最新 心理学事典 「刺激」の解説
しげき
刺激
stimulus (英・仏),Reiz(独)
【刺激強度と閾】 正常な感覚を生じさせるには,受容器に適切な感覚刺激sensory stimulusが入力されなくてはならない。たとえば,眼に対する光,耳に対する音など,受容器が本来受け取るべき特定の刺激は適刺激(適当刺激)adequate stimulusとよばれる。一方,眼に対する圧刺激や紫外線などは不適刺激(不適当刺激)inadequate stimulusとなる。ただし,瞼の上から手で眼球を押さえるなどしても光を感じることがあるように,不適刺激でも感覚が起こる場合がある。
一方,適刺激があっても,その刺激強度が弱いと感覚は生じない。感覚が生じるか生じないかの境界点,すなわち反応を起こすのに必要な最小の刺激強度を刺激閾stimulus thresholdとよぶ。また,刺激閾よりも弱い刺激を閾下刺激subliminal stimulus,刺激閾よりも強い刺激を閾上刺激supraliminal stimulusとよぶ。刺激閾は,刺激間の差異を感覚的に弁別できる最小の差である弁別閾difference threshold,または丁度可知差異just noticeable difference(jndとも略記)と区別する意味で,絶対閾absolute thresholdともいう。ちなみに,文字や単語など具体的な対象を知覚できる最小の呈示時間や刺激強度は,認知閾recognition thresholdとよばれる。
刺激は強すぎると,感覚は変化しないか痛みに変わる。適刺激に対して感じられる上限の刺激値を刺激頂terminal threshold,terminal stimulusとよぶ。刺激頂は一般に刺激強度が非常に大きいことから,その測定には困難を伴うとされる。
【恒常性と刺激等価】 感覚器で受容された刺激は,その外界における物理的特性とは異なっている。たとえば視覚系の入力において,外界の3次元の対象は2次元の網膜像に変換される。ブルンスウィックBrunswik,E.は,外界における対象を遠刺激distal stimulus,網膜における投影像を近刺激proximal stimulus(網膜像)として両者を区別した。近刺激はさまざまに変化するが,われわれは対象の大きさや形などの特徴を比較的一定に保つ知覚の恒常性perceptual constancyの機能をもっており,それにより外界と適切に相互作用している。
恒常性は刺激の処理において,融通性と効率性を兼ね備えた知覚機能であるといえる。この現象に関連するものとして,刺激等価性stimulus equivalenceとよばれるものがある。ある刺激に対して弁別学習が成立したとき,物理的には異なる刺激であっても,観察者にとっては,それらの刺激の相違が知覚されずに同一の反応を生じさせることがあり,このとき,それらの刺激を等価であるという。刺激等価性の実験は,ある刺激に条件づけられた反応が,他の刺激に対してどの程度まで般化するかを吟味するという点で,刺激般化stimulus generalization(般化generalization)の一側面を検討することに相当する。ただ一般的には,刺激般化の実験では,特定の物理的次元(たとえば音の周波数)において定量的に異なる刺激に対する反応を吟味するのに対して,刺激等価性の実験では,より広範な刺激の変化を吟味する。たとえば,円と正方形を用いて,正方形を正刺激として学習した後,正刺激の形状と提示方向をさまざまに変化させ,それが正刺激と等価であるか否かを吟味する。さらに刺激の形態だけでなく,刺激の図と地の色を反転させたり,面積も同時に変化させるなどする。このような複合的な変化条件における等価性の吟味は,知覚レベルを超えて,概念が成り立つか否か(ある概念において複数の属性の採否を判断する)という思考レベルの問題にまで至ることもある。
等価性の問題は,情報処理の入力系でいえば,刺激の性質を判別するパターン認識にも関連する。たとえば,音声データから人間の声を認識して解釈する音声認識,画像データの中から文字を認識して出力するテキスト変換,特定のキーワードを認識して抽出する文書検索などが,パターン認識の問題に含まれる。人間の脳では一見当たり前のように思われるこれらの処理をコンピュータ技術で実現しようとする際には,精度と速度どちらの面についても困難を伴う。しかし近年,自然情報処理の分野だけでなく,人工知能や統計研究と融合して大きな成果を上げている。
【錯誤の古典的概念】 刺激の物理量とそれに対する感覚量の関数関係を定量化し,精神物理学的測定法を確立したのはフェヒナーFechner,G.T.であった。すなわち,精神物理学の目的は,S-R(stimulus-response)関係の観測を通して,S-S(stimulus-stimulus)間の関数(知覚関数)を追究することである。これに対し,ティチナーTitchener,E.B.は感覚主義の立場から,心理学と物理学における「経験」の扱い方は異なるとして,これらの混同を批判した。つまり,心理学が扱う経験は物理的次元とは異なり,心理学特有の性質をもち,その法則に従って生じるとした。そして,物理的刺激の性質がそのまま経験されるという考えに陥りやすいことを刺激錯誤stimulus errorとよんだ。またこの立場においては,心理的要素へと還元できない非直感的な意識内容も一種の刺激錯誤であるとみなされた。ティチナーの造語にならって,ケーラーKöhler,W.は,経験錯誤experience errorの概念を提示した。これは,日常の経験として知覚的にまとまって一体を成しているもの(体制化)に対応して,刺激作用の側にも体制化が存在するかのように思い誤ることを指す。たとえば,視覚系において,複数の黒い点が円形に配置されて見えるのは網膜像が円形であるからだとする考えのことで,本来直接経験によってのみ得られる知覚的特性を近刺激(網膜像)の特性とみなす錯誤のことである。 →閾 →恒常現象 →精神物理学的測定法
〔池田 まさみ〕
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