仇討物(読み)あだうちもの

精選版 日本国語大辞典 「仇討物」の意味・読み・例文・類語

あだうち‐もの【仇討物】

〘名〙 仇討ち主題とした、歌舞伎浄瑠璃小説講談などの総称曾我物忠臣蔵物伊賀越物などがある。敵(かたき)討ち物。

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改訂新版 世界大百科事典 「仇討物」の意味・わかりやすい解説

仇討物 (あだうちもの)

敵討を主題とした文学・芸能の一系統。敵討物(かたきうちもの)ともいう。中世謡曲,幸若から古浄瑠璃を経て,近世の歌舞伎,人形浄瑠璃読本,実録,講釈浪花節など,さまざまの分野で扱われ,重要な一系統を形づくっている。それらの基幹となったと思われるものは《曾我物語》を素材とした作品群で,早く謡曲に数々の〈曾我物〉を生み,この流れが幸若,浄瑠璃,歌舞伎に継承されて発展を見せた。歌舞伎における〈曾我物〉は格別の人気狂言で,享保以後江戸の劇場では毎年の初春狂言の世界を〈曾我物語〉とするのが吉例になった。幼少にして父を討たれた五郎・十郎兄弟(曾我兄弟)が,苦節18年の臥薪嘗胆のすえに敵工藤祐経を討ち本懐を遂げたという物語そのものが,あらゆる意味で日本人の情念に強く訴える条件をもっていたのが〈曾我物〉盛行の原因である。それは〈曾我物〉に限らず,〈仇討物〉全般に共通する観客(読者)の好みの反映であった。〈曾我物〉(《小袖曾我》《夜討曾我》など)のほか,《放下僧(ほうかぞう)》《望月》など能の仇討物は多くはないが,いずれも敵に近づく手段として演ずる遊芸に舞台的興味の中心があり,事件そのものへの興味はさほど強調されていない。近世における武士道精神の鼓吹は,仇討を美徳として賞揚したため,この思想が大いに発達し,中には姦夫姦婦を討つ〈妻敵討(めがたきうち)〉も現れ,近松の人形浄瑠璃《堀川波鼓》《鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)》などにも脚色された。上方における続狂言の最初の作といわれる《非人の敵討》(福井弥五左衛門作,1664年と伝える)は,零落して苦心する主人公の仇討物語で,のちの《敵討襤褸錦(かたきうちつづれのにしき)》,さらには《敵討天下茶屋聚(むら)》などを生む原点となった。江戸時代における仇討物のうち最大の人気と諸分野への広がりをもったのは〈忠臣蔵〉を扱った作品群で,人形浄瑠璃の《仮名手本忠臣蔵》を頂点として,実にさまざまな作品が生まれた。義士銘々伝の形では講釈や浪花節でも人気がある。その他の代表的な仇討物に,彦山の仇討,躄(いざり)の仇討,伊賀越の仇討,亀山の仇討などがある。文学では,寛政改革で当代風俗や時事問題からの取材を禁じられた黄表紙の分野に仇討物が流行した。南仙笑楚満人(なんせんしようそまひと)の《敵討義女英(かたきうちぎじよのはなぶさ)》(1795)がその端緒となった。やがて新しく台頭した読本と提携し,式亭三馬,十返舎一九,山東京伝らが仇討物を手がけるにいたり,文化初年以降その全盛期を迎えた。仇討物は筋の展開を売物にするため長編化し,黄表紙が合巻に移行する因になった。三馬作《雷太郎強悪物語》(1806)が転換の契機となった作品とされる。仇討物は歌舞伎や人形浄瑠璃と合巻,読本,講釈などが,互いに影響しあって作品を生みつづけ,おびただしい作品群を成立させた。
伊賀越道中双六 →亀山の仇討物 →忠臣蔵物
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