北西会社(読み)ほくせいかいしゃ(英語表記)North West Company

改訂新版 世界大百科事典 「北西会社」の意味・わかりやすい解説

北西会社 (ほくせいかいしゃ)
North West Company

イギリス領北アメリカの毛皮交易を18世紀末から19世紀にかけてつかさどった一種の協会。モントリオール本部を置き,1779年,9名が16株を分担することにより発足,83年に北西会社と命名された。1株ごとにカヌーの台数と担当地域が割り当てられ,西部における毛皮獲得の過当競争を排除しようとの意図をもっていた。1804年の再編成の際には,100株で構成されており,このころが会社の最盛期であった。1778年アサバスカ地方に到達したピーター・ポンド,1793年太平洋岸に到達したA.マッケンジー,1811年コロンビア川の水源を探ったD.トンプソンらは北西会社の社員(株主)であった。北西会社の競争者は多く,なかでもハドソン湾会社との競争では,交易路の長さが不利に働き,北西会社はしだいに劣勢に陥った。そのうえ,ハドソン湾会社の大株主により,北西会社が自己の領域とみなしていたレッド・リバー流域に植民地が建設されるに及んで両者武力衝突し,その後の法廷闘争で北西会社は財政的に疲弊して,1821年にハドソン湾会社に合併された。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「北西会社」の意味・わかりやすい解説

北西会社
ほくせいがいしゃ
North West Company

ノースウェスト毛皮会社とも呼ばれる。 18世紀後半から 19世紀前半にかけて,カナダで勢威をふるった毛皮交易会社。元来は無益な競争を排除するためにモントリオールの商人たちが組合を結成し,ルーパーツランドを越えたより広大な北西部地方を区分けして毛皮交易を行おうとしたことに始る。こうした協定の最初のものは 1779年に成立した。北西会社には A.マッケンジー,S.フレーザー,D.トンプソンらの優秀な探検家が大勢いた。会社はスペリオル湖畔に本部を設置し,そこで毛皮の収集,必需品の売買,金銭の授受が行われた。北西会社が最も激しく衝突した相手はハドソン湾会社であった。彼らの敵愾心は,ハドソン湾会社の株主の一人,セルカーク (伯)レッドリバー植民地を建設した際に頂点に達し,1816年セブンオークスの虐殺を引起した。しかしこの結果の裁判は北西会社の財政逼迫をもたらし,21年ハドソン湾会社との合併がイギリス政府の斡旋で実現し,19世紀西部カナダの探検に大きな足跡を残した北西会社の幕が閉じられた。

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