交換相互作用(読み)こうかんそうごさよう(英語表記)exchange interaction

改訂新版 世界大百科事典 「交換相互作用」の意味・わかりやすい解説

交換相互作用 (こうかんそうごさよう)
exchange interaction

物質磁性を理解するための中心的な概念の一つ。ほとんどの場合,物質の磁気的性質電子に由来する。さらに電子のスピン(電子の自転運動)がもつ磁気モーメントが磁性の担い手である場合が多い。この電子のスピンの向き(自転運動の軸)がそろうと,磁気モーメントの向きがそろい,強磁性が発現することになる。そのためには,スピンの向きをそろえるような力が二つのスピンの間に働かねばならない。この力が量子力学的に導かれる交換相互作用である。量子力学が誕生する前,1907年にP.ワイスは,個々の磁気モーメントに分子磁場と呼ぶ,その物質がもつ磁化に比例する磁場が働くとして,強磁性を説明することに成功した。しかし,その分子磁場が何に由来するかは28年のW.ハイゼンベルク論文に待たねばならなかった。ハイゼンベルクは今日もなお,原子に局在する電子が磁性を担う系に対して用いられるハイゼンベルク模型を提案し,分子磁場が交換相互作用に由来することを明らかにした。物質の磁性は古典力学では説明できず,量子力学を待たねばならないが,この交換相互作用もその典型的な例の一つである。

 電子はフェルミ粒子であり,パウリ原理に従う。量子力学では同種粒子は区別できないことになっており,固体中に無数に含まれている電子の全体の状態を考えたとき,任意の二つの電子を入れかえた状態も,同等の重みで含まれている。このような交換に対する性質から導かれるクーロン相互作用に基づくエネルギーが交換相互作用である。鉄族遷移金属の化合物などのように,磁性を担う電子が各磁性原子に局在している局在磁性電子系についての磁性の研究は第2次世界大戦後おおいに進み,交換相互作用についても詳しい研究がなされた。上に説明をした直接交換相互作用と呼ばれるもののほかに,超交換相互作用間接交換相互作用と名付けられる,もっと複雑なものが実際に働いていることが明らかにされた。これらの複雑な交換相互作用の中には二つのスピンの向きを反平行にする力を与えるものがあり,すべてのスピンの向きがそろっている強磁性に対して,磁性原子の上の電子のスピンの向きが結晶格子に沿って互い違いに変わるような磁性が発現することが示された。このように磁性原子のスピンの向きが結晶格子に沿って規則的に変わるような磁性を反強磁性という。一方,もっともありふれた強磁性体である鉄,コバルト,ニッケルなどを含む金属強磁性体では,これらの物質の磁性を担う電子(d電子)は局在しておらず,自由に動き回る状態(遍歴電子状態)にあると考えられている。このような電子の状態に対しても上述のような電子の交換に関する性質から導かれるクーロン相互作用に基づく交換相互作用が重要な役割を演ずる。これらの金属強磁体の研究は磁性研究の中でも古い歴史をもち,近年その磁性の本質の理解も進んだが,なお将来の発展を待つ部分も多い。
磁性
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

化学辞典 第2版 「交換相互作用」の解説

交換相互作用
コウカンソウゴサヨウ
exchange interaction

二つの電子の軌道が互いに重なり合うときに生じるスピンに関係した相互作用.この相互作用は2電子のスピンをそれぞれ s1s2 とするとき

-2 J(s1s2)
として与えられ,J交換積分といわれる.磁気的な2原子(あるいはイオン)間の交換相互作用は,原子(イオン)のスピンをそれぞれ S1S2 とすると

-2 J(S1S2)
である.Jの値はもちろん原子(イオン)によって異なり,正あるいは負になる.二つの磁気的原子(イオン)の間に非磁気的原子が存在するときも,同じ形の交換相互作用が存在し,このときは超交換相互作用という.磁性体ではこれらの相互作用により,強磁性反強磁性が出現する.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「交換相互作用」の意味・わかりやすい解説

交換相互作用
こうかんそうごさよう
exchange interaction

原子のスピン間や異なる軌道上の電子間に働く見かけ上の相互作用。電子がフェルミ統計に従い,かつクーロン相互作用をしていることに起因する。電子のもつスピンの向きによるエネルギー状態の差を含めて,この関係を数学的に記述するのに -2Js1s2 という形が用いられる。これは場所1のスピン s1 と場所2のスピン s2 の向きによるエネルギー差を与える。係数 J が正ならば互いに平行になるほうがエネルギーが低く,J が負ならば反平行になるほうがエネルギーが低い。 (→ハイゼンベルク模型 )

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の交換相互作用の言及

【磁性】より

…局在電子系の物質にも遍歴電子系の物質にも強磁性を示すものがあるが,強磁性の原因となる相互作用はまったく量子力学に基づくものである。この相互作用は交換相互作用と呼ばれ,電子のスピンによる磁気モーメントの間に働く力である。W.K.ハイゼンベルクは,1928年の論文で初めて局在電子系での交換相互作用(ハイゼンベルク型交換相互作用)を導いたが,これはワイスの分子場の起源を与えるとともに,その後の局在電子系の磁性の大きな展開の始まりとなった。…

【ハートリー近似】より

…この方法では,一電子関数の積において電子をあらゆる方法で入れかえたものの線形結合をつくり,パウリの原理を満たさせ,一電子軌道を直交させる。この結果,電子の間には平均的運動から生ずるクーロン相互作用のほかに,電子の入れかえに起因する交換相互作用が現れる。後者は古典論に類似をもたない量子力学特有の力を生じ,強磁性の原因となる。…

※「交換相互作用」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android