免疫チェックポイント阻害薬(読み)めんえきちぇっくぽいんとそがいやく(英語表記)immune checkpoint inhibitor

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

免疫チェックポイント阻害薬
めんえきちぇっくぽいんとそがいやく
immune checkpoint inhibitor

腫瘍(しゅよう)免疫をつかさどるリンパ球の一種であるT細胞抗腫瘍活性を活発にさせることで、がん細胞の排除を促す新しいタイプのがん治療薬。免疫チェックポイント阻害剤ともよばれる。

 従来のがん治療薬は、がん細胞の増殖機構を攻撃したり、がん細胞が特異的にもつ増殖に関与する分子標的に作用したりすることでがん細胞の増殖を抑えるものだが、免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞への直接的な作用よりむしろ、がん細胞によって働きを抑制されている免疫機構を活性化することで、免疫細胞が本来もっている機能(がん細胞を排除する働き)を助ける、従来にないタイプのがん治療薬である。

 T細胞上やがん細胞上に発現している免疫応答に関与する分子(免疫チェックポイント分子)に特異的に結合する抗体薬であり、広く「免疫療法」とよばれる治療に用いられている薬剤のなかでも、科学的根拠に基づいて効果が明らかにされている数少ない治療薬の一つである。

[渡邊清高 2019年3月20日]

作用機序

ヒトには、自己の細胞と異物とを区別して、白血球などの免疫細胞が異物を排除する「免疫機構」が備わっており、病原菌ウイルスなど外部から侵入した異物は、免疫による防御機構によって排除されている。がん細胞も同様に免疫の攻撃を受けて排除されるが、がん細胞は元々自己の細胞であるため、外来異物のような強い免疫応答を起こしにくいという特徴がある。このように免疫応答を制御するしくみがどのようなメカニズムでもたらされているのか、精力的な研究がなされてきた。

 免疫応答により自己の細胞を不必要に攻撃しないよう、免疫細胞は異物に対しては活性が高まるが、自己の細胞に対しては活性が高まらないように制御されている。この制御機構にはさまざまな分子が関与しており、代表的なものとして、免疫細胞の一つであるT細胞上の「PD-1」や「CTLA-4」、がん細胞上の「PD-L1」などがあげられる。これらの分子は「免疫チェックポイント分子」とよばれ、免疫チェックポイント分子により制御される免疫応答が抑制されることで、がん細胞は免疫細胞からの攻撃を免れている(免疫逃避)ことが徐々に明らかになってきた。

 免疫チェックポイント阻害薬は、これらの分子に拮抗(きっこう)的に作用することで、免疫応答抑制を解除してT細胞を活性化し、免疫によるがん細胞の排除を促す作用機序(メカニズム)をもつ薬剤である。

[渡邊清高 2019年3月20日]

開発の背景

免疫チェックポイント阻害薬の開発は、免疫チェックポイント分子であるPD-1を、京都大学の本庶佑(ほんじょたすく)らの研究チームが1992年(平成4)に発見したことに端を発する。その後の研究でPD-1の免疫応答の抑制にかかわるしくみが解明されたのが1999年、あわせて薬剤の研究開発が進み、難治性がんの一つとされる悪性黒色腫メラノーマ)の治療薬として2006年(平成18)にPD-1を標的としたPD-1抗体による治験が開始され、有効性が確認されたことから実用化が進められた。これらを背景に誕生したのが免疫チェックポイント阻害薬「ニボルマブ」(商品名:オプジーボ)で、2014年7月には国内で初めて悪性黒色腫の治療薬として承認された。

 免疫チェックポイント阻害薬の誕生は、革新的な技術としてアメリカの科学誌『サイエンスScienceの「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」(2013)に選出されるなど、世界的に高く評価され、2018年にはPD-1の機能解明などの功績に対し、本庶佑にノーベル医学生理学賞が授与されている(アメリカ・テキサス大学のジェームズ・アリソンとの共同受賞)。

[渡邊清高 2019年3月20日]

薬剤の種類

2018年末時点において、日本で承認されている免疫チェックポイント阻害薬は、作用する免疫チェックポイント分子によって大きく以下の三つの種類に分けられる。ただし、いずれの薬剤もこれまで用いられてきた薬とは異なるメカニズムの薬剤であり、どのような患者により有効であるか(がんの種類、組織型、PD-1・PD-L1分子の発現、マイクロサテライト不安定性(後述)など)の検討や、まだ十分にわかっていない可能性のある副作用(有害事象)などについての評価があわせて進められている。これらにより、免疫チェックポイント阻害薬による効果が期待できるがんの性質を明らかにしたり、副作用のリスクを事前に予測するなど、個別化された治療方針の検討に役だつと考えられている。

