仮字遣奥山路(読み)かなづかいおくのやまみち

改訂新版 世界大百科事典 「仮字遣奥山路」の意味・わかりやすい解説

仮字遣奥山路 (かなづかいおくのやまみち)

江戸後期の国学者石塚竜麿(1764-1823)の著した語学書。3巻。1798年(寛政10)ころに成る。本居宣長がその著《古事記伝巻頭の〈仮字の事〉の項に記したことを受けて,万葉仮名用法を《古事記》《日本書紀》《万葉集》の3書を中心に調査し,従来知られていなかった事実を明示した書。約1000におよぶ万葉仮名がいかなる語の,どの音節に用いられるかを細かく研究し,従来同一の類と思われていた仮名の内部に2類の区別があるもののあったことを明らかにし,万葉仮名で擬古文を書く場合にそれを用い分けるべきであることを主張した。たとえば,〈こ〉の万葉仮名としては許,去,拠,居,虚,挙,古,胡,固,故,顧などが用いられているが,〈こころ〉〈ところ〉〈ここ〉などの〈こ〉の場合には許,去,拠などしか用例がなく,〈こ(子)〉〈みやこ〉などの〈こ〉には古,胡,固,故などしか用例がない。つまり,許,去,拠などの類と古,胡,固,故の類との区別があったことを示した。このような区別がエ,キ,ケ,コ,ソ,ト,ノ,ヒ,ヘ,ミ,メ,ヨ,ロ,チ,モに存在すると述べたが,それが古代音韻の別によることは気づかず,説明が不足で一般の理解が得られなかった。また当時は本文批判文法方言の研究が進んでいなかったので誤りも少なくない。しかし明治時代末期に,橋本進吉別途に同一の事実を明らかにしてのち,本書の真価を知り世に紹介して一躍国語学界の注目を集め,古代日本語の音韻を知るうえに重要な書物とされるようになって,新しい古代日本語研究の道を開く端緒となった。《日本古典全集》に収められている。
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百科事典マイペディア 「仮字遣奥山路」の意味・わかりやすい解説

仮字遣奥山路【かなづかいおくのやまみち】

江戸時代の語学書。国学者石塚竜麿〔1764-1823〕著。3巻。1798年ごろなる。本居宣長古事記伝冒頭の〈仮字の事〉を受けて,上代に用いられた〈き〉〈け〉〈こ〉等の万葉仮名には,語によって2種類の書き分けが見られることを,記紀や万葉集の用例について明らかにした書。上代特殊仮名遣い研究の初めで,別途この事実をつきとめた橋本進吉によって紹介された。

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世界大百科事典(旧版)内の仮字遣奥山路の言及

【仮名遣い】より

…また江戸時代の国学者の中には,契沖の学問をついで万葉仮名の用法を詳しく調査し,従来知られていなかった万葉仮名使用上の区別が奈良時代の文献にあることを明らかにし,万葉仮名によって擬古文を記すときの規範にすべきだと考えたものがある。石塚竜麿の《仮字遣奥山路(かなづかいおくのやまみち)》,草鹿砥宣隆(くさかどのぶたか)の《古言別音鈔(こげんべつおんしよう)》,奥村栄実の《古言衣延弁(こげんええべん)》などがそれである。しかし,これは世間に一般的な影響を与えるほどには広まらなかった。…

【国語学】より

…このような点に関しての研究は,明治以後の字音研究にまたなければならない。つぎに,宣長の弟子,石塚竜麿は,宣長の指導によって,いわゆる上代特殊仮名遣いを精査し,その結果を《仮字遣奥山路(かなづかいおくのやまみち)》と題して発表した。しかし,竜麿の明らかにしたところは,いろは四十七文字に,直接,関係をもたないものであったから,そのすぐれた業績も,実際の仮名遣いの問題の上にはなんらの波紋を起こすことなくして埋もれて終わった。…

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