しい技術的要求がなされる。動力炉の実用化には、炉型の選定と開発目標の設定、基礎的な技術開発、実験炉・試験炉での開発研究、開発目標とする炉の機能と安全性を検証する原型炉の建設と運転、商業用の実用炉の建設・運転というように、長期にわたる何段階もの開発ステップを踏む。
[青柳長紀]
実用炉として使われている原子炉
(1)軽水炉 減速材と冷却材に軽水を用いた炉で、水の沸騰を防ぐため冷却系を高圧にして冷却材を循環させた加圧水型炉(PWR)と、炉心で沸騰した蒸気をそのまま循環させる沸騰水型炉(BWR)がある。加圧水型は、蒸気発生器をもち、一次系と二次系に分離されるが、沸騰水型は、炉心で発生した蒸気を直接タービンに送る。加圧水型はアメリカで古くは原子力潜水艦の推進用に開発されたが、発電炉として実用化されたのは1956年ペンシルベニア州シッピングポートの商業用発電所が最初である。沸騰水型は、1957年ドレスデン発電所が完成、60年より商業運転を開始したのが実用化の最初で、その後軽水炉は大型化し、現在では電気出力150万キロワットの大型炉もある。
(2)天然ウラン黒鉛減速ガス冷却炉 早くからイギリスで開発され、燃料に天然ウラン、減速材に黒鉛、冷却材に炭酸ガスを用いたコールダーホール炉が有名である。日本最初の商業用発電所となった原電東海1号炉は改良型コールダーホール炉であるが、その後日本でつくられた発電所はすべて軽水炉である。
(3)黒鉛減速軽水冷却炉 古くから旧ソ連で開発されてきた、減速材の黒鉛ブロック中の1本1本の燃料棒の周囲を冷却材の軽水が流れる(チャンネル)炉心構造をもつ炉で、現在では電気出力150万キロワットの大型炉もある。RBMK炉ともよばれ、チェルノブイリ原子力発電所の事故をおこした原子炉として有名である。
(4)CANDU炉 燃料に天然ウラン、減速材と冷却材に重水を用いた炉で、カナダで開発され国外にも輸出されているが日本にはない。
[青柳長紀]
開発中の動力用原子炉
(1)新型転換炉 現在稼動または建設中の発電所の大半を占める軽水炉は、濃縮ウランを必要とするうえ、転換率も低くウラン資源の一部しか利用できない。転換率の高い新しい型の熱中性子炉として、日本では動力炉・核燃料開発事業団(のちの核燃料サイクル開発機構、現日本原子力研究開発機構)が重水減速・軽水冷却のウラン燃料とプルトニウム酸化燃料を用いる新型転換炉「ふげん」を建設、1979年に運転を開始した。しかし、日本での実用炉の建設は、計画されたものの、おもに経済的採算性がとれないという理由で95年に中止された。「ふげん」は2003年に運転を終了した。
(2)高速増殖炉 速い中性子の核分裂反応を主体とし、燃料を消費するよりも早くプルトニウムを生産できる炉として各国で開発されてきた。日本では、1977年から動力炉・核燃料開発事業団の高速増殖実験炉「常陽」が運転を始め、その後94年に高速増殖原型炉「もんじゅ」も動きだしたが、95年に起きたナトリウム漏れ事故のため停止中である(現在は日本原子力研究開発機構が所有)。
(3)固有安全炉 原子炉の暴走や冷却水喪失事故をおこさない、新しい安全設計思想で設計された炉をいう。物理的な自然の摂理で、原子炉の緊急停止や炉心の熱除去が確実に達成できる。電気出力60万キロワット程度の比較的小型の炉の開発が各国で進んでいる。
(4)高温ガス炉 世界では、多目的利用の高温のガス冷却炉が開発されてきたが、日本では日本原子力研究開発機構の高温工学試験研究炉(HTTR)が試験中である。
(5)溶融塩増殖炉 トリウムを使って、核燃料となるウラン233を増殖する熱中性子炉である。核燃料とトリウムのフッ化物、酸化物などを溶かした溶融塩の燃料を使い、発電と燃料再処理を一体にして行うのが最大の特長である。
[青柳長紀]
原子炉の安全性
原子炉では、核分裂の結果、膨大な放射能が発生する。たとえば、電気出力100万キロワットの軽水型原子力発電所では、1日約3キログラムのウランが核分裂をおこすので、同量の核分裂生成物(死の灰)を生成する。広島に落とされた原子爆弾では1キログラム程度のウラン235が核分裂をおこしたと推定されているから、大型の原子炉中に蓄積される死の灰の量がいかに膨大であるか推測されよう。1年間運転して停止した直後の放射能蓄積量は173億キュリーにもなると計算され、その崩壊熱も20万キロワットにも達する。そのほかに中性子の作用で原子炉構造材が放射化されて生じる放射能(コバルト60など)があるが、その量は死の灰の1000分の1程度である。原子炉の危険性とは、この膨大な蓄積放射能が存在するという潜在的危険をいい、原子炉の安全性とは、それをいかに確実に炉内に閉じ込め、顕在化させないかという問題である。
