光化学(こうかがく)(読み)こうかがく(英語表記)photochemistry

翻訳|photochemistry

日本大百科全書(ニッポニカ) 「光化学(こうかがく)」の意味・わかりやすい解説

光化学(こうかがく)
こうかがく
photochemistry

物質の分子と光の相互作用、とくに光による化学変化(光化学反応)や、発光現象化学ルミネセンス)を研究する化学の一分野。光(ひかり)化学ともいう。「光の吸収がなければ光化学変化はおこらない」というのが、光化学の第一法則(グロートゥス‐ドレーパーの法則)で、「吸収された光量子1個当り、分子1個が活性化される」が、光化学の第二法則(アインシュタインの光化学当量の法則)である。

 ここでいう光とは、スペクトルの可視光部だけでなく、赤外部、紫外部をも含むもので、波長はおよそ100~1000ナノメートル(1ナノメートルは10-9メートル)であり、この波長範囲の光量子のエネルギーは1アインシュタイン(6.02×1023個の光量子)当り1.20~11.96eV(電子ボルト)にわたっている。化合物化学結合の強さも1モル(6.02×1023個の分子)当りこの範囲に入る。したがって、分子が光を吸収すると、化学結合の切断がおこりうる。しかし、光を吸収した励起分子は、かならずしもすべてが切断にあずかるわけではなく、発光や熱の発生を伴って、もとの分子(基底状態)に戻ることもある。光化学変化を受ける効率は、量子収率によって表現される。量子収率は、1個の光量子に対して反応する分子の割合で、1個の分子が反応する場合が1.0と規定されており、連鎖反応がなければこの値が最大である。

 光化学は別のことばでいえば、光励起状態の化学であって、基底状態の分子が光を吸収すると、光励起状態がもたらされるが、この過程は、電子が最高被占軌道(HOMO)から、最低空軌道(LUMO)に移ることである。光励起は非常に速い過程で、原子核振動よりも速い(フランク‐コンドンの原理)。また光励起状態には、電子のスピンの方向が基底状態(S0)と同じく対になった一重項状態(S1、S2、……)と、二つの電子のスピンが平行になった三重項状態(T1、T2、……)が存在する。光励起状態は寿命が短く、分子の衝突や発光(蛍光やリン光)を伴って基底状態に戻る。このほか、同種の状態(S1→S0など)の間の遷移(内部変換)や異種間(S1→T1など)の遷移がある(項間交差)。励起状態の分子は基底状態とは異なる反応性をもっているので、普通の基底状態の化学変化とは異なる特異な化学変化が観察される。

 近年、物理化学者だけでなく、有機、無機化学者によって光反応を利用した合成反応、太陽エネルギー利用、光機能性物質開発のための研究が進められていてその発展は著しい。光反応の特異性を利用するのが光化学の応用であり、光励起分子の特性のみならず合成的な立場からみても光反応の有用性は大きい。

[向井利夫]

『小泉正夫著『光化学概論』(1963・朝倉書店)』『松浦輝男著『有機光化学』(1970・化学同人)』『徳丸克己著『有機光化学の反応論』(1973・東京化学同人)』『徳丸克己著『新化学ライブラリー 光化学の世界』(1993・大日本図書)』『井上晴夫・高木克彦編著、佐々木政子・朴鐘震著、北森武彦・小宮山真・平野真一編『基礎化学コース 光化学1』(1999・丸善)』『杉森彰編著、右田俊彦・一国雅巳・井上祥平・岩沢康裕・大橋裕二・渡辺啓編『化学新シリーズ 光化学』(1998・裳華房)』『伊沢康司著『やさしい有機光化学』(2004・名古屋大学出版会)』


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