[1] 〘代名〙
① 特定の事物を、実体や内容の不明な、または、未定なものとしてさす。疑問表現に用い、応答の場合は
感動詞にも近づく。どういうもの。どういうこと。
※万葉(8C後)一九・四二〇三「家に行きて奈爾
(ナニ)を語らむあしひきの山霍公鳥
(やまほととぎす)一声も鳴け」
※三四郎(1908)〈
夏目漱石〉一〇「『里見さん』と云った。『なに』と答えた」
② 不特定の事柄を、観念的に指示する。あらゆるものの中の一つ。すべてのものの中のどれか。
※万葉(8C後)一七・三九六七「山峡に咲ける桜をただひと目君に見せてば奈爾(ナニ)をか思はむ」
※浄瑠璃・
夕霧阿波鳴渡(1712頃)中「何を
見込みに
此様に可愛ひぞと」
③ 特定の事物・事態を、問題にするに価しないものと判断して、実質的価値の疑わしいものとして指示する。「何なり」の形で用いることが多い。どんなねうちのもの。
※蜻蛉(974頃)上「さだめなくきえかへりつる露よりもそらだのめする我はなになり」
④ 特定のものの名称が思い出せない時、またはそれを指定する必要のない時に、とりあえず仮に指示する。しかじか。例のあれ。
※
源氏(1001‐14頃)乙女「なにのみこくれの源氏などかぞへたまひて」
※
滑稽本・浮世床(1813‐23)初「行て来べい、ヲヲほんに。何
(ナニ)は来ねへか。蜂の野郎は」
[2] 〘名〙 非難すべき事。なんということ。「なに(を)いう」「なに(を)する」の形で用いる。
※
洒落本・陽台遺編(1757頃)秘戯篇「アア何なんすぞいな。こそばいわいな」
[3] 〘副〙
① 原因や
動機が不明なときの、納得のゆかない気持を表わす。どうしてまた。どういうわけで。
※古今(905‐914)春下・七九「春霞なにかくす覧さくら花ちるまをだにも見るべき物を〈
紀貫之〉」
② 自分の判断や意志に反するものを、拒否する気持を表わす。いや、まったく。何か。
※車屋本謡曲・鉢木(1545頃)「住みうかれたる古里の、松かぜ寒きよもすがら、ねられねば夢もみず。何おもひでの
有べき」
① 相手の言語・
行動や、前の文脈の事柄を否定し、反発する気持を表わす
ことば。
(イ) 軽く否定する。いや。
※洒落本・
道中粋語録(1779‐80頃)「『後といはず呑なせへナ』『ナニ、よさっしゃりまし』」
(ロ) 強くとがめる。なんだと。
※滑稽本・
浮世風呂(1809‐13)二「なに、このぢぢむさあまめ」
② 予想外の事態に気付いたり、驚いたりする気持を表わすことば。
※虎寛本狂言・
法師が母(室町末‐近世初)「そなたへ年のころ廿ばかり成女は行ぬか。何、ゆかぬ」
③ 人に呼びかける時のことば。
※
歌舞伎・
幼稚子敵討(1753)口明「何、銀兵衛殿、今日伴れ参た大橋とやらは、御僉儀
(ごせんぎ)遂げられたかな」
[補注]漢字で「何」と書かれたものは、「なに」か「なん」かはっきりしないが、助詞、
助動詞などと複合した場合、口頭語としては「なん」の形が多い。→
なん(何)