人事院勧告(読み)じんじいんかんこく

精選版 日本国語大辞典 「人事院勧告」の意味・読み・例文・類語

じんじいん‐かんこく ジンジヰンクヮンコク【人事院勧告】

〘名〙 人事院公務員の給与、勤務時間、その他勤務条件の改善に関し、国会や内閣に対して行なう勧告。昭和二三年(一九四八)の国家公務員法の改正により、公務員の団体交渉権争議権が制限されたことに対応して設けられた。

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デジタル大辞泉 「人事院勧告」の意味・読み・例文・類語

じんじいん‐かんこく〔ジンジヰンクワンコク〕【人事院勧告】

人事院国家公務員の給与・勤務条件などの待遇の改善について、国会および内閣に勧告すること。また、その勧告。人勧。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「人事院勧告」の意味・わかりやすい解説

人事院勧告
じんじいんかんこく

人事院が、国会、内閣、関係大臣その他の機関の長に対して行う、国家公務員の一般職職員の「給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告」(国家公務員法3条2項)の総称。人勧と略称される。

 勧告とは行政機関が他の政府機関に参考意見を提出することで、相手側への法的な拘束力はないが、勧告する機関の専門的地位と勧告の権威によって、実際上、一定の影響力をもつ。とりわけ人勧は公務員の労働基本権制限の代償措置とみなされているため、影響力は強い。人勧は(1)人事行政改善の勧告(国家公務員法22条)、(2)法令の制定改廃に関する意見の申し出(23条)、(3)給与、勤務時間その他勤務条件の変更に関する勧告(28条)の3種類に大別できる。

寺田 博]

給与勧告

日本国憲法は、内閣が「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」(73条4号、勤務条件法定主義)を定めている。これを受けて国家公務員法は、国家公務員の給与、勤務時間等の勤務条件は「国会により社会一般の情勢に適応するように、随時これを変更することができる」(28条1項、情勢適応の原則)、「その変更に関しては、人事院においてこれを勧告することを怠つてはならない」(同条)と規定する。

 人事院勧告のうちでとくに重要なのがこの給与勧告である。一般には単に人勧という場合、給与勧告をさすことが多い。給与勧告について、国家公務員法は、「人事院は毎年、少くとも1回、俸給表が適当であるかどうかについて国会及び内閣に同時に報告しなければならない。給与を決定する諸条件の変化により、俸給表に定める給与を100分の5以上増減する必要が生じたと認められるときは、人事院は、その報告にあわせて、国会及び内閣に適当な勧告をしなければならない」と規定している(28条2項)。

 通常、毎年8月上旬になされる給与勧告は、「一般職の職員の給与に関する法律」(給与法)の適用を受ける非現業の一般職国家公務員を直接の対象とする。また国会職員、裁判所職員、自衛官などの特別職国家公務員と地方公務員、さらには特定独立行政法人・独立行政法人などの職員、学校・病院職員などの多くも給与勧告に準じて給与が決められており、民間労働者の賃金などへの跳ね返りを含めると、日本の賃金の標準を決定する役割をもつ。高度経済成長期にあっては、春闘相場の設定自体に大きな影響を及ぼすこともあった。

[寺田 博]

勤務時間、休日および休暇に関する勧告

「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」は、人事院は「職員の適正な勤務条件を確保するため、勤務時間、休日及び休暇に関する制度について必要な調査研究を行い、その結果を国会及び内閣に同時に報告するとともに、必要に応じ、適当と認める改定を勧告すること」を定めている(2条1号)。給与勧告と同様に民間準拠原則を採用しているほか、「行政サービスの維持」や「仕事と生活の調和」といった観点から決定される。

 休日については、1979年(昭和54)に週休2日制が勧告され、1981年から4週5休制が、1987年に4週6休制が勧告された。これにより1989年(平成1)1月には土曜閉庁による4週6休制が本格実施され、日本の週休制度も大きく前進した。その後1991年に、完全週休2日制を「1992年度中のできるだけ早い時期に実施すべき」との勧告が行われ、国家公務員の完全週休2日制が1992年5月から実施された。2008年(平成20)には、給与勧告と同時に、職員の勤務時間を1日7時間45分、1週38時間45分に引き下げる内容の「職員の勤務時間の改定に関する勧告」が行われている。

