日本大百科全書(ニッポニカ) 「休眠」の意味・わかりやすい解説
休眠
きゅうみん
生物の発生や活動が、暑さ、寒さ、乾燥など生存に不適な環境において、一時的に停止または停止に近い状態になる現象をいう。
植物
種子、胞子、樹芽、塊茎芽(地下部から出る芽)などや細菌の胞子などでみられる。一般に休眠状態では代謝活動はきわめて低く保たれ、多くの場合、含水量は低い。これは、低温や高温など好ましくない環境条件への適応の形であると考えられる。植物の休眠は種子休眠と、樹芽、塊茎芽などの冬芽休眠に分けることができる。
[勝見允行]
種子休眠
種子休眠は胚(はい)に原因がある場合と、種皮に原因がある場合とがある。前者には胚が形態的に未熟なまま地上に落ちるため、発芽が可能となるまで胚の発育の期間を必要とするものがある。イチョウ、キンポウゲ、トネリコ、スハマソウなどの種子がこれに属し、胚の発育完了まで種によって10日から数か月かかる。また、胚は成熟しているが、収穫直後は発芽せず、室温、乾燥状態で数日から数か月放置されると発芽能力をもつ種子がある。
他方、後者ではマメ科やアオイ科などの一部の種子にみられるように、種皮が堅くて水が透過しにくいか、オナモミの休眠種子のように種皮の酸素不透過が原因となる。これらの種子は種皮を取り除くか、傷をつけてやると、休眠は破れる。自然の状態では土壌微生物による種皮の分解、あるいは砂、小石などによる損傷が発芽を可能にする。
種子の休眠には成長阻害物質(主としてアブシシン酸)や成長促進物質(ジベレリン、サイトカイニン)などの植物ホルモンの有無が原因の場合もある。種子のなかで、低温期を経験しない限り休眠を続けるもの(セイヨウハシバミ、サクラソウ、リンゴ、バラ、カエデなど)があるが、低温期は、植物ホルモンの変動と関係があると考えられる。
発芽可能になった種子が、条件の変化でふたたび休眠するとき、これを二次休眠という。
[勝見允行]
冬芽休眠
温帯の落葉樹の多くは、夏から秋にかけて、頂芽や側芽の成長が停止し、苞(ほう)によって包まれた冬芽(冬に休眠する芽)が形成される。これは温度の変化によるものではなく、ほとんどの場合、日長の変化に起因する。すなわち、頂芽は長日条件だと栄養成長を継続するが、短日になるにしたがって成長は遅くなり、ついには完全に停止して、休眠芽となる。この光周反応は、やはり暗期がたいせつであるが、花芽形成におけるほど明確ではない。
芽の休眠にもアブシシン酸、ジベレリンなどの植物ホルモンが関与しているものと考えられている。塊茎芽の場合も同じように考えられる。たとえば、ジャガイモは収穫直後は発芽しないが、これは多量にアブシシン酸が含まれ、ジベレリンが少ないためである。
[勝見允行]
動物
動物の冬眠や夏眠、昆虫の狭い意味での休眠、原生動物の被嚢(ひのう)胞子やワムシ、ミジンコなどの耐久卵(冬卵)の状態での休眠が含まれる。休眠状態にある動物は、代謝活動のレベルが非常に低く保たれ、水や食物を必要とせず、乾燥や低温あるいは高温に対する抵抗性が強くなっている。多くの動物では、環境条件がよくなれば休眠から覚めて活動を再開する。
昆虫では、寒冷などの外的な作用に直接的影響を受けて一時的に発育を停止する場合に対して、内分泌系の支配による自律的な発育の停止を休眠(狭義の休眠)といっている。この場合、発育に適した環境下でも発育が進まないことがある。休眠から覚めるには、低温に一定期間さらされる必要がある。昆虫では、卵、幼虫、蛹(さなぎ)、成虫のいろいろな発育段階で越冬するが、普通、休眠状態でないと越冬できない。一般に休眠期は生活史のなかで1回だけで、種によって休眠が行われる発育段階が一定しており、同世代の個体の発育段階が時期的にそろうように働いている。休眠の誘起は光周期(日長)によるが、休眠の決定時と開始時、開始時と冬の到来の間にはそれぞれ時間間隔がある。
カイコの年一化性の品種の成虫は休眠卵を産み、多化性のカイコは非休眠卵を産む。二化性のカイコでは、夏に産まれた卵からの成虫は休眠卵を産む。夏の高温が休眠をおこすおもな因子であるが、直接には食道下神経節より分泌される休眠ホルモンが、発育中の卵巣に働いて休眠卵をつくる。セクロピアサン(アメリカを代表する野蚕(やさん)の一種)の休眠蛹(よう)では、休眠ホルモンによって休眠がおこるのではなく、変態ホルモンが分泌されないために蛹のままでいる。休眠蛹が低温に一定期間さらされると、脳が活性化し、前胸腺(きょうせん)刺激ホルモンが分泌されて成虫化へと進むため、休眠が終わる。
カイコの休眠卵には卵黄中に多量のグリコーゲンが含まれているが、休眠が始まるとグリコーゲンは急激に減少し、グリセロール(グリセリン)とソルビトール(いずれも糖アルコール)にかわる。幼虫、蛹、成虫の休眠(たとえばセクロピアサンの蛹休眠)では、脂肪体中でグリコーゲンが糖アルコールにかわる。数多くの越冬昆虫の体内にグリセロールの蓄積がみられるが、グリセロールとソルビトールは強力な不凍剤で、細胞を低温傷害から保護し、耐凍性に役だっている。カイコの休眠卵が休眠から覚めると、グリセロールとソルビトールから合成されたグリコーゲンが増加する。シンジュサンの休眠蛹ではグリコーゲンはトレハロースに転換される。トレハロースは貯蔵炭水化物として重要な物質でエネルギー源となる。グリコーゲンと糖アルコール、グリコーゲンとトレハロースは温度に依存して相互に転換し、エネルギー的に経済的である。
[小野山敬一]
『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』▽『山崎利彦ほか編著『果樹の生育調節』(1989・博友社)』▽『日本化学会編『新ファーブル昆虫記』(1991・大日本図書)』▽『太田次郎ほか編『基礎生物学講座6 発生と形態の形成』(1991・朝倉書店)』▽『竹田真木生・田中誠二編『昆虫の季節適応と休眠』(1993・文一総合出版)』▽『茅野春雄文、下田智美絵『わたしの研究 虫はどのように冬を越すのか?』(1995・偕成社)』▽『西田育巧編『昆虫――超能力の秘密』(1996・共立出版)』▽『村松博行著『カキの作業便利帳――小玉果・裏年をなくす法』(1996・農山漁村文化協会)』▽『山口裕文編著『雑草の自然史――たくましさの生態学』(1997・北海道大学図書刊行会)』▽『日本比較内分泌学会編『ホルモンの分子生物学8 無脊椎動物のホルモン』(1998・学会出版センター)』▽『高藤晃雄著『ハダニの生物学――基礎研究から応用へ』(1998・シュプリンガー・フェアラーク東京)』▽『鈴木善弘著『種子生物学』(2003・東北大学出版会)』