化学物質過敏症(読み)カガクブッシツカビンショウ

デジタル大辞泉 「化学物質過敏症」の意味・読み・例文・類語

かがくぶっしつ‐かびんしょう〔クワガクブツシツクワビンシヤウ〕【化学物質過敏症】

柔軟剤・化粧品・接着剤・塗料・農薬・食品添加物・排気ガスなど、身の回りの多種類の化学物質に反応してさまざまな症状を発する病気。アレルギー疾患の特徴と中毒の要素を併せもつという。化学物質の摂取量や症状との関係などは未解明。CS(chemical sensitivity)。MCS(multiple chemical sensitivity)。

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内科学 第10版 「化学物質過敏症」の解説

化学物質過敏症(生活・社会・環境要因)

 化学物質過敏症は1987年,Cullenにより提唱された疾患概念である.しかし,それ以前からenviro­nmental illness,universal allergy,20th century disease,chemical hypersensitivity syndrome,total allergy syndrome,cerebral allergyなどの言葉が,環境中の化学物質による(とされる)不快な症状に対して用いられてきた.Cullenによる定義は「大量の化学物質に暴露された後,あるいは長期間慢性的に化学物質に暴露された後,次の機会に通常では何ら影響のないごく低濃度の同種,あるいは他種類の化学物質に暴露されたとき,多臓器にわたってさまざまな不快な症状を呈する疾患」とされている.1999年のコンセンサスでは化学物質過敏症とは,①症状の再現性がある,②微量の化学物質に反応する,③関連性のない多種類の化学物質に反応する,④原因物質の除去で改善,または治癒する,⑤慢性的状態である,⑥症状が多臓器にまたがる,の6条件を満たすものとして整理された.その症状は多臓器にわたるさまざまな自覚症状であり,症状を裏付ける客観的所見に乏しい.化学物質過敏症特有の症状はなく,また否定するような症状もない.化学物質の関与についても,コンセンサスが発表されたのと同じ1999年にAmerican Academy of Allergy,Asthma and Immunology(AAAAI)がposition paperを発表しており,その中で,多くの患者において化学物質暴露と症状発現の間に客観的な証明が難しいとして,化学物質という言葉を使わず,idiopathic environmental intolerance(IEI)という言葉を使っている.精神神経学的病態,特にパニック障害との類似性を示唆する報告もある.
 シックハウス症候群は,シックビル症候群(sick bui­lding syndrome)から派生した和製英語である.その概念は混乱していたが,厚生労働省の研究班によって一応の定義が定められた(表16-1-9).定義からわかるように,シックハウス症候群の場合,急性か,慢性か,あるいは多臓器にわたるかどうかの症状は問われない.特定の建物,場所,条件に反応して再現性をもった症状が発現すればシックハウス症候群と診断できる. 化学物質過敏症との違いは,症状的には,慢性でなくてもよいこと,多臓器にわたらなくてもよいこと,であるが,狭義のシックハウス症候群においても室内環境中の化学物質がその原因となるため,化学物質過敏症と重なるところが大きい.原因面からはシックハウス症候群は大量の化学物質による症状を含むこと,化学物質過敏症は必ずしも室内環境中の化学物質にのみ反応するわけではないことが異なる. 2009年10月から保険病名として化学物質過敏症を使うことが認められた(ICD10コードT659)が,この病名の下でどのような検査・治療が認められるのかは示されておらず,まだ象徴的な意味しかない.シックハウス症候群(ICD10コードT529)も同様である.
臨床症状
 化学物質過敏症の症状は多臓器にわたる,多彩な自覚症状である.自覚症状を裏付ける客観的他覚所見に乏しく,ルーチン臨床検査では異常所見はみられない.自覚症状の程度を知るために,Millerの提唱したQuick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory(QEESI)がよく使われる(表16-1-10).QEESIでは症状を筋肉・関節・骨,粘膜・呼吸器,心・循環器,胃腸,認識,情緒,神経・末梢神経,頭部,皮膚,泌尿器生殖器の10項目に分け,それぞれを無症状の0点から,最も強い症状の10点の間で患者が自己採点する.したがって点数は0点から100点の間に分布するが,多くの患者において,多項目にわたり客観的身体所見からはかけ離れてみえる高い点数をつける傾向がある.米国では症状点数40点以上を化学物質過敏症の可能性が高い患者としている.
病態
 化学物質が生体に与える影響はこれまで,中毒とアレルギーの面からとらえられてきた.しかし,アレルギーは特定の物質に対する特異的免疫反応であり,コンセンサスにあるような,“関連性のない多種類の化学物質に反応する”ということは考えられない.また中毒としては,通常の中毒量よりもはるかに微量の化学物質に反応して症状を発現することから否定的である.アレルギー以外の過敏反応を考えなければならないが,いまだに解明されていない.