[寺田 博]

公務員の労働基本権制約と代償措置

1948年(昭和23)7月31日の政令二〇一号により国家公務員法が改正され、国家公務員は争議行為が一律全面的に禁止され(98条)、団体交渉権も制限され、非現業職員は労働協約締結権も認められないなど、労働基本権は大きく制限された。こうした労働基本権制限に対する代償措置として人勧制度は設けられた。国家公務員の勤務条件を社会一般の情勢に適応し、給与水準を民間企業従業員の給与水準と均衡させるよう、随時変更する機能が人勧に担われたのである。

 しかし、勧告にはなんらの拘束力もないことから、勧告を受けた内閣および国会により、1948年の第1回給与勧告から1960年代の末まで、内容および実施時期の面で完全に実施されることはなかった。これに対し、公務員労働者は人勧の完全実施を求めストライキに訴えることになる。それはやがてスト権・労働基本権回復要求運動に発展し、人勧制度が公務員の争議権剥奪(はくだつ)、労働基本権制約の代償措置たりうるかが裁判で争われることとなった。最高裁は、全農林警職法事件(1973年4月25日判決)で人勧制度は労働基本権制限の代償として「適切」と判断、さらに、全農林人勧スト事件(2000年3月17日判決)では、勧告が完全に凍結された場合であっても「代償措置が本来の機能を失っていたということはできない」と判示した。

 他方、臨時行政調査会は1982年、「行政改革に関する第三次答申」で代償措置としての人事院勧告について「維持され、尊重される」べきであるとする「基本的考え方」を示した。しかし、2000年(平成12)には与党(自由民主党)の行財政改革推進協議会が公務員にスト権を認めることと引き換えに人事院勧告制度そのものの改廃を検討し始め、民主党への政権交代後の2012年、国会に提案された公務員制度改革関連法案は、労働基本権制約の代償制度としての人事院を廃止するとしている。こうして、戦後公務員制度を支えてきた人勧制度が終焉(しゅうえん)を迎えようとしている。

[寺田 博]

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改訂新版 世界大百科事典 「人事院勧告」の意味・わかりやすい解説

人事院勧告 (じんじいんかんこく)

1948年改正の国家公務員法にもとづいて設置された人事院は,人事行政の改善や,関係法令の制定改廃に関して,国会および内閣に勧告ないし意見の申出をする権限を有する。とくに職員の給与等の勤務条件に関しては,職員の団体交渉権および争議権が否認されているため,その代償措置として,必要に応じて改訂を勧告(人事院勧告)する権限を有している。とくに給与に関しては,人事院は俸給表が適当であるかどうかについて少なくとも毎年1回,国会および内閣に対して報告しなければならないこととされている。またその際,生計費水準や官民給与格差など,給与を決定する諸条件の変化によって俸給表に定める給与を5%以上増減する必要が認められるときは,人事院は国会および内閣にその改訂を勧告しなければならない。

 人事院は1948年に6307円水準の第1回給与勧告を行って以来,54年の勧告保留を除いて毎年給与勧告を行ってきた。これを受けた国会および内閣は,原則としてこれを尊重する態度をとってきたが,超均衡財政がとられた1949年および財政赤字の累積から行政改革を迫られた82年には,勧告を実施しなかった。また1954年の勧告保留のあとも59年までは一律のベースアップは勧告されず,俸給表の一部手直し,期末手当の増額などにとどまった。しかし63年以降は勧告の内容について,また70年以降はその実施時期についても,それぞれ完全実施されるようになった。勧告の実施時期は,1956-59年は翌年4月からであったが,60-63年には10月実施に繰り上げられ,64-66年は9月,67年は8月,68年は7月,69年は6月,70-71年は5月に繰り上げられ,72-81年には4月完全実施となった。しかし財政赤字の悪化した82年には勧告は実施されず,83年も6.47%勧告のうち2%のみが実施された。給与勧告の基礎となる官民給与格差の測定については,当初,民間の事業所規模50人以上との比較に基づいていたが,1964年以来,企業規模100人以上で事業所規模50人以上との比較に改められた。また65年以来は民間春闘の妥結の遅れによる4月遡及改訂分についても,官民格差のなかに含めて上積み改訂されるようになった。