 また、現在も数多くの臨床試験・治験が進行しており、今後適応となるがん種が増えたり、新しい免疫チェックポイント阻害薬の登場、既存の殺細胞性の抗がん剤との併用や放射線治療との併用などで、さらなる治療効果の向上が期待されている。このように免疫チェックポイント阻害による治療戦略は、従来のがん治療のあり方に大きな影響を及ぼすことが予想されるものであり、時々刻々と進展している状況にある。

(1)PD-1阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)
T細胞上に発現する免疫チェックポイント分子PD-1を阻害する作用をもつ薬剤。国内ではニボルマブとぺムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)の2剤が承認されている。悪性黒色腫、非小細胞肺がん、ホジキンリンパ腫、頭頸(とうけい)部がん、胃がんなど複数のがん種に用いられる。ペムブロリズマブは高頻度マイクロサテライト不安定性(がんの部位を問わず、DNA複製エラーの修復機能の低下によって、特定の配列が非がん組織とは異なる反復回数を示す性質)のがんにおいても、2018年12月に承認された。

(2)CTLA-4阻害薬(イピリムマブ
T細胞上に発現する免疫チェックポイント分子CTLA-4を阻害する作用をもつ薬剤。国内ではイピリムマブ(商品名:ヤーボイ)が承認されている。単独あるいはニボルマブとの併用によって、悪性黒色腫および腎(じん)細胞がんに対して用いられる。

(3)PD-L1阻害薬(デュルバルマブ、アテゾリズマブ、アベルマブ)
PD-L1はがん細胞上に存在する免疫チェックポイント分子であり、T細胞上のPD-1に結合してT細胞の働きを抑制する。PD-L1阻害薬は、この分子を阻害することで、T細胞の抑制を解除するものである。国内で承認されている薬剤として、非小細胞肺がんに用いられるデュルバルマブ(商品名:イミフィンジ)、アテゾリズマブ(商品名:テセントリク)、メルケル細胞がんに用いられるアベルマブ(商品名:バベンチオ)がある。

 また最近では、単剤使用ではなく、作用の異なる薬剤との併用(悪性黒色腫や腎細胞がんに対してCTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬を併用した治療)や、殺細胞抗がん剤との併用(非扁平(へんぺい)上皮肺がんに対してペムブロリズマブとペメトレキセド、シスプラチンまたはカルボプラチンを組み合わせた治療、扁平上皮肺がんに対してペムブロリズマブとパクリタキセルまたはパクリタキセル(アルブミン懸濁(けんだく)型)とカルボプラチンを組み合わせた治療)も承認されている。

[渡邊清高 2019年3月20日]

副作用(免疫関連有害事象)

免疫チェックポイント阻害薬には、T細胞の抑制を解除して免疫応答を活発化する作用がある。このため、活性化したT細胞は、がん細胞だけでなく正常な細胞を攻撃してしまうことがある。報告が多い副作用(免疫関連有害事象)として、従来の殺細胞性抗がん剤にはみられない特徴的なものがある。

 たとえば、甲状腺炎、下垂体炎、膵(すい)炎、肝炎、大腸炎、筋炎、心筋炎、投与時の急性輸注反応(インフュージョンリアクション)などであるが、ときに非常に重篤な間質性肺炎や出血性大腸炎などを引き起こすこともある。また、まれではあるが重篤な自己免疫疾患(重症1型糖尿病、重症筋無力症など)を合併することが報告されている。

 さらに、免疫チェックポイント阻害薬による治療が終了してからも免疫関連有害事象が発生することがあるため、治療後のフォローアップにおいても注意が必要と考えられている。

 重篤な有害事象が発生した場合には、その内容や程度に応じて、休薬・中止や免疫応答を抑制するステロイドや免疫抑制剤による治療などが必要になることがある。

[渡邊清高 2019年3月20日]

その他

免疫チェックポイント阻害薬は、従来のがん治療薬では十分な治療効果が得られなかったがんや進行がんの一部に高い効果が期待される薬剤である。しかしながら、すべてのがんに効果があるわけではなく、奏効率は5~30%にとどまる。一方で、その作用メカニズムが免疫応答の再活性化にあることから、治療の効果が長期に持続すること、治療終了後であっても再発することなく経過する場合があるなど、長期の病勢制御に期待がもたれている。

[渡邊清高 2019年3月20日]

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