患者の特徴
 患者は圧倒的に女性に多い(図16-1-13).化学物質過敏症を診療しているどの施設でも7割以上が女性であり,40歳代,50歳代に多い.化学物質過敏症そのものがアレルギー的機序で起こっているわけではないが,アレルギー疾患,特にアレルギー性鼻炎の合併が多い(図16-1-14).空気中の化学物質と最初に接する生体粘膜が鼻粘膜であり,その粘膜にアレルギー性の炎症があればより強く化学物質の影響が出やすいのではないかと推測される.症状発現のきっかけとして“におい”を訴える患者が多いが,嗅覚が正常人よりも敏感というわけではなく,不快と感じるにおいの種類が多いといわれている.診断
 患者はいろいろな症状を訴えるがそれを裏づける客観的所見に乏しい.ルーチン検査(胸腹部X線検査,心電図,呼吸機能,血液生化学,血算,尿検査など)に異常を認めない.診断する上で最も重要なことは,症状発現と化学物質暴露の関連を詳細な問診で確認することである.化学物質過敏症の可能性がある症例と考えられる条件は,①化学物質暴露の既往がある(住宅の新築,増改築,新しい家具の購入など,学校,職場での同様の事態も含む),②多臓器にわたる症状である,③同様の症状を呈する他疾患が除外される,④慢性の症状である,の4条件すべてを満たすことである.ちなみにタバコの煙は化学物質を多く含んでおり,喫煙者は化学物質過敏症とは考えない.特に①の発症のきっかけとなった化学物質暴露の既往,症状発現と化学物質暴露の関連が再現性をもつかどうかを詳細に聴取する.症状を発現する場所の化学物質濃度を測定すること(環境調査)は診断の手がかりとなる.このとき症状の出る場所の調査のみではなく,症状が出ない,あるいは軽減する場所の調査も同時に行うことが重要である.1カ所の調査のみでは,その場所の化学物質濃度が居住環境指針値をこえているかどうかはわかるが,本当にその濃度の化学物質で体調不良を起こしているかどうかはわからない.居住環境指針値は慢性毒性指標から導かれた値であり,化学物質過敏症を起こす閾値ではない.体調不良を起こす場所と起こさない場所の調査を行えば,その両者を比較することによって化学物質が体調不良の原因かどうかが推測できる.濃度に差がなければ,あるいは逆転していれば少なくとも測定された化学物質による体調不良は否定的となる.さらに暴露試験を行ってその濃度で陽性であれば診断はより確からしくなる.暴露試験には特別の設備を要し,わが国で施行できる施設は少なく,実用的ではない.しかし暴露試験そのものにも問題は多く,2006年のレビューによれば多くの暴露試験で盲検化がなされておらず,暴露試験に陽性を示した例では実薬か偽薬かがわかるときに反応しており,化学物質そのものに反応しているとは考えにくいことが多いとされている.
治療
 特効的な治療法はない.環境負荷を軽減するため,環境整備(化学物質濃度低減)が必要である.具体的にはその患者が症状を発現しない,あるいは軽減される場所程度まで環境改善ができればよい.環境整備の方法は第一に換気である.外気を室内に入れれば室内の化学物質濃度は下がる.次に化学物質の発生源を部屋の外へ出すことである.家具(合板のもの,塗料を塗ってあるもの)や什器,防燃,防虫加工した畳,カーテン,絨毯などが発生源であれば部屋の外へ出すことができるが,建材,内装材などは難しい.それでも根気よく換気すれば,揮発してくる化学物質濃度が徐々に低減していくことが期待できる.体調不良を起こす場所,起こす条件がわかっていればそれを避けることが必要である.どうしても避けられない場所であればできるだけ短時間にするように工夫し,個人防御として活性炭マスクの着用などを考える.患者の体調管理も重要である.バランスの取れた規則的な食事,特にビタミン類(B類,C,E)の摂取に気をつける.睡眠と休養,定期的な運動で体調がよくなれば,外的ストレスに対しても耐性が高くなることが期待できる.特効的な治療法がないからこそ,その患者にとってよいと考えられることを積み重ねて,少しでもよい方向にもっていくことが大事である.[長谷川眞紀]
■文献
AAAAI Board of Directors: Position statement. Idiopathic environmental intolerance. J Allergy Clin Immunol, 103: 36-40, 1999.
Cullen MR: Multiple chemical sensitivities: Summary and direction for future investigators. Occup Med, 2: 801-804, 1987.
Das-Munchi J, et al: Multiple chemical sensitivities: A systematic review of provocation studies. J Allergy Clin Immunol, 118: 1257-1264, 2006.

化学物質過敏症(その他のアレルギー性疾患)

 【⇨ 16-1-7)】[峯岸克行]

文献
Notarangelo LD, Fischer A, et al: Primary immunodeficiencies: 2009 update. J Allergy Clin Immunol, 124: 1161-1178, 2009.
Ochs HD, Smith CIE, et al: Primary Immunodeficiency Diseases, 2nd ed, Oxford University Press, New York, 2007.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「化学物質過敏症」の意味・わかりやすい解説

化学物質過敏症
かがくぶっしつかびんしょう
chemical sensitivity
multipule chemical sensitivity

化学物質に大量暴露された後ないし長期慢性的に暴露された後に、同系統の化学物質に暴露された場合にみられる不快な症状である。別名は本態性環境不耐症、本態性多種化学物質過敏状態。具体的症状としては自律神経系症状(発汗異常、手足の冷え、易疲労性)、精神症状(不眠、不安、うつ、不定愁訴)、末梢(まっしょう)神経症状(運動障害、四肢末端の知覚障害)、気道症状(のどの痛み)、消化器症状(下痢、便秘、悪心(おしん))、眼科的症状(結膜刺激症状)、循環器症状(心悸亢進(しんきこうしん))など多様な症状を示す。症状は個体差があり、個人でも時間経過で異なる。

[小田島安平]

概論

化学物質過敏症には大きく分け二つの定義が存在する。

〔1〕Multipule chemical sensitivity(MCS。多種化学物質過敏症) アメリカのエール大学教授カレンMark Cullenの定義
 化学物質の大量暴露ないし長期慢性暴露後に、微量の同種または同系統の化学物質に再暴露された場合にみられる不快な症状である。カレンはMCSを次のように定義した。(1)環境因子の暴露が証明できる、(2)二つ以上の臓器に症状がある、(3)想定される刺激物質による症状の再発と軽快がある、(4)多種の化学物質で症状が誘発できる、(5)暴露テストで症状が誘発できる、(6)きわめて低濃度の暴露で症状が誘発される、(7)症状を説明できる単一の検査法がない。

 MCSはいったん発症すると、一定の化学物質と症状の間に対応がなくなったり、きわめて微量の化学物質でも症状が出現し、大量暴露した化学物質とその後に症状を誘発する化学物質が違うこともある。中毒やアレルギーを含む免疫機序では説明ができない原因不明の疾患で、対応がむずかしい。通常、化学物質過敏症というとMCSである。

〔2〕Chemical sensitivity(CS) アメリカのダラス環境健康センター医学博士レイWilliam Reaの定義
 MCSは発症すると症状出現と化学物質の間に対応がないが、CSはこの対応がはっきりしているものをいう。ある一定の化学物質の有意な暴露により症状が誘発でき、用量依存性で再現性があるものをいう。

[小田島安平]

歴史・今後の課題

MCSは、1950年代にアレルギー関連疾患としてシカゴ大学小児科教授ランドルフTheron G. Randolph(1906―95)が「環境中の化学物質への適応に失敗した結果、固体の新たな過敏状態の形成」という病態を提唱、その後前記のカレンがMCSの概念を提唱した。しかし、この概念はアレルギー、免疫、中毒などの既存のメカニズムでは説明がつかず、メカニズムについて多くの仮説が提唱されている。類似の疾患として臭覚過敏症がある。これは、いったん化学物質などの臭いによる不快な症状が出現し、その臭いが記憶された後に、その臭いまたは臭いのしそうな場所に入ると不快な症状が出現するという、神経症の一種と考えられている疾患である。

 厳密にMCSを診断することはむずかしい。解明がまたれるところである。

[小田島安平]

『宮田幹夫著『化学物質過敏症――忍び寄る現代病の早期発見と治療』(2001・保健同人社)』『日本薬学会編、安藤正典著『住まいと病気――シックハウス症候群・化学物質過敏症を予防する』(2002・丸善)』『化学物質過敏症患者の会『私の化学物質過敏症――患者たちの記録』(2003・実践社)』『柳沢幸雄・石川哲著『化学物質過敏症』(文春新書)』

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百科事典マイペディア 「化学物質過敏症」の意味・わかりやすい解説

化学物質過敏症【かがくぶっしつかびんしょう】

微量な化学物質に対しても過敏反応を起こし,自律神経系を中心にさまざまな身体の不調を訴える病気。一度に大量の化学物質に触れて身体が過敏状態になった後,同じ化学物質に,ごく微量でも触れると症状が現れてしまうものと,低濃度の物質に繰り返し曝露されたために,慢性的な過敏症になるケースがある。 生活環境や職場環境が同じでも,人によって異なった症状がでたり,症状がでる人とでない人とがあるなど,アレルギー症状に非常によく似ていることから,〈化学物質アレルギー〉と呼ばれることもある。体質に影響されることが多く,発症の可能性を持つ人は約1割〜2割といわれる。 視力減退やめまい,味覚障害耳鳴り,頭痛,のぼせ,不眠,躁鬱状態,湿疹など,自覚症状が人によって異なるうえ,その症状が広範にわたるため,他の病気と間違えられることも多い。重症の場合には,呼吸困難に陥ることもある。 原因物質としては,特に新建材に多く含まれるホルムアルデヒドが知られている。新築の家に移ったとたん,目が充血し,喉(のど)がヒリヒリするなどの症状を訴えるなど,典型的な例であり,これを〈シックハウス症候群〉ということもある。その他トルエンキシレン木材保存剤可塑剤,シロアリ駆除剤,排気ガス,化粧品,洗剤などの化学物質が原因となりうることがわかっている。 原因物質は問診や皮膚反応テストなどで突き止める。その物質を避け,適度な休息や睡眠をとるのが基本的な治療法である。また,解毒のための運動療法や,少量の原因物質を投与して症状を軽減する中和法を行うこともある。→杉並病

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六訂版 家庭医学大全科 「化学物質過敏症」の解説

化学物質過敏症
(中毒と環境因子による病気)

 極めて微量の薬物や種々の化学物質に曝露されることによって引き起こされる病気で、表10のような症状がみられます。通常は、慢性または大量のこれらの物質に曝露されたあと、極めて少量の同種の化学物質に曝露されて発病するとされています。原因物質には表11のものが推定されています。

 病気の種類も、中毒、アレルギー、免疫病、精神性の病気など、確定されていません。

 家庭でできる予防法には、表12のものがあります。化学物質に過敏な方は、実行してみてください。

 専門の病院には、国立病院機構の相模原病院、高知病院、福岡病院、東京労災病院、北里研究所病院などがあります。


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知恵蔵 「化学物質過敏症」の解説

化学物質過敏症

シックハウス症候群」のページをご覧ください。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「化学物質過敏症」の意味・わかりやすい解説

化学物質過敏症
かがくぶっしつかびんしょう

身の回りの化学物質を原因として起る健康障害。食品添加物や残留農薬,塗料や建材,殺虫剤,タバコの煙,排ガスなど原因物質はさまざまで,いったん過敏症の体質を獲得すると,その後はごく微量でも反応するようになる。症状も頭痛,めまい,吐き気,動悸,皮膚炎,脱力感,鼻炎,睡眠障害など,人によってさまざまで,アメリカでは 1990年代に入り保険医療の対象になっている。しかし,日本ではまだ「病気」とみなされておらず,96年3月ようやく「化学物質過敏症友の会」が結成された。

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リフォーム用語集 「化学物質過敏症」の解説

化学物質過敏症

特定の化学物質に接触し続けていると、あとでその化学物質にわずかに接触するだけで頭痛などのいろいろな症状が出てくる状態。→シックハウス症候群

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