内藤礼(読み)ないとうれい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「内藤礼」の意味・わかりやすい解説

内藤礼
ないとうれい
(1961― )

美術家。広島市生まれ。1985年(昭和60)武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。90年(平成2)に作品『遠さの下、光の根はたいら』(1989、佐賀町bis、東京)の写真図版と自らの書き下ろしテキストを収録した書籍『世界によってみられた夢』が刊行され広い関心を集めた。

 91年に佐賀町エキジビットスペース(東京)で発表した初期の代表作『地上ひとつ場所を』を97年第47回ベネチア・ビエンナーレに出品し、世界的に注目を浴びる。95年に『みごとに晴れて訪れるを待て』を発表(国立国際美術館)し、4年近い準備期間を経て97年に『たくさんのものが呼び出されている』を発表する(フランクフルト・カルメル会修道院)。また光の気配を表現したドローイングに『ナーメンロス/リヒト』(1995)がある。95年に財団法人日本芸術文化財団の日本現代芸術奨励賞(インスタレーションの部)、2003年に財団法人アサヒビール芸術文化財団アサヒビール芸術賞を受賞している。

 デビュー以来内藤が用いる造形言語と設置展示の基本構造は変わっていない。鑑賞者はオーガンジーで囲われ、針金、木、糸、ガラスビーズなどを繊細に細工したオブジェシンメトリックに設置された空間に用意された「座」に腰を下ろし、一人静かに作品を体験する。内藤は一貫して、寡作ながら消費されることのない独自の精神的世界を出現させている。

 97年のインスタレーション作品『たくさんのものが呼び出されている』は、会場となったカルメル会修道院の旧食堂の壁に色彩豊かに残る、1520年ごろに描かれた壁画の物語の人物たちとの対話を軸にしたものだ。光量がコントロールされた闇の残る空間内にシルクオーガンジーの回廊を用意し、その奧に「死者のための枕」をはじめ内藤らしい繊細な造作物がシンメトリックに床に置かれた。2001年にはさらに場との関係性を強くしたパーマネント・インスタレーション作品『このことを』(「直島・家プロジェクト」・香川県)を完成させている。屋号を「ぎんざ」と呼ぶ築約200年の古民家を再生するかたちですべてに手を入れた。床を取り払い棟全面を土間にした薄暗がりの光と闇が同居する空間に、大きなドーナツ状のガラスのサークルが設置された『このことを』では、座して作品を体験する者が作品の一部として重要な位置を占める設定がなされている。

 内藤の作品の中核はどれもが視覚的に外界から保護され、光量が操作された空間内部に展開する。そのきわめて華奢(きゃしゃ)な造形世界は、作品の保護と静謐な環境での対峙を観客に保証する目的で、一人での鑑賞が条件づけられる。闇に守られた繊細なオブジェ群をとらえようとする鑑賞者は、光と闇が入れ替わり、弱さと強さが入れ替わる微細な変化の瞬間に過敏になることで、肉体的存在から精神的存在へと導かれている。

[森 司]

『『世界によってみられた夢』(1999・筑摩書房)』『『地上にひとつの場所を』(2002・筑摩書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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