仏教音楽(読み)ぶっきょうおんがく

精選版 日本国語大辞典 「仏教音楽」の意味・読み・例文・類語

ぶっきょう‐おんがく ブッケウ‥【仏教音楽】

〘名〙 仏教の法要などで用いる音楽。僧侶の声明(しょうみょう)のほか、信者の唱える御詠歌・念仏、また管弦・舞楽など仏教と関連をもった音楽的なもの一般をさす。

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デジタル大辞泉 「仏教音楽」の意味・読み・例文・類語

ぶっきょう‐おんがく〔ブツケウ‐〕【仏教音楽】

仏教の祭儀などに用いる音楽。声明しょうみょう和讃わさん講式御詠歌など。

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改訂新版 世界大百科事典 「仏教音楽」の意味・わかりやすい解説

仏教音楽 (ぶっきょうおんがく)

仏教に関連する宗教音楽のことで,(1)各種儀礼に用いられる声明(しようみよう),雅楽など,(2)信仰を表現するものとしての,僧侶または信徒によるガーター伽陀(かだ),(げ)),御詠歌(ごえいか)など,(3)仏僧による尺八などの器楽演奏,(4)如来・菩薩・諸神,聖人,聖なる動物あるいは場所,さらに涅槃・空などの境地など仏教の主要事項を題材として,作曲,演奏されるもの,の四つに分類することができる。(3)の仏僧による器楽演奏は,とくに信仰を表現するという意図を問題としなくても,おのずからそこに,修行による風格が表現されうることから,仏教音楽とされる。

起源は当然仏教の興起以後ということになるが,音楽史としての前史があるわけで,とくに仏教音楽の場合には,声明の直接の祖先といえる歌唱の聖典《サーマ・ベーダ》が,音楽史的源流として無視できない。さらに,バラモン時代の祭礼において高められてきた情操は,宗教音楽を宗教音楽たらしめる中枢であり,たとえ仏教の信仰とは違ったものであるとしても,精神的な意味での源流として重要である。《サーマ・ベーダ》は,天啓聖典とされる四ベーダ(知識の書)の一つであり,神々への賛歌集である《リグ・ベーダ》本集を,歌うことを目的として旋律的に発展させたものである。したがって,詩の内容よりも,歌唱性に意味が込められている。その祭祀における分担は,ウドガートリ(歌詠僧)と呼ばれる専門の歌い手によってなされた。賛歌の詩句の間に,〈あー〉とか〈はーい〉とかの音節が挿入され,単語ごとに繰り返されたりもする。これらの歌はガーナgānaと呼ばれ,現在三つの楽派によって伝承されている。

釈迦自身は音楽的活動をいっさい行わなかった。また律蔵(三蔵の一つ)によれば,釈迦は比丘,比丘尼に対しても,器楽演奏,歌劇,舞踊の,演奏はもとより鑑賞をも禁じている。感覚的なものへのとらわれを避けるために,むしろそれに近づかないことが望まれた。したがって,芸術鑑賞ないし美的享受は,原始仏教においては問題とならなかった。しかしながら後代の仏伝文学において,音楽の最も重要な問題である,調和と秩序との基礎となる心性について,釈迦は意見をもっていたとみられる。

経典を節づけして朗誦することをいい,梵唄が仏教教団の創設当初より行われていたようであるが,《増一阿含経》にみられる目連と阿難の弟子たちの,本来の目的を逸脱して技の競い合いが行われたりしたように,音律的要素が進展して,梵唄が発生したと考えられる。律蔵では,梵唄の名手として善和の名がみられ,世尊はその美妙な音声を第一のものと認めている。〈長老偈〉〈長老尼偈〉も歌われたが,その偈頌のもつ美しさは,インドの抒情詩中,最高の作品といわれる。そこには宗教的理想が高く掲げられ,長老,長老尼たちは,深遠な心の寂静を最高の規範としていて,感覚的・衝動的なものは,いっさい排除され,修行者のすがすがしい心境が歌われている。これらは音声の学術,すなわち声明として体系化され,やがて中国,日本にまで伝えられることになる。

