動物文学(読み)ドウブツブンガク

デジタル大辞泉 「動物文学」の意味・読み・例文・類語

どうぶつ‐ぶんがく【動物文学】

動物を主人公とし、また動物と人間との交情を題材にした文学。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「動物文学」の意味・わかりやすい解説

動物文学
どうぶつぶんがく

動物文学を厳密に定義する人は、動物が自然科学的に精密な目と詩心をもって表現された作品、と限定するが、通俗には、広く動物が作品の主役、または主役の一員として登場するものを総称する。

 後者の理解でこれを大別すると、扱われた動物が、(a)単に毛皮をかぶった人間か、(b)現実の姿で、ただししゃべるか、(c)文字どおり現実ありのままの姿か、の三つに分けられる。

 (a)には「イソップ物語」や「中世動物譚(たん)」をはじめとする動物寓話(ぐうわ)、『猿蟹(さるかに)合戦』や『三匹の熊(くま)』のような昔話、ブリュノフの『ぞうさんババール』や中川李枝子(りえこ)の『ぐりとぐら』のような幼年童話、『ガリバー旅行記』の馬の国や、ジョージ・オーウェルの『動物農場』のような風刺文学などが入る。

 (b)では、たとえばE・B・ホワイトの『シャーロットのおくりもの』のような作品。これは農家の庭先に住む豚、ネズミ、クモ、アヒル、羊などの話だが、みな人間のことばをしゃべる。が、自然界の営みが物語そのものを生み、動物の生態は忠実に写されて恣意(しい)的な変更はされていない。主人公の人間の少女も動物の会話を聞き理解するが、直接に話すことはない。ポターの「ピーター・ラビットの絵本」やキップリングの『ジャングル・ブック』なども同じで、動物をやたらに擬人化したものと違い、自然史に忠実な動物ファンタジーである。

 (c)は、さらに、〔1〕フィクション仕立てのものと、〔2〕事実の正確な記録であるもの、に分けて、〔1〕では、シートンの『動物記』やシーラ・バンフォードの『信じられぬ旅』など、〔2〕では、ヘンリー・ウィリアムソンの『かわうそタルカ』、G・マクスウェルの『カワウソと暮らす』、W・H・ハドソンの『ラ・プラタの博物学者』などがあげられる。

 別の視点からみると、動物物語の作家は、(a)動物について書かないではいられないタイプ、(b)人間嫌いか、人間に批判的になりがちな人で、暮らすのに人間より動物のほうがずっと純粋で、気があうと考えるタイプ、(c)意識的、無意識的を問わず、人にたいせつなことを教えたがる道徳的衝動の強い人で、動物の美しく、無邪気で、ひょうきんで、風変わりで個性的魅力を、人間批判のよき中継点として使いたがるタイプ、に分けることができ、これが作品の性質をおのずと決定している。(a)には『荒野の呼び声』のジャックロンドン、(b)には「ドリトル先生もの」のヒュー・ロフティング、(c)には『ナルニア国物語』のC・S・ルイスなどがあげられる。

 人間は歴史の当初から、周囲の動物に強い関心を払ってきた。人間と動物の間には越えがたい溝がある。初めは動物をもっぱら敵かライバルか魔的存在とみて、恐怖・畏怖(いふ)したが、やがて、貪欲(どんよく)から一方的に利用し、ようやく客観的興味でみられるようになった。が、両者の間の溝はいっこうに消えず、むしろ深まった。動物文学の作家たちには、シートンのように、溝を一足飛びに越えて、自分の書いているものと一体になろうとした者や、「もし……ならば」の仮定をたてて、溝に掛け橋を渡して動物ファンタジーを生む者もある。さらに一歩進めて、ユートピアを夢みて、人間、動物ばかりか、ホビットトールキン『ホビットの冒険』)やムーミンヤンソン『ムーミン谷の彗星(すいせい)』ほか)のようなすてきな存在まで田園の理想郷に共存する物語が、郷愁を込めて描かれる。しかし、動物と人間の共存は不可能との認識にたって、動物園にとらえられた野生のゴリラに共存の悲劇をみるルーシーボストンの『グリーン・ノウのお客さま』のような作品もある。

[吉田新一]

日本の動物文学

動物文学とは、動物を主人公としたり作品の主要にかかわらせたりした文学的作品に対する、ジャーナリスティックな名称でもあれば分類でもある。狩猟・牧畜の生活を土台とした欧米諸国では、人間と動物は深い相関関係にあり、そこに発して動物文学は栄えたが、基本的に農耕民族だった日本にあっては、動物との交渉が淡かったせいか、動物文学はそれほどの発達を示さなかった。

 近代の日本においてまず現れたのは動物民俗誌的な関心であって、大正期から昭和前期にかけて、民俗学者柳田国男(やなぎたくにお)の『野鳥雑記』や『孤猿随筆』、早川孝太郎(こうたろう)の『猪(いのしし)・鹿(しか)・狸(たぬき)』などを生み出した。ついで科学的な目をもって動物を観察・記録しようとする傾向が芽生え、1934年(昭和9)には「野鳥の会」および「動物文学会」の結成をみ、前者は雑誌『野鳥』を、後者は『動物文学』を刊行、そのなかから、野鳥賛美文学の最高峰というべき中西悟堂(ごどう)の随筆や動物飼育記録で知られる平岩米吉(よねきち)などが成長したのである。そして第二次世界大戦ののちに至って、ようやくフィクションとしての動物小説が円熟し、『高安犬(こうやすいぬ)物語』で直木賞を受賞した戸川幸夫(とがわゆきお)、『片耳の大鹿』や『大造(だいぞう)じいさんと雁(がん)』など小学校の国語教科書にまで取り入れられている作品を書いた椋鳩十(むくはとじゅう)といった作家が登場するようになった。

 なお動物文学には、成人文学として書かれた作品であっても、他種の作品に比べ容易に児童文学化してゆくという傾向がある。子供の内には、その心性の原始性に起因する動物への親近の感情が潜んでおり、その感情をモメントとして、動物を描いた文学的作品に強くひかれ、元来は成人文学として書かれた作品をも児童文学化させてしまうのだ。ファーブルの『昆虫記』やシートンの『動物記』などが、再話という手続を経て児童文学の古典となっているゆえんである。外国ではシュウェルの『黒馬物語』やザルテンの『バンビ』、日本ではいぬいとみこの『ながいながいペンギンの話』や神沢利子(かんざわとしこ)の『いたずらラッコのロッコ』といったように、洋の東西を問わず児童文学の作品に動物を主人公・副主人公とした物語が多いのも、このことと無関係でないと思われる。

[上笙一郎]

『『世界動物文学全集』全30巻(1978~81・講談社)』『Margaret BlountAnimal Land(1974, Hutchinson, London)』『平岩由伎子主幹『動物文学』(1934.6~ 年3回刊・動物文学会)』『『日本児童文学』1969年2月号「動物文学特集号」(日本児童文学者協会)』

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