分子進化学(読み)ブンシシンカガク

デジタル大辞泉 「分子進化学」の意味・読み・例文・類語

ぶんししんか‐がく〔ブンシシンクワ‐〕【分子進化学】

生物進化を、DNA塩基配列や、たんぱく質アミノ酸配列の分子構造が、時間とともにどのように変化したかを追究することによって解明しようとする学問分野。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「分子進化学」の意味・わかりやすい解説

分子進化学
ぶんししんかがく

生物の進化の現象デオキシリボ核酸(DNA)やタンパク質といった情報分子のレベルで解明しようとする学問分野。おもに分子生物学の誕生以後に発達した。また、分子進化学では、遺伝子やそれがつくるタンパク質がどのような仕組みで進化するか、といった問題も重要な研究対象となっている。

 突然変異は進化の素材であるが、DNAは進化の過程で受けた変異を蓄積しているので、進化に関する情報ももっていることになる。このような情報は異なる生物のDNAやそれが暗号化しているタンパク質を比べることによって得られる。この生化学的手法に基づく進化の研究は、種間の形態の比較や太古に存在していた生物の化石の調査といった従来の研究方法からは得られなかった重要な事実を明らかにした。

 その一つに分子進化の中立説がある。C・ダーウィンの自然選択説によれば、目に見える表現型のレベルの進化では生存に有利な突然変異が進化の対象になるが、遺伝子のレベルでは、このような適応的な進化よりも、おもに自然選択に有利でもなく不利でもない中立的な変異が偶然に集団中に広まることによって進化がおこると、中立説は主張する。この説は新しい観察事実を説明するために1968年(昭和43)木村資生(もとお)により提唱された。

 第二に、「分子時計」の発見がある。1962年、ズッカーカンドルとポーリングは、タンパク質が進化する過程で、時間の経過とともに一定の割合でアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わっていることを発見した。この性質のことを分子時計とよんでおり、現在DNAレベルでも成り立つ一般的性質であると考えられている。1967年、フィッチとマルゴリアシュは分子時計を利用して、広範な生物種から抽出したタンパク質を比較することによって、これらの生物がたどった進化の道筋、すなわち系統樹を作成した。この系統樹は化石の証拠からつくられた系統樹をよく再現しており、分子に基づく生物の系統分類の基礎となった。この方法は、現存の生物がもつ分子の比較だけから過去の生物進化が再現できること、また扱いが容易であり、客観性・定量性があるなど、種々の点で優れている。

 第三に、新しい機能をもった遺伝子の進化には遺伝子のコピーをつくること、すなわち遺伝子重複が重要であることが広く認められるようになった。一般に遺伝子やタンパク質には一度獲得した機能を長い進化の過程で保持し続ける傾向があり、そのため一方の遺伝子で従来の機能を果たし、コピーされたもう一方の遺伝子に突然変異を蓄積して新しい機能を進化させるわけである。こうした遺伝子重複の機構によって、生物は過去三十数億年の間に多種多様な機能をもった遺伝子を進化させた。

 1970年代後半から直接DNAの塩基配列を解析することができるようになり、分子進化の研究は急速に進歩した。その結果、遺伝子は、従来の研究ではわからなかったDNAの大きな変化を伴う、多彩で動的な仕組みで進化していることが明らかになった。

[宮田 隆]

『J・ニニオ著、長野敬訳『分子進化学入門』(1984・紀伊國屋書店)』

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