[1]
① 多くの鳥。無数の鳥。ももどり。ももちどり。
※万葉(8C後)一七・四〇一一「朝猟に 五百つ鳥立て 暮(ゆふ)猟に 知登理(チドリ)踏み立て」
※吾妻鏡‐脱漏・嘉祿元年(1225)八月二日「御所侍内千鳥飛行。驚有二御沙汰一、及二御占一」
② (多数で群をなして飛ぶところから)
チドリ科の鳥の総称。ふつう、
ムナグロ、
ダイゼンなどを除き、主として
チドリ属の鳥をいう。全長一五~二〇センチメートルくらい。
くちばしは比較的短く、先端がふくれている。あし指は三本だけで後指はない。体の下面が白く背面は灰褐色で、胸・頭部に黒斑のあるものが多い。海岸・河原などにすみ小動物を捕食。多くは
渡り鳥で、日本で繁殖する種類に
シロチドリ、
コチドリ、
イカルチドリなどがある。古来、詩歌などに詠まれ、人々に親しまれている。《季・冬》
※万葉(8C後)七・一一二三「佐保川の清き川原に鳴く知鳥(チどり)蝦(かはず)と二つ忘れかねつも」
※源氏(1001‐14頃)須磨「例の、まどろまれぬあか月の空に、千とりいと哀になく」
④ 向き合った踊りの列で左右が交互に縫うように入れかわって踊ること。また、その踊り。特に、歌舞伎で、一人の人物を中心にして、多勢の者が一人ずつかかり右と左に縫うように入れかわる立ち回りをいう。
※歌舞伎・暫(1697)「皆々、千鳥に入替り、立役を囲って、思入、きっとなる」
⑤ 香木の名。分類は伽羅(きゃら)。香味は苦酸。六十一種名香の一つ。
※建部隆勝香之筆記(香道秘伝所収)(1573)「一、千鳥(チドリ)、聞上々の伽羅に御座候」
⑥ 遊里で、禿(かぶろ)の通り名として用いられた語。
※雑俳・柳多留‐四八(1809)「浅草へみどり千鳥の放生会」
※滑稽本・
古今百馬鹿(1814)上「其手を両方の袖の中へ入れて押へるの、
アレサ、手を鵆
(チドリ)にして」
※雑俳・川柳評万句合‐天明三(1783)梅二「㒵はさる足は千鳥に人だかり」
[2]
[一] 狂言。各流。酒を断わられた
太郎冠者は、酒屋に
津島祭の千鳥や
流鏑馬(やぶさめ)のことを仕形まじりに話し、油断しているすきに酒だるを取って逃げる。狂言記で「津島祭」、天正狂言本で「
浜千鳥」。
[二] 地唄の曲名。
(イ) 二上がりもの。作者未詳。いろいろな千鳥をよみこんだ抒情的な曲。
(ロ) 繁太夫もの。本調子。近松門左衛門作の
浄瑠璃「平家女護島」第二段鬼界が島の段の中の、丹波少将と海女の別離の部分の一節より作曲。
[三] 小説。
鈴木三重吉作。明治三九年(
一九〇六)発表。
瀬戸内海のある島を舞台に、藤さんという美しい女性に寄せる淡い思慕を浪漫的香気高く描く。作者の処女作。
[四] 名物茶碗の一つ。のんこう七種の一つ。のんこうの黒楽茶碗中の白眉とみなされる。胴に千鳥を連想させる白釉の斑文が点存しているところからこの名がある。大阪、藤田美術館蔵。
[語誌](1)「万葉集」では、
淡水の水辺に棲むものを詠んだものが多く、特に奈良市内の佐保川のものが詠まれ、後世まで続く。
(2)平安時代の和歌では海辺に棲
(す)むものも詠むようになり、海の場合は月と、川の場合は霧と取り合わせ、鳴き声を聞いて物思いすると歌うことが多い。冬に日本にいる種は少ないが、冬の
季語とするのは、「堀河百首」で冬の題としたことの影響か。
(3)鳴き声をチと聞いて、「しほの山さしでの磯に住む千鳥君がみ代をばやちよとぞ鳴く〈よみ人しらず〉」〔古今‐賀〕のように、
祝賀の意を持たせることがある。後世には「チリチリ」〔虎明本狂言・千鳥〕、「チンチン」〔
歌謡・松の葉‐三・ちんちんぶし〕と聞きなす。これらによれば
語源は鳴き声からとするのが
妥当か。
(4)浜などに印する足跡を取り上げることがあるのは、古代中国の
蒼頡が鳥の跡を見て文字を作った故事によるとする説がある〔顕昭古今集註〕。