前栽(読み)せんざい

精選版 日本国語大辞典 「前栽」の意味・読み・例文・類語

せん‐ざい【前栽】

〘名〙
① 庭前に植え込んだ草木。また、植え込むための草木。庭先植込み
※催馬楽(7C後‐8C)浅緑「新京朱雀の しだり柳 または田居となる 前栽秋萩撫子」
※伊勢物語(10C前)二三「をとこ、〈略〉せんさいの中にかくれゐて」
② 草木を植え込んだ庭。寝殿造りの場合、正殿寝殿)の前庭。のちには、座敷の前の植込みのある庭。
※伊勢物語(10C前)五一「昔、をとこ、人のせんさいに菊うゑけるに」
徒然草(1331頃)七二「賤しげなる物、〈略〉せんざいに石・草木の多き」
③ (「前菜」とも書く) 「せんざいもの(前栽物)」の略。
※滑稽本・風流准仙人(1760)「大根のこときせんさいを負て」
※老嬢(1903)〈島崎藤村〉三「裏へ野菜(センザイ)を采りに出ると」
[語誌](1)「守貞漫稿」によると、近世上方では②の意味で使われている。
(2)一方、近世中期の江戸では、すでに「前栽」単独で③の意に使われている。また、近世後半江戸での例に、「前栽物」「前栽売り」などの複合語形で菜園・野菜を意味する例が見られ、東日本方言と考えられる。

せ‐ざい【前栽】

〘名〙 (「せんざい」の撥音「ん」の無表記) =せんざい(前栽)
蜻蛉(974頃)上「せさいの花、いろいろに咲き乱れたるを見やりて」

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デジタル大辞泉 「前栽」の意味・読み・例文・類語

せん‐ざい【前栽】

草木を植え込んだ庭。寝殿造りでは正殿の前庭。のちには、座敷の前庭。
庭先に植えた草木。
前栽物」の略。
[類語]庭園ガーデン名園林泉庭先外庭内庭中庭坪庭前庭まえにわ前庭ぜんてい裏庭石庭箱庭御苑神苑内苑外苑花園梅園花壇築山

せ‐ざい【前栽】

せんざい」の撥音の無表記。
「―の花、いろいろに咲き乱れたるを」〈かげろふ・上〉

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改訂新版 世界大百科事典 「前栽」の意味・わかりやすい解説

前栽 (せんざい)

平安時代初期からの用語で(《凌雲集》に初見),庭園に植えた草花をさし,〈せざい〉ともいう。当初は菊や萩,薄(すすき),女郎花(おみなえし)など秋の草花が好まれたが,延喜(901-923)のころには春草,夏草も植えられるようになった。平安中期までは《宇津保物語》にみるように,前栽と植木は別個に扱われたが,のち前栽に樹木が含められるようになり,平安後期の《栄華物語》では本来のものを特に草前栽と称している。いずれにしても寝殿造など平安時代の庭園に普遍的なもので,寝殿南庭の一隅,遣水(やりみず)のほとり,野筋(のすじ)や築山の裾,枯山水様の立石に添えるなど,多くの用例がみられる。建物や渡殿(わたどの)(廊下)に囲まれた坪庭(皇居では壺庭)にも最適で,ここに植えたのを坪前栽という。このため後宮の殿舎が,その壺庭に植えられた前栽の木の名から,桐壺,藤壺などと呼ばれた。また前栽の風趣を競い,これにいろいろの趣向を加え,歌をそえてあらそう物合せの遊び〈前栽合〉も行われた。鎌倉・室町時代になると松,桜,椿など樹木が加わることが普通となり,それらの植栽をすべて前栽と称し,鎌倉末期の《徒然草》では庭園そのものを示す言葉として使われている。今日でも関西地方を中心に,〈にわ〉といえば家屋内の通り庭(土間)をいい,石を配し樹草をあしらった庭を前栽と呼ぶのは,こうした意味合いからである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「前栽」の意味・わかりやすい解説

前栽
せんざい

家の前庭に植え込んだ草木や、植え込むための草木のこと。「せざい」ともいう。また、草木を植え込んだ前庭の称で、寝殿造の場合では、正殿の前庭をいい、のちには、座敷の前の植え込みをいうようになった。平安時代、貴族は前栽に趣向を凝らし、その優劣を競う「前栽合(あわせ)」が行われたが、一般庶民は、多く、庭先で野菜などを栽培していたところから、後世、野菜、青物を「前栽物」といい、これを略して前栽ともいった。

[佐藤裕子]

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世界大百科事典(旧版)内の前栽の言及

【前栽】より

…当初は菊や萩,薄(すすき),女郎花(おみなえし)など秋の草花が好まれたが,延喜(901‐923)のころには春草,夏草も植えられるようになった。平安中期までは《宇津保物語》にみるように,前栽と植木は別個に扱われたが,のち前栽に樹木が含められるようになり,平安後期の《栄華物語》では本来のものを特に草前栽と称している。いずれにしても寝殿造など平安時代の庭園に普遍的なもので,寝殿南庭の一隅,遣水(やりみず)のほとり,野筋(のすじ)や築山の裾,枯山水様の立石に添えるなど,多くの用例がみられる。…

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