公案(読み)コウアン(英語表記)Gōng àn

デジタル大辞泉 「公案」の意味・読み・例文・類語

こう‐あん【公案】

官庁の文書。公文書
禅宗で、参禅者に考える対象や手がかりにさせるために示す、祖師の言葉・行動。
工夫。
「花はありて年寄りと見ゆるる―、詳しく習ふべし」〈花伝・二〉

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精選版 日本国語大辞典 「公案」の意味・読み・例文・類語

こう‐あん【公案】

〘名〙
① 公文書の案文官府調書。公府の案牘(あんとく)。〔俚言集覧増補)(1899)〕
② 禅宗で、参禅者に出す課題。仏祖の言行のうち、修行者にとって意義深いものや、暗示に富むものを選んで課題としたもので、難問が多い。転じて、自然現象の一切を仏法を示す課題と見る見方。また、一般に難問、研究課題をもいう。
撰集抄(1250頃)一「泥牛空に走り、木馬天にいばふなんど云こうあんを胸にもつべきにや」
③ (━する) 十分に思いめぐらすこと。考え工夫すること。思案考案
風姿花伝(1400‐02頃)一「こうあんして思ふべし」

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改訂新版 世界大百科事典 「公案」の意味・わかりやすい解説

公案 (こうあん)
Gōng àn

中国において,公の案つまり公府が是非を判断した案牘(あんとく),争論中の事件や裁判の文書を意味し,のちには裁判物語を指す。その代表的な作品は,宋代の名裁判官として名高い包拯を主人公にした明代の小説《竜図公案》10巻で《包公案》《竜公案》とも呼ばれる。もともと《元雑劇》400余本のうち,公案故事に題材をとるものは10%をこえ,とくに包拯を主人公にするのが多かったが,《竜図公案》では,《元雑劇》をはじめ,民間伝説などに題材をもとめつつ,主人公をすべて包拯に仮託したものである。清代になると,《施公案》《彭公案》といった小説が現れたし,雍正時代の地方官であり,能吏として知られる藍鼎元(1680-1733)は《鹿洲公案》2巻という体験記録を残している。はては林則徐を主人公にした通俗小説《林公案》も出版された。これら公案ものは江戸文学にも影響を与え,《大岡政談》(おおおかせいだん)をはじめとする裁判物を生みだした。
執筆者: 公案はまた禅宗のことばとしてもある。仏や祖師の説法,もしくは問答を指す。機縁,因縁,話頭,または単に話ともいう。宋初につくられる禅宗史書の一つ《景徳伝灯録》に,過去七仏より編者の時代に至る,1701人の仏祖の名を掲げ,その問答を伝法の順に集録することから,一千七百の公案という発想があらわれる。公案は,上述にあるように,もともと裁判所の判決のことであり,一度決定されると,何びともこれに従わねばならぬ,先例の意味より,従来の経論や教義以外に,仏法のよるべき公理として,これが禅の悟りを示す標準となった。とりわけ,禅が一般士大夫階級のうちに浸透する宋代は,参禅者を指導し,その悟境を開発する必要から,主として臨済系の禅僧によって公案が盛んに用いられて,公案禅の時代となる。たとえば,北宋末期の五祖法演や,南宋の大恵や無門恵開が趙州無字の公案を重視し,これを唯一の公案として,その工夫を説いたことから,公案とは無字のこととなり,日本でもその影響をうけて今日に至る。しかし,一方ではそうした特定の公案を用いず,日々新しく起こってくる課題を公案とする,現成公案の立場があり,曹洞禅では,これを禅の本領とする。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「公案」の意味・わかりやすい解説

公案
こうあん

禅宗で、優れた禅者の言行を記して参禅学道の課題としたもの。「公府の案牘(あんどく)」の略で、公府は中国の役所の名、案牘は公文書の意。法書や公文書が万人の遵守すべき絶対的権威であったように、禅門では、仏祖の言句、動作、問答なども修行者のよるべき仏法の至理のたとえとして用いられた。古則(こそく)公案、因縁話頭(いんねんわとう)ともいう。元来は、祖師の言行を簡潔に記し、仏道修行上の指針手引としたものであったが、中国唐代にすでに語録として記録されている。宋(そう)代にはとくに臨済(りんざい)宗で、師家が学人を悟道(ごどう)に導くために、「趙州(じょうしゅう)無字」の公案などを学人に示して工夫参究させる禅風が盛行し、圜悟克勤(えんごこくごん)、大慧宗杲(だいえそうごう)らにより大成された。こうした公案を参究して段階的に修行者を大悟徹底させる禅風を公案禅、看話禅(かんなぜん)とよぶ。

 公案集には『碧巌録(へきがんろく)』『従容録(しょうようろく)』『無門関』などがあり、また『景徳伝燈録(けいとくでんとうろく)』には1700余人の祖師の伝記があり、「千七百則の公案」と称されている。日本の禅宗も、初期の曹洞(そうとう)宗を除き大方は公案禅が採用され、その手引書も多くつくられた。その手引書を密参録(みっさんろく)あるいは門参(もんさん)という。

[石川力山]

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「公案」の解説

公案
こうあん

禅の問答,または問題。本来は官庁の調書・案件を意味する言葉だが,師が弟子を試し,または評価する意味の禅語となる。具体的には,祖師の言葉・言句・問答などをさす。禅の問答は,時と所を異にして第三者のコメントがつくのがふつうで,はじめになにも答えられなかった僧にかわる代語や,答えても不十分なものには別の立場から答えてみせる別語など,第2次・第3次の問答をうみだした。最初の問答を本則または古則・話頭・話則として,参禅工夫する禅を公案禅または看話(かんな)禅という。古則を集めた挙古,韻文の頌をつける頌古(じゅこ),散文のコメントを集めた拈古(ねんこ)など公案集が編纂され,「碧巌録」「無門関」は,それらの代表的著作。

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普及版 字通 「公案」の読み・字形・画数・意味

【公案】こうあん

役所の案件記録。また、禅家で悟脱の機縁とする問題。〔碧巌録、十、九八本則〕劈腹(へきふく)心(わんしん)は、人皆喚(よ)んで兩重案と爲す。

字通「公」の項目を見る

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百科事典マイペディア 「公案」の意味・わかりやすい解説

公案【こうあん】

中国の公府の案牘(あんとく)(書類),つまり事件や裁判の文書を意味する。のちには裁判物語を指す。禅宗ではすぐれた禅者の言葉,動作などを記録して,座禅しようとする者に与え,悟りを得る対象とするもの。臨済宗で重要視され,総数1700則にのぼる。
→関連項目竜図公案

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「公案」の意味・わかりやすい解説

公案
こうあん

禅宗特に臨済宗で祖師たちの言行録を集めて,それを求道者に示し,参究するための手だてとした問題。求道者は,師家すなわち指導者からこれを与えられて,一心に参究する。仏祖の言行は,政府の律令のように厳守し,参究すべきものであるとされる。「公府の案牘 (あんとく) 」という言葉の略されたものである。

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世界大百科事典(旧版)内の公案の言及

【説話】より

…ただし,その分け方は明確さを欠き,いくつかの解釈が可能であるが,〈小説〉〈説経〉〈講史書〉の3家は,どの解釈によっても共通する。 小説は一名〈銀字児〉ともいい,市井のさまざまな物語を語る短編の話で,内容によって,さらに煙粉(恋愛物),霊怪,伝奇,公案(裁判物),鉄騎児(軍記物)などに細分される。宋・元代の小説の種本とおぼしい《酔翁談録》には,当時の小説の題目107種が列挙されており,また明代の《清平山堂話本》や《三言》は,宋・元代の小説の話本をもとに改作したものである。…

※「公案」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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