元朝秘史(読み)げんちょうひし(英語表記)Yuán cháo mì shǐ

精選版 日本国語大辞典 「元朝秘史」の意味・読み・例文・類語

げんちょうひし ゲンテウ‥【元朝秘史】

中国の史書。正続一二巻。原本は嘉熙四年(一二四〇)頃の成立と伝えるウイグル文字で書かれたもので、編者未詳。明の洪武年間(一三六八‐九八)に漢字音訳され、漢訳が付された。この書名はこのときに与えられたもの。ジンギスカンの全生涯を中心に開国説話から太宗オゴタイの死まで、蒙古の歴史を伝承、説話をまじえて記す。元秘史。

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デジタル大辞泉 「元朝秘史」の意味・読み・例文・類語

げんちょうひし〔ゲンテウヒシ〕【元朝秘史】

中国の歴史書。12巻。編者未詳。1240年ごろウイグル文字で書かれたといわれ、原本は残っていないが、漢訳および漢字での音写本がある。チンギス=ハンオゴタイの実録で、説話や伝承もまじる。那珂通世なかみちよの「成吉思汗ジンギスかん実録」はその日本語訳。元秘史。

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改訂新版 世界大百科事典 「元朝秘史」の意味・わかりやすい解説

元朝秘史 (げんちょうひし)
Yuán cháo mì shǐ

モンゴル人がみずからの言葉で記した最古の歴史書的文献。モンゴル名は《モンゴルの秘密の歴史Mongghol-un ni'ucha tobcha'an》。正集10巻,続集2巻の12巻本と,《永楽大典》抄出15巻本があるが,両者には若干の脱落,錯簡以外に大きな異点はない。著者は不明。著作年代は1240年説を筆頭に諸説があり,なかには1228年から1324年まで追補されつつ作成されたとする説もある。初めウイグル文字かパスパ文字で記されていたが,明朝初期に漢字音訳され,各単語の右側に中国語訳が付され,全体が282節に分かたれ,各節末にその中国口語文意訳が付され,《元朝秘史》という書名が与えられ,ここに世に珍しい体裁の文献が誕生した。ただ原典の体裁のままのものがモンゴル人の間に保管されていたようで,17世紀以後記された若干のモンゴル文年代記に《秘史》の忠実な引用文が挿入されている。なかでも17世紀後半著述のロプサン・ダンジンの《アルタン・トプチ》にはその2/3くらいもの忠実な引用記事があり,《アサラクチ・ネレト・イン・テウケ》にもかなりの引用文がある。

 内容はモンゴル族の族祖伝承,モンゴル部の諸氏族の起原,チンギス・ハーンの祖先の系譜にはじまり,かれの帝国建設の過程,即位と子弟・功臣に対する分封,恩賜,国制,内廷の組織,外征と死について詳述し,オゴタイ・ハーンの治世について要述してある。そして全体がチンギスとその子孫の支配の正統性の主張で貫かれている。記述の体裁は十二支を配して一見年代記風だが,実際は複雑な史実は年代を無視して整頓されている。そして随所に頭韻を踏んだ韻文が散りばめられ,口承文芸のモティーフが盛りこまれている。これらすべては,帝国建設ころまで無文字の口承文芸の世界に生きていたモンゴル人の文化状況の反映である。この書は歴史以外にモンゴルの言語民俗文学などを研究するための重要な記録であり,遊牧民族の誇るべき文化遺産である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「元朝秘史」の意味・わかりやすい解説