伎楽という言葉は,しぐさをもつ舞踊を意味するサンスクリット語ヌリティヤnṛtyaの訳語として漢訳経典に現れる。これは音楽劇(ナーティヤnāṭya)の主要部分をなすものであるが,別にヌリティヤと呼ばれる仮面劇が独立に存在したとも考えられている。現在残されている仏教劇の戯曲台本としては,馬鳴(めみよう)の《舎利弗劇(シャーリプトラ・プラカラナ)》,および作者不明の2仏教劇の断片が初期の戯曲としてあり,また7世紀のハルシャ・バルダナの《竜王の喜び(ナーガーナンダ)》が有名である。いずれも戯曲作法にかなって構成されているので,音楽においても,《戯曲論書(ナーティヤ・シャーストラ)》第28章以下に楽理が説かれる,ガーンダルハ音楽が適用されたと想像される。楽器は弓形のビーナー,9弦のビパンチー,7弦のチトラーなどの弦楽器と,竹で作られた横笛,ムリダンガ,パナバ,ダルドラの膜鳴楽器,ターラとも呼ばれた拍子取りの小シンバルなどが使用された。3~7世紀は,音楽を活用する大乗仏教思想の伝播の後をうけて,仏教音楽全盛の時代となる。仏跡の彫刻あるいは仏典には,多数の楽器による合奏のようすがうかがわれる。それらの中には,アフガニスタンのクシャーナ朝以来のイラン系のものも含まれ,直頸棒状の5弦リュートは,正倉院にある5弦琵琶の起源といわれる。11世紀を過ぎて,イスラム教徒の侵入,さらにはヒンドゥー教の台頭により,仏教はインド本国で衰微するが,仏教音楽はビルマ(現,ミャンマー),タイ,カンボジア,林邑などで受け継がれ,それぞれの地方特有の民族音楽との習合によって,おおいに変形されて,今日にいたっている。

中央アジアでは,ガンダーラを通じて,3世紀ころに仏教音楽が東トルキスタン(新疆)に入った。《大唐西域記》によれば,亀茲国における音楽の優越が知られ,古洞院壁画にその盛時をしのぶことができる場面が残されている。中国に入った声明は三国時代に独自の声明を生み出すにいたった。また胡楽と称される西域伝来の音楽の大部分は仏教音楽であり,隋・唐時代の中国の音楽に多大の影響を与え,新しい燕饗の音楽をつくり出した。またラマ教音楽は,現存する仏教音楽として重要である。チベット,ブータンの大法要のときには,ドゥンと呼ばれる山岳地特有の3mに及ぶ長大な金属製のホルンが,2本一対で吹き鳴らされる。仏僧による法要合奏のほか,ダムニェン撥弦楽器),スルリム(横笛)などの清廉な独奏,マニプと呼ばれる移動寺院の吟遊僧による偈文の独吟などが録音発売されている。日本においては,法会における,中国を経て伝えられた声明が,典礼音楽として主流であるが,雅楽としての西域起源の楽舞,伎楽,林邑楽なども,奈良・平安時代には行われた。鎌倉時代にかけて,猿楽能田楽などの散楽系統のものが寺院に付属し,法会にも参加した。琵琶楽は仏教思想に支えられているかのようであり,仏教的特色に彩られている。尺八は鎌倉時代に5孔のものが禅僧法灯国師によって中国から輸入され,普化宗の法器となり(普化尺八),近代になって,虚無僧(こむそう)により読経の代りに吹奏されるに至った。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「仏教音楽」の意味・わかりやすい解説

仏教音楽
ぶっきょうおんがく

紀元前6世紀の初期仏教時代から今日に至るまで伝承・生成されてきた仏教にまつわる音楽の総称。仏教発祥の地インドに始まり、アジア各地に広まったが、ここでは各国・各宗派で行われている仏教の儀式音楽、およびその影響を受けて生まれた世俗的な音楽や芸能を扱う。

[田井竜一]

インド・チベット

インド仏教において音楽がたいへん重要であったことは、サーンチーなどの仏教遺跡・壁画から推察することができる。パーリ語の教典によれば、法螺貝(ほらがい)や鈸(ばつ)、笛、鈴(れい)を伴奏に読経がなされていた。また、仏教最盛期には大規模な法会(ほうえ)も営まれ、多数の楽器を使用した音楽が奏された。しかし、現在ではヒンドゥー教に押され、仏教音楽は北インドの一部でわずかに伝承されるのみである。

 チベット仏教(ラマ教)は、チベット古来の宗教であるボン教の伝統をも受け継ぎ、独自の仏教音楽を生み出した。読経ならびに歌唱はきわめて低音のユニゾンの合唱で行われ、リーダー格の僧侶(そうりょ)がシルニャンとよばれるシンバルを奏し、ジャンドゥンとよばれる数メートルにも及ぶ銅製のトランペットが持続低音を鳴らす。またダブルリード楽器のギャリンや、以前は人骨でつくられたトランペットのカンリン、法螺貝のドゥンカル、振り鼓のダマル、大太鼓のンガ、鈴のディルブなどが使われることもある。なお年1回行われる大祭の際に、僧院前の広場で僧侶たちによって演じられる仮面劇チャムも重要である。

[田井竜一]

