卵(たまご)(読み)たまご(英語表記)egg

翻訳|egg

日本大百科全書(ニッポニカ) 「卵(たまご)」の意味・わかりやすい解説

卵(たまご)
たまご
egg

雌雄の配偶子で明確な差異が認められる場合に雌性配偶子をさす語であるが、生物学上は卵(らん)あるいは卵子(らんし)とよぶことが多く、卵細胞(らんさいぼう)ともいう。また、しばしば卵(らん)には卵巣から排卵されたのちに卵白のような養分や卵殻が付加されるが、卵(たまご)というときにはこれらの付加物を含めることが多い。

 以上の生物学的な卵の詳細については「卵(らん)」の項を、また卵(たまご)のうちもっとも典型的で、広く利用される鶏卵(けいらん)については「鶏卵」の項をそれぞれ参照されたい。

[八杉貞雄]

文化史

世界のほとんどの民族にとって卵は食物だった。ただし、アフリカのサン系の人々にいまでもみられるように、西アジア、アフリカのダチョウの卵だけは先史時代から堅牢(けんろう)な殻を利用して、単に穿孔(せんこう)するか未加工のまま携帯用や据置き用の容器とし、あるいは加工して装飾品(ビーズなど)、楽器(がらがら)部品とするなどの技術を発達させた。

 世界の多くの民族にとって卵は家禽(かきん)(実質的にはニワトリ)の卵を意味するが、蜂蜜(はちみつ)とともに採集した蜂の卵、漁獲した魚の卵の食用・加工などの随伴的利用の対象である卵があるほか、熱帯・亜熱帯的気候の大洋沿岸、アマゾン川流域のいくつかの民族ではウミガメなどの卵が特別な食糧とみなされ、哺乳(ほにゅう)動物相の貧弱な島の民族(とくにニュージーランドマオリ)では、野鳥の卵を代替的に重要動物食にすることがあった。人々が卵を食用にする野鳥には、食用により生じる個体数減少を回復しやすい水鳥が多く、水産資源の豊富な寒流地帯ではウミガラスペンギンなどの卵を郷土食にすることもある。

 人類を含む野生類人猿は野鳥の卵を食べていなかった可能性があり、人類の食域が拡大したのちでも、親鳥が隠すことの多い卵を発見するのはやや困難で、発見しても小形で採集労働に見合わない卵が多い。そのうえ、殻が薄くて運びにくいから、食用にしたとしても、偶然に発見した卵をその地点で採食するのにとどまりやすかった。特定の野鳥の卵を意図的に採食すると短期間にその鳥の密度が激減し、それ以後の食用は困難になりやすいから、家禽の出現以前には、比較的大きい卵を産み群生していて採集労働の効率的な一部の水鳥の卵を除けば、卵に関する文化複合が形成されるのはおろか、卵が一民族のメニューに恒常的にのることすら例外的だったとみてよい。

 卵に特別な文化的意義を考えた最古の高度文化は、大形卵を産む群生水鳥(ガン)を家畜化した紀元前三千年紀のエジプトだった。第五王朝の浮彫りガチョウの卵がみられ、太陽かガチョウの卵かを判断しがたい赤楕円(だえん)モチーフが一般的であるのに加え、原始混沌(こんとん)からの誕生神話などと並んでガチョウの卵から主神ラーが生まれたとの説話が残るなど、前二千年紀にかけてはガチョウの卵が特別な意味をもつ文化要素だった。

 ニワトリ飼養の普及後にはニワトリの卵を主として利用した地域が広がったが、ニワトリの家畜化地域とされてきた南アジアの卵生説話はむしろ新しく、確認できる最古の例は、前9世紀以前に成立したとされる『シャタパトゥハ・ブラフマナ』だろう。宇宙を満たす水中に生じ、プラジャパーティが中から出てくる金の「宇宙卵」である。その後この卵生思想はウパニシャッドやプラーナ類にも散見し、南アジアの文化伝統になった。環地中海地域ではエジプト系の宇宙卵思想が発展し、トルコ半島から伝播(でんぱ)して前6世紀以降に整備されたオルフェウス教創世神話では、エーテルとカオス(またはクロノス)間にできた銀白色の宇宙卵からプロトゴノス(初生者)またはプハネース(光明)が生じるなどとした。この卵生神話を母体として、復活祭のイースター・エッグに連なるユダヤ、キリスト、イスラム教地域にみられる民間信仰的な卵の文化が展開したとみてよいだろう。錬金術には卵の黄色蒸留液を触媒に用いた試みがあり、近世神秘思想の宇宙卵につながる異端的卵生思想が西欧にあったことも確認できる。

 東アジアの高度文化には、ツバメの卵を飲んだ母から殷(いん)王朝始祖が生まれた(『史記』)、揚子江(ようすこう)流域の卵生民族(『山海経大荒南経(せんがいきょうたいこうなんきょう)』)などがある程度で、年代的に遅れ、宇宙卵思想もないが、高句麗(こうくり)、新羅(しんら)、伽耶(かや)(加羅(から))の支配者が、それぞれ特異な卵から生まれたとの古代朝鮮の神話がやや目だつ。とくに新羅の王祖がウリに似た卵から生まれたとする説話は、果実からの誕生民話と卵の文化がつながる点で注目される。

 19世紀の日本には、蚕種(さんしゅ)(養蚕用の蚕の卵)の生産輸出が地域経済上で重要な地域があった。

[佐々木明]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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