元朝秘史
げんちょうひし

モンゴル帝国時代にモンゴル人がまとめたモンゴル語の史書。原題は『モンゴル秘史』Mongghol-un ni'ucha tobcha'an。著者不明。編纂(へんさん)年代は1200年代の鼠(ねずみ)の年(1240年、1252年、1264年その他の説がある)。明(みん)朝の初めに漢字で音訳され、各語に中国語訳が付され、各節末にその節の中国語意訳が付され、12巻(十五巻本もある)に分けられた。もとの体裁のままのものもモンゴル人の間に存在した。内容はチンギス・ハン(成吉思汗)の事績が中心であり、その前に彼とモンゴル人の祖先の系譜と物語を置き、そのあとにオゴタイ・ハンの治世の事績を付してある。そして全体としてチンギス・ハンとその子孫の支配の正統性の強調と功臣の忠誠、勲功の称揚を基調としている。途中から十二支が配され年代記風となるが、実際は当時のモンゴル人の歴史観や口承の資料に依拠したことなどを反映してか、史実が物語風、叙事詩風に整理され、韻文が随所に盛り込まれている。モンゴルの言語、歴史、民俗その他に関する文字どおり基本文献である。

[吉田順一]

『那珂通世訳注『成吉思汗実録』(1943・筑摩書房)』『村上正二訳注『モンゴル秘史』全3冊(平凡社・東洋文庫)』

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百科事典マイペディア 「元朝秘史」の意味・わかりやすい解説

元朝秘史【げんちょうひし】

モンゴル帝国チンギス・ハーンを中心に,その先祖からオゴタイ・ハーンまでの伝説・史実を述べたもの。著者不明。12巻。1240年成立と伝えるが異説が多い。モンゴル語で書かれ,明の洪武帝の時,漢字で音写,直訳,抄訳をつけ,13世紀モンゴル語研究の重要資料となる。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「元朝秘史」の解説

『元朝秘史』(げんちょうひし)
Mongghol-un Nighucha Tobchiyan

チンギス・カンを中心として,その祖先からオゴデイの時代までの伝説や歴史を述べたモンゴル語の書物。著者不明。全12巻。1240年成立とされてきたが,1324年成立とする有力な新説がある。モンゴル語で書かれ,明の洪武帝時代に,モンゴル語の音を漢字で写し,中国語の直訳と抄訳をつけた。13世紀頃のモンゴル人の民俗,言語,文学を研究するには貴重な資料であるが,フィクションを多く含み,歴史資料としての利用には注意を要する。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「元朝秘史」の意味・わかりやすい解説

元朝秘史
げんちょうひし
Yuan-chao mi-shi; Yüan-ch`ao pi-shih

モンゴル語名"Monggol-un ni`ucha tobcha`an" (モンゴルの秘密の歴史) の漢訳書名。チンギス・ハン家の歴史を「青い狼」の伝説的時代から説き起し,彼の生涯の事跡を述べるのにその大半をさき,太宗オゴデイの業績を書き加えた歴史年代記。文体は重厚にして流麗,内容は 13世紀モンゴル族の社会組織,社会習慣を随所に語り,まさに「草原の香りに満ちた」古典文学の趣をもつ。著者および著作年代については明らかでなく,現在の『元朝秘史』の流布本は全 12巻および全 15巻から成る漢字音訳本 (漢字の音を使ってモンゴル語を表記したもの) であるが,モンゴル語原典は未発見。

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旺文社世界史事典 三訂版 「元朝秘史」の解説

元朝秘史
げんちょうひし

モンゴル民族に関する現存の史料中最も古い記録
全12巻。成立年代は1240年といわれる。著者不明。正集10巻はチンギス=ハンの生涯を述べた英雄叙事詩で,続集2巻はオゴタイ=ハンの即位12年までを述べたもの。モンゴル語・ウイグル文字で書かれ,元代には内府に秘蔵されていた。明初期に原本が漢訳され,『元朝秘史』の名を与えられた。モンゴル語を漢字に移し,明初期の俗語で直訳を加えたものが現存。13世紀ごろのモンゴルの社会制度を知る貴重な史料で,古代モンゴル語研究の最上の史料である。

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世界大百科事典(旧版)内の元朝秘史の言及

【ヘーニッシュ】より

…この間中国に2回旅行し,モンゴルにも旅行した。中国語と満州語の研究も行ったが,最も重要なのはモンゴル研究であり,とくに《モンゴル秘史》(《元朝秘史》)のローマ字音写,注釈,語彙,翻訳に関する研究を1931年から41年までかかって出版したのが,最大の業績である。【吉田 順一】。…

※「元朝秘史」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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