スリランカ・東南アジア

スリランカ(セイロン島)と東南アジアの国々(ミャンマー、タイ、カンボジア)では今日、南方上座部(いわゆる小乗仏教)系の仏教音楽が伝承されている。スリランカの仏教音楽の中心地は古都キャンディで、パーリ語教典の伝統的な朗誦(ろうしょう)法が伝承されている。また同地の仏歯寺として知られるダラダ・マリガワ寺院には、独特の寺院音楽が伝承されている。東南アジアの仏教音楽に共通してみられるのはパーリ語教典の朗誦法であり、また鈴、銅鑼(どら)などが使われるのも特色である。さらに仏教音楽は諸芸能にも影響を与え、数々の舞踊劇や仮面劇を生み出す母体となった。

[田井竜一]

中国

1世紀ごろ中国に伝来した仏教は、唐代には国家仏教になり、盛大な法会が行われた。こうした法会においては読経、梵唄(ぼんばい)、梵讃(ぼんさん)、漢讃などが演じられ、鈸や鐃(どう)、鼓などの楽器も使用された。またこれらの間に(あるいは同時進行で)舞楽なども演じられた。中華人民共和国においては、仏教音楽は一時期弾圧されたが、近年になって復活のきざしをみせている。また台湾では現在も伝承されているが、道教や儒教とかなり混合しており、むしろ民間音楽に近いものになっている。

[田井竜一]

朝鮮

朝鮮では三国時代に中国から仏教が伝わり、新羅(しらぎ)朝には国教となったが、儒教政策をとった李朝(りちょう)時代に弾圧された。しかし、民間における信仰は根強く続けられ、今日では信仰の自由の下に復活している。仏教音楽の代表的なものには、経文を低音で速く棒読みするヨンブル(念仏)、経文を複雑な旋律で歌うポンペエ(梵唄)、寺院で僧侶が世俗的な旋律で経文の一部を歌うハチョン(和請)などのほか、僧が舞いながら大太鼓を打つ法鼓など朝鮮独自のものも多い。また楽器としては、パラ(鈸鑼)、ポプコ(法鼓)、チャルメラ系のテピョンソ(太平簫(しょう))、らっぱのナバルなどが使われる。さらにこれらの音楽は民間の芸能にも強い影響を与え、影絵人形劇(マンソクチュンノリ)などを生み出していった。

[田井竜一]

日本

日本に伝えられた仏教音楽はそれ自体が発展していくのみならず、後世のさまざまな音楽に多大な影響を与えていった。儀式音楽においては声明(しょうみょう)がその中心で、その後、和讃、講式、論義といった日本語による声明も生まれ、さらにそれから御詠歌や念仏が派生した。これらは後代の語物(かたりもの)に大きな影響を与えた。また儀式音楽では、磬(けい)、鈴(れい)、錫杖(しゃくじょう)、鉦(かね)、鈸、法螺貝、太鼓などの鳴物(ならしもの)(楽器)も使用される。なお仏教儀式に舞楽が組み込まれることもかつてはあり、今日でも大阪四天王寺の聖霊会(しょうりょうえ)において伝承されている。また法会のあと行われた説教は説経浄瑠璃(じょうるり)などに影響を与え、余興として演じられた延年(えんねん)や呪師猿楽(じゅしさるがく)は能楽を生み出す母体になった。さらに、法会や檀家(だんか)における法事において盲僧が演奏した琵琶(びわ)音楽(盲僧琵琶)は、平曲に影響を与えた。そのほか、儀式とは直接関係しないものの仏教と深くかかわりのある音楽としては、今様(いまよう)、早歌(そうが)(宴曲)、歌祭文(うたざいもん)、歌念仏などがある。また江戸時代には禅宗の一部の宗派から普化(ふけ)尺八がおこり、その後の尺八音楽に影響を与えた。さらに近年では、浄土宗や禅宗の一部で西洋音楽を取り入れた讃仏歌(さんぶつか)なども生まれている。

[田井竜一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「仏教音楽」の意味・わかりやすい解説

仏教音楽
ぶっきょうおんがく

仏教の儀式で用いられる音楽,あるいは僧侶や信徒が仏教徒として演奏する音楽の総称。地域や時代によって,民族性や歴史を反映した多くの種類のものがあるが,一般に大乗仏教が音楽性に富んでいる。現在行われているもののなかでは,声楽では日本の声明 (しょうみょう) とチベットのラマ教の音楽が代表的。仏教行事に用いられる雅楽や,芸術的に洗練された日本の尺八音楽も,広義の仏教音楽に属する。

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世界大百科事典(旧版)内の仏教音楽の言及

【宗教音楽】より

…例えばフランスのテゼーの〈兄弟団〉をめぐるエキュメニカル(教会合同)な典礼と聖歌の運動は,日本にも影響を及ぼしている。
[仏教音楽]
 たとえば東大寺の〈修二会〉に際して歌われる声明やホラガイなどの吹奏は,最も古い仏教音楽を伝えているものと考えられている。天台,真言の両声明の伝統は平安時代以来,現在までの日本声明の根幹をなしてきたばかりでなく,日本のさまざまな伝統音楽の起源ともなっている。…

※「仏教音楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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