 人事院は基準内給与のほか,初任給調整手当,扶養,通勤,住居,宿日直,期末,勤勉などの諸手当についても勧告する。民間の賞与に相当する期末手当,勤勉手当は1952年に年末手当1ヵ月分が支給されて以来,高度成長とともに増加してきたが,73年秋の石油危機後は民間賞与の減少を反映して,76年,78年の両年に減額され,83年には4.9ヵ月分となった。また給与以外では,80年に週休2日制(4週5休制)が勧告され,81年度から実施に移された。また79年には,60歳定年制について人事院の見解が示されている(1985実施)。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「人事院勧告」の意味・わかりやすい解説

人事院勧告
じんじいんかんこく

人事院が人事行政などに関し,関係行政機関,国会,内閣に対して勧告することをいう。人事院は,国家公務員の人事などに関する行政を掌握する行政機関であるが,(1) 人事行政の改善に関して関係大臣に勧告する権限,(2) 国家公務員法の目的を達成するために,法令の制定,改廃に関する意見提出,および (3) 国家公務員の給与などの変更に関する国会ならびに内閣に勧告する権限 (国家公務員法 22,23,28) が認められており,人事行政の最高機関とみなされている。このうち,一般には (3) の勧告が最も重要視されており,単に人事院勧告という場合にはこれをさす。人事院は国家公務員の給与に関して,毎年少くとも1回以上国家公務員の俸給表が適当であるか否かについて国会と内閣に報告しなければならないが,給与の5%以上を増減させる必要が認められるときには,報告にあわせて必要な勧告をしなければならないこととなっている (28条2項) 。人事院勧告は,国家公務員の労働基本権制限の代償的措置としての役割をもつものとされる。なお国会,内閣などに対する拘束力はもたない。

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百科事典マイペディア 「人事院勧告」の意味・わかりやすい解説

人事院勧告【じんじいんかんこく】

人事院は広範な勧告の権限をもつが,国家公務員の給与に関する勧告が特に重要であり,これは公務員の争議権剥奪(はくだつ)の代償的制度の意味をもつ。人事院は国会と内閣に毎年1回以上俸給表が適当か否かについて報告するとともに,物価・民間給与などの変化により給与を5%以上増減する必要を認めるときは適当な勧告をしなければならない。1948年以来勧告を実施。日本の賃金水準決定の重要な環をなすが,民間給与との比較で勧告・実施の時期が遅れ,人事院が積極性を欠き,政府が勧告を十分に尊重しないなどの問題点がある。

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人材マネジメント用語集 「人事院勧告」の解説

人事院勧告

・人事院が毎年行う国会および内閣に行う、国家公務員の労働条件改善への勧告を言う。
・毎年、民間企業の賃金水準の調査等を行い、その調査結果より、国家公務員の給与、賞与、諸手当、諸労働条件(労働時間短縮、定年後の再任用制度等)の変更について差を埋めるよう国会および内閣に対して行う勧告を行う。
・国家公務員は、通常の民間企業の従業員が認められている団体交渉権が制約されているため、その代償処置として人事院が置かれている。

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世界大百科事典(旧版)内の人事院勧告の言及

【労働運動】より

…こうした春闘相場の形成とその上昇は,労働組合の統一行動の成果であることは疑いないが,1950年代末以来本格化した高度経済成長にともなう労働力不足の激化と協調的寡占の進展に助けられた面が強いことも否定しがたい。さらに,64年春闘での池田・太田会談を通じて,公共企業体の賃上げは民間に準拠して行うという政府・労働組合の合意が成立した結果,民間重工業の基軸企業群での賃上額→中央労働委員会(私鉄)・公共企業体等労働委員会の仲裁裁定→人事院勧告というチャンネルを通じて春闘相場が社会的に波及していく機構が定着していった。(2)1960年代半ばには,春闘の拡大にもかかわらず総評の地盤沈下が進み,民間大企業を基盤とした新しい潮流が台頭してきた。…

※「人事院勧告」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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