京秤座(読み)きょうはかりざ

世界大百科事典(旧版)内の京秤座の言及

【はかり(秤)】より

…1742年(寛保2)の幕令には〈似せ秤拵之候もの引廻し之上獄門,但,掛目に違いこれなきに於ては中追放〉とあり,偽金作りと同様にはかりの私造は重罪であった。神氏の京秤座は西国三十三ヵ国を販売圏として,15ヵ所に〈出店(でだな)〉を設け,守随氏の江戸秤座は東国三十三ヵ国に41ヵ所の〈出張所(でばりどこ)〉を設けて製作,販売,修補に当たっていたが,両座のはかりに基本的な差異はない。ただ取緒(とりお)の結び方と目盛点が異なっていたにすぎない。…

【秤座】より

…戦国大名が領内の衡制統一のため設置したものもあるが,江戸幕府の秤座がよく知られる。江戸幕府は守随(しゆずい)家の江戸秤座(東33ヵ国),神(じん)家の京秤座(西33ヵ国)を置いて,両家に秤の製作,販売,補修の特権を与えた。守随家は1874年の段階で東日本一帯41ヵ所――設立順に,甲府,名古屋,津,高田,敦賀,会津,柏崎,大津,駿河府中,丹波亀山,高崎,彦根,秋田,金沢,川越,長岡,下野佐野,遠江中泉,信濃下越,松本,善光寺,富山,宇都宮,三河泉村,八王子,新潟,三河吉田,磐城瀬之上,米沢,加茂,出羽庄内,福井,津軽,上野原,松代,上田,仙台,箱館,相模横山宿,木更津,松坂――に出張所を置き,その管掌者を名代(みようだい)役と呼んだ。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」