人間機械論(哲学)(読み)にんげんきかいろん(英語表記)theory of human machine 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「人間機械論(哲学)」の意味・わかりやすい解説

人間機械論(哲学)
にんげんきかいろん
theory of human machine 英語
homme machine フランス語

人間一種機械であるとする立場。普通、人間は心と身体をもち、このうち身体は生理的・物理的分析を受け入れると考えられる。しかし心の働き、とくに栄養をとったり感覚したりといった比較的自動的と思われる働きではなく、ものを考えるなどのいわゆる理性的働きは、一見して、物理学的に分析し尽くされぬものを含むと思われる。実際デカルトは、そのような働きは身体とは別の心的実体に属し、物理的分析を受け付けぬものとした。反面、彼は心のそのような働き以外は物理的解明を許すものと考えたため、人間以外の獣は一種の自動機械であると主張した。デカルトのこの動物機械論を徹底させ、あらゆる心の働きが物理的に分析できる、すなわち人間のあらゆる機能は物理的に分析できると主張したのがラ・メトリの『人間機械論』(1748)であった。このように人間を一種の自動機械とする考え方は、機械自体が発展し、サイバネティックスコンピュータや通信、自動制御理論などの物理・数学・工学系の理論と人間の神経系統に関する理論とを統一的に処理しようとする理論体系)が登場するに及んで、近年説得力を強めてきている。

 このように人間を機械とのアナロジーでとらえようとする立場は、厳密にいえば、人間が物理的原理で分析し尽くせるという立場(いわゆる唯物論)と同じものではない。なぜなら、物理的構造が解明され、機能が物理的に描写されたとしても、それが「なんの目的の」機械であるかわかったことにはならないからである。それゆえ、単なる唯物論と区別して人間機械論を現代において定義するとすれば、ある種の物理的システムモデルとして人間を理解する立場であるといえよう。

 そのように定義するとすれば、人間機械論には克服すべき問題が大別して二つあると思われる。その一つは、人間が自分に対してもつ「かけがえなさ」を説明できるかということである。悩み、絶望し、己の死を死ぬところの、まさに他人とは入れ替わることのできぬこの「かけがえない」自分は、機械的モデルを示されて納得できるであろうか。たとえば、人生に対する絶望は、己のかけがえなさがなければ生じない。今ここに生きる自分がなければ「歴史」も生じない。そのような問いに対して人間機械論は解答を用意できるだろうか。いま一つの問いは、人間を機械でシミュレートする場合、その機械はなんの目的でつくられたものかということである。換言すれば、人間機械論は人生の目的が何かに対する答えを与えられるかということである。

 このように「自分」と「価値」の問題は人間機械論にとってこれからの課題となるであろう。

[伊藤笏康]

『ド・ラ・メトリ著、杉捷夫訳『人間機械論』(岩波文庫)』『ウィーナー著、鎮目恭夫・池原止戈夫訳『人間機械論』(1979・みすず書房)』『坂本百大著『人間機械論の哲学』(1980・勁草書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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