原子炉で起こる大事故の一つとして、なんらかの原因で連鎖反応の制御ができなくなり、急激な反応の増大で原子炉が暴走状態になる反応度事故がある。1986年4月ソ連のチェルノブイリ原子力発電所第4号炉で、実用発電炉史上最大の事故が起きた(91年のソ連崩壊後、チェルノブイリはウクライナに属す)。この事故は、長い連続運転の後、原子炉の停止に入る直前の特殊な実験中に、原子炉が暴走し原子炉と建屋が大きく破壊した。原子炉から膨大な死の灰が噴出し、ソ連の近隣諸国まで拡散した。1996年の国際原子力機関の報告によると、事故の被害は死者30名、急性放射線傷害者134名、高放射線レベルの汚染のために疎開させられた住民約11万6000人、復旧作業などで比較的高い放射線被曝(ひばく)をした人は20万人といわれている。さらに放射線傷害として、1995年末までにベラルーシ、ウクライナで、小児甲状腺癌(こうじょうせんがん)が約800人と急増している。その後、事故から20年目にあたる2005年9月に国際原子力機関を中心とする専門家グループによる報告書が発表された。それによると、これまでに事故による直接被曝のために癌などで死亡した人は47名、小児甲状腺癌で死亡した子供は9名であり、今後、これらの人を含めて直接被曝のために死亡する人は4000人に達すると推計した。しかし、この数値に対して、低すぎるとしてグリーンピース・インターナショナルなどから批判が出された。
もう一つの大事故として、とくに軽水型原子炉などでは、冷却水がなんらかの原因で失われ、炉心が空焚(からだ)き状態となり、燃料が熱で溶解する冷却材喪失事故(LOCA)がある。その例は、1979年3月アメリカのペンシルベニア州スリー・マイル島原子力発電所第2号炉の事故である。この事故では、機械の不良から始まり、人間の誤操作も加わったため冷却材喪失事故となり、炉心が損傷、多量の放射能を長時間にわたり放出し、20万人にも及ぶ多数の住民が避難した。軽水型発電炉では、冷却材喪失事故発生と同時に別の冷却水を注入するための緊急炉心冷却系(ECCS)があるが、なんらかの原因で非常用冷却水が供給されない場合は、原子炉が緊急停止しても、燃料体中の放射性核分裂生成物から発生する多量の熱で燃料温度が上昇、被覆材の溶解で溶けた燃料が圧力容器下部に落下すると考えられる。このような状態を炉心溶融といい、溶けた高温の燃料や被覆材と残留した水とが反応し水素を発生させ、酸素との結合で爆発がおこるかもしれない。さらに完全に冷却材が喪失した場合、溶融物は圧力容器の底部にたまり、容器と下部コンクリートを貫通、最後には地中に進入するという過程が想定できる。実際に、スリー・マイル島の事故では、炉心の半分以上の燃料が溶けて圧力容器の底にたまり、もうすこしで容器の外に流れ出るところだったことが、事故後の調査で判明した。
このような原子炉の安全設計で想定した事故を上回るような大事故を苛酷(かこく)事故とよぶが、チェルノブイリ事故の後、日本でも苛酷事故に対する対策が検討されるようになった。
過去の事故例は、原子炉の安全性に「万全の」という形容詞はつけえないことを示しているが、事故の発生を防ぎ、また事故が起こった場合の公衆への被害を防止するため、原子炉の建設以前に、第三者機関で、原子炉設置とその利用の適否について安全審査が行われる。原子炉建設の歴史をみると、古くは地理的条件を考慮し、公衆のいない砂漠の中などに設置されたりしたが、現在でも立地基準は原子炉設置にとって第一に重要な条件である。日本の場合は、原子炉の重大事故または仮想事故の発生で、周辺の公衆に、定められた「めやす線量」を超えた放射線災害を起こしてはならないことが立地基準として定められている。原子炉設置の第二の条件としては、原子炉の定常運転時、放射能による周辺住民の被曝線量限度を定め、できうる限り線量を低くするよう義務づけられている。さらに原子炉の増加に伴った人口密集地への設置を可能にするため、多重防御(深層防御)などの特別の安全思想をもって原子炉を設計・建設・運転するという工学的安全性についての基準がアメリカなどで生まれた。日本でも発電用原子炉では「軽水炉についての安全設計に関する審査指針」に同様な内容が定められている。このほか、地震による事故の発生に関してとられる耐震設計基準が最近とくに問題となりつつある。
安全審査の基準に適合した原子炉ならば、十分安全かどうかについて、歴史的に多くの論争がされてきた。しかし、現在主流となっている大型の動力用原子炉では、苛酷事故の発生を完全に否定することができない。そのため、二つの大事故の後で、現在の工学的安全性の基準では十分安全は確保されない、原子炉の安全審査基準や安全審査体制に欠陥がある、苛酷事故時の防災体制と緊急時対策が不十分であるなど、さまざまの論争が続いている。大事故の背景には、原子力関係者の「安全に対する思い込み、過信」があることが、国際的にも指摘されている。原子炉技術がまだ未熟であり、多くの原子炉でその工学的安全性もまだ十分実証されないことを考えると、原子炉を用いたエネルギーの利用については、今後も多くの基礎的研究・開発が必要とされているといえよう。
[青柳長紀]
『R・L・マレイ著、遠藤雄三訳『核エネルギー――その原理と応用』(1981・コロナ社)』