旺文社日本史事典 三訂版 「五山十刹」の解説 五山十刹ござんじっさつ 中世における禅宗寺院の格式五山は時の政府が住持を任命する寺で,最高の寺格をもつ5寺,十刹は,当初それにつぐ寺格をもつ10寺を指していた。南宋の官寺制度を模倣したもので,すでに鎌倉時代にこの称を用いたが,建武以来しばしば位次の変更があり,足利義満のとき,南禅寺を五山の上におき,天竜・相国・建仁・東福・万寿を京都五山,建長・円覚・寿福・浄智・浄妙を鎌倉五山と定めた。十刹は16寺が制定され,定数の意味を失い,寺格化した。1386年京都十刹,関東十刹が定まったが,のