仙人(読み)せんにん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「仙人」の意味・わかりやすい解説

仙人
せんにん

漢民族の古くからの願望である不老不死の術を体得し、俗世間を離れて山中に隠棲(いんせい)し、天空に飛翔(ひしょう)することができる理想的な人をいう。僊人とも書く。中国、戦国末(前3世紀)に山東半島を中心とする斉(せい)・燕(えん)(山東省、河北省)の地に発生した神仙説が、その後、陰陽家(いんようか)の説を取り入れた方士(ほうし)(呪術(じゅじゅつ)の実践者)によって発展し、さらに道家思想と混合して成立した道教によって想像された。『史記』の「秦始皇本紀(しんしこうほんき)」18年に「斉人徐(じょふつ)、上書していう、海中に三神山あり、名づけて蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)という。僊人(せんにん)これにいる。請(こ)う斎戒(さいかい)して童男女とともにこれを求むることを得ん、と。ここにおいて徐をして童男女数千人を発し、海に入りて僊人を求めしむ。」と記され、すでに秦代に海中の三神山に僊人がいると考えられていた。漢の武帝も、この僊人を尊んで、封禅(ほうぜん)(天子が行う天地の祭り)を修め、祀祠(しし)を設けている。仙人は、初め僊人といわれていた。の意味は、『説文解字(せつもんかいじ)』には「高きに升(のぼ)るなり」とあり、遷も「高きに登渉する」とある。僊の本義も「飛揚升高」で、これらはいずれも「高い所に昇ること」であった。そこで僊人とは、人間が高い所に昇って姿を変えた者と考えていたと思われる。仙の字も『釈名(しゃくみょう)』「釈長幼」に「老いて死せざるを仙という。仙は遷なり。山に遷入するなり」とあるので、世俗を離れて山中に住み、修行を積んで昇天した人を仙人と考えていた。この仙人も、六朝(りくちょう)時代になると、服用する仙薬などによっていろいろな段階があるとされた。『抱朴子(ほうぼくし)』では、天仙地仙・尸解仙(しかいせん)(魂だけ抜けて死体の抜け殻となるもの)の三つに区分し、そして、仙人になる方法として、導引(どういん)(呼吸運動)、房中術(ぼうちゅうじゅつ)、薬物、護符、精神統一などがあるとしている。

 中国には多くの仙人がおり、『荘子(そうじ)』には、800年も生きた彭祖(ほうそ)や、崑崙山(こんろんさん)に住む西王母(せいおうぼ)が記され、『史記』の「封禅書(ほうぜんしょ)」や『漢書(かんじょ)』の「郊祀志(こうしし)」には、安期生(あんきせい)、羨門子高(せんもんしこう)、宋母忌(そうむき)、正伯僑(せいはくきょう)、克尚(こくしょう)などの古仙人の名がみえる。また、それらを人間に仲介する方士(ほうし)としては、盧生(ろせい)、韓衆(かんしゅ)、李少君(りしょうくん)などが出ている。仙人の伝を記した最初の書は、前漢末に劉向(りゅうこう)が撰(せん)したとされる『列仙(れつせん)伝』で、そこには赤松子(せきしょうし)、馬師皇(ばしこう)、黄帝(こうてい)、握佺(あくせん)など70余人が記されている。また続いて出た葛洪(かっこう)の『神仙伝』にも、広成子(こうせいし)、老子(ろうし)、彭祖、魏伯陽(ぎはくよう)、河上公(かじょうこう)など92人の伝がみえる。そのほか『続仙伝』(南唐、沈汾(ちんふん)撰)、『仙伝拾遺(せんでんしゅうい)』(前蜀(ぜんしょく)、杜光庭(とこうてい)撰)、『集仙伝』(宋(そう)、曽慥(そぞう)撰)などがあり、『雲笈七籤(うんきゅうしちせん)』にも仙人の伝がある。清(しん)の『古今図書集成』「神異典」には、上古より清初までの仙人、1153人が網羅されており、中国にいかに多くの仙人がいたかを示す。

 インドの仙人は、サンスクリット語でリシi、パーリ語ではイシisiといい、「聖仙」「聖人」「賢者」などとも漢訳されているが、これらは、中国の仙人の観念が仏教経典のなかに持ち込まれたものであろう。『マヌ法典』は、マリーチ仙など34人の偉大な仙人、すなわち大仙(たいせん)(マハリシmahai)をあげており、また7人の大仙の名もよくあげている。原始仏教経典の詩句(頌(じゅ))では、釈尊(しゃくそん)や諸仏のことも仙人の一種とみなしている。

 中国およびインドの仙人は日本にも伝わり、天平(てんぴょう)年間(729~749)に三仙人とよばれた大伴(おおとも)仙人、安曇(あずみ)仙人、久米(くめ)仙人の伝説がみえている。大江匡房(まさふさ)の『本朝神仙伝』には、弘法(こうぼう)大師(空海)、沙門(しゃもん)日蔵、慈覚(じかく)大師(円仁(えんにん))などの僧が仙人とされ、虎関師錬(こかんしれん)の『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』神仙の項にも白山明神(はくさんみょうじん)、新羅(しんら)明神、法道(ほうどう)仙人、陽勝(ようしょう)仙人など13人の伝が記されている。

[中村璋八]

『村上嘉実著『中国の仙人』(1956・平楽寺書店)』『本田済・沢田瑞穂・高馬三良訳『中国の古典シリーズ4 抱朴子/列仙伝・神仙伝/山海経』(1973・平凡社)』


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百科事典マイペディア 「仙人」の意味・わかりやすい解説

仙人【せんにん】

中国で神仙説に基づく超人的存在。人間界を離れて山に入り,修行の結果,長生不死・空中飛行など種々の神通力をもつという。道教の思想に由来し,秦・漢代に方士によって実践された。中国文学に題材を提供し,朝鮮・日本にも伝わる。仙人の伝記をまとめたものに劉向(りゅうきょう)の《列仙伝》,葛洪(かっこう)の《神仙伝》などがある。なお,サンスクリット,リシの訳語として,〈詩聖〉〈聖仙〉とともに〈仙人〉が用いられることがある。
→関連項目列仙伝

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デジタル大辞泉 「仙人」の意味・読み・例文・類語

せん‐にん【仙人/×僊人】

俗界を離れて山中に住み、不老不死で、飛翔ひしょうできるなどの神通力をもつといわれる人。道教で、理想とされる神的存在。仙。神仙。仙客
無欲で世事に疎い人。
仏語。外道げどうの修行者で、世俗と交わりを断ち、神通力を修めた人。
[類語]仙女神仙隠者世捨て人隠士道士

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世界大百科事典 第2版 「仙人」の意味・わかりやすい解説

せんにん【仙人】


[中国]
 人間でありながら永遠の生命を獲得し,長生不死をとげるものをいい,〈神仙〉ともよばれる。〈仙〉の本字は〈僊〉であって,舞うさまの形容や上昇の意味に使用される。仙人には天空に舞いあがるイメージがともなうところから,この文字が用いられたのであろう。〈仙(僊)人〉ということばをはじめて用いたのは《史記》封禅書であるが,長生不死の観念はすでに先秦時代の書物にみとめられる。たとえば《荘子》にひんぱんにあらわれる〈神人〉〈真人〉〈至人〉など,また《山海経(せんがいきよう)》には〈不死の薬〉〈不死の民〉〈不死の国〉〈不死の山〉などに関する伝説が語られている。

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普及版 字通 「仙人」の読み・字形・画数・意味

【仙人】せんにん

仙道をえた人。〔史記、秦始皇紀〕徐市(じよふつ)等上書して言ふ、中に三り。~仙人之れに居る~と。~是(ここ)に於て徐市をはして、男女數千人を發し、に入りて仙人を求めしむ。

字通「仙」の項目を見る

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世界大百科事典内の仙人の言及

【久米の仙人】より

…古代に伝承された仙人。《今昔物語集》巻十一によれば,昔,大和の国吉野に竜門寺という寺があり,安曇(あずみ)と久米の2人が仙術を修行していた。…

【尸解】より

…中国,道教における仙人になる方法の一つ。晋の葛洪(かつこう)の《抱朴子》では,現世の肉体のまま虚空に昇るのを天仙,名山に遊ぶのを地仙,いったん死んだ後,蟬が殻から脱け出すようにして仙人になるのが尸解仙であるとし,尸解仙を下位に置く。…

【仙術】より

…中国において,肉体を人間ならざるものに改造し,仙人となることを目的として行われる修練の方法。《荘子》には〈吹呴(すいく)呼吸〉とか〈吐故納新〉とかよばれる呼吸術や〈熊経鳥申(ゆうけいちようしん)〉とよばれる体操術を行って長生につとめる実修者の記述がある。…

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