かつうら【勝浦】
[一] 千葉県南東部、太平洋岸の地名。県下有数の漁業・
観光都市。昭和三三年(
一九五八)市制。
[二] 徳島県中東部の郡。
勝浦川の流域を占め、かつては現在の
徳島市をも含んだ。古くは「
かつら」。
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デジタル大辞泉
「勝浦」の意味・読み・例文・類語
かつうら【勝浦】
千葉県南東部、外房沿岸の市。漁業が盛ん。観光施設も多い。人口2.1万(2010)。
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勝浦
かつうら
現勝浦に比定される中世の地名。鎌倉期の宗像宮年中諸神事御供下行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)によると、四月二日に年毛社の神事がある。同社は現勝浦にあり、「宗像大菩薩御縁起」には勝浦明神と年毛明神が載る。「かつらがた」「かつら潟」は歌に詠まれ、鎌倉時代の「歌枕名寄」に後京極摂政の「秋の夜のしほひの月のかつらがた山まてつづくうみの中道」が収められる。正平二十三年宗像宮年中行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)では勝浦年毛社・年毛大明神と勝浦明神・勝村大明神、辺津宮(現宗像市)の政所社神事に勝浦役があり、年毛大明神と勝村大明神の年中行事が記載されている。
勝浦
かつうら
狭義には中世勝浦城が築かれていた現浜勝浦および勝浦をさすとされるが、現墨名・串浜・松部など勝浦湾を囲む一帯の総称でもあったとみられる。史料には「かつら」ともみえる。天文一一年(一五四二)一二月晦日の正木時忠年貢割付状(三浦文書)に「かつうらのねんく代」として、田年貢一五貫文・役銭一貫文・「正月のうちむき」一貫文などのほか、月宛三六貫文・ほうちやう(房丁船か)年貢四貫文・大船の年貢八貫文・水のうへ(水の上、漁業か)年貢三貫文の計六八貫文を賦課しており、すでに港津としての性格がうかがえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
勝浦[市] (かつうら)
千葉県南東部,太平洋に臨む市。1955年勝浦町,興津町,総野村,上野村が合体して勝浦町となり,58年市制。人口2万0788(2010)。戦国時代に正木氏が勝浦湾東側の八幡岬に築いた勝浦城に拠って,今に続く朝市を開いた。江戸前期は植村氏が陣屋を築いて支配し,2代泰勝創建の覚翁寺に同氏代々の墓がある。JR外房線の通じる中心市街の勝浦はマグロ,カツオなど沖合漁業の水揚港で,魚市場,製氷工場,漁船修理場があり,県内外の漁船の出入りが多い。興津は海女によるアワビ,サザエの潜水漁業が盛んで,勝浦とともにホテル,民宿が多い。内陸の総野,上野は林業と自給農業の山地である。海岸は南房総国定公園に指定され,海水浴場で名高く,海中展望塔をもつ海中公園,フラミンゴ・ショーで知られる行川(なめがわ)アイランド(2001年閉園)があり,おせんころがしや守谷洞窟もある。八坂神社の大名行列は県の無形文化財,高照寺の根回り11mの大イチョウは県の天然記念物。勝浦城跡には徳川養珠夫人(家康の側室お万の方。正木氏出身)誕生の碑があり,八幡岬には官軍塚もある。
執筆者:菊地 利夫
勝浦[町] (かつうら)
徳島県東部,勝浦郡の町。人口5765(2010)。勝浦川中流域を占め,四周を山に囲まれる。中心の横瀬(現,三渓(みたに))は明治初年まで勝浦川舟運の終点にあたる河港で,高瀬舟が往来した。ウンシュウミカンの栽培が盛んで,勝浦川両岸,標高350m付近までの山間傾斜地にミカン畑がひろがる。文政年間(1818-30)坂本でミカンの穂木をユズの台木に接木したのがその発祥と伝える。2~4月に出荷最盛期をもち,貯蔵性に優れているのが特徴である。ジュース工場や県立果樹試験場(現,徳島県農林水産総合技術支援センター果樹研究所)などがある。生名に四国八十八ヵ所20番札所の鶴林寺がある。
執筆者:赤池 享一
勝浦[温泉] (かつうら)
和歌山県南部,東牟婁(ひがしむろ)郡那智勝浦町にある温泉。単純硫化水素泉,27~60℃。熊野灘から深く入り込んだ勝浦湾の湾奥にあり,近代的な温泉旅館が立ち並ぶ。古くから湾岸各所に温泉が湧き出ており,熊野参詣者が足をとめた。1959年紀勢本線が全通すると,吉野熊野国立公園の観光基地として急激に発展し,白浜温泉と並ぶ南紀の代表的な温泉郷となった。紀ノ松島の島嶼(とうしよ)群の景勝や忘帰洞などの洞窟ぶろがあり,四季を通じて観光客でにぎわう。
執筆者:谷沢 明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
勝浦
かつうら
和歌山県南東部,那智勝浦町の中心集落の1つ。旧町名。 1955年近隣町村と合体して那智勝浦町となる。勝浦湾にのぞむ県下有数の漁港で,マグロ,カツオなどの遠洋漁業の根拠地として有名。断層で分離した陸繋島の狼煙 (のろし) 半島にいだかれた勝浦湾内には鶴島,山成島など大小の島々が点在し,紀ノ松島と呼ばれる景勝をなす。湾の周辺には温泉が湧出,1912年の鉄道開通後,温泉郷,南紀観光の基地として発展した。吉野熊野国立公園に属する。
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世界大百科事典(旧版)内の勝浦の言及
【那智勝浦[町]】より
…町域北東部には熊野三山の一つ熊野那智大社([熊野大社])をはじめ,西国三十三所の第1番札所[青岸渡(せいがんと)寺],〈女人高野〉とも呼ばれる妙法山阿弥陀寺などがあり,一大霊場を形成する。一方,那智湾に臨む勝浦を中心に南紀を代表する温泉郷([勝浦温泉])がひらけ,信仰と観光の町である。また海岸部は天然の良港をなし,勝浦はカツオ・マグロ漁の根拠地でもあり,宇久井(うぐい)は南紀の海の玄関としてフェリーの寄航地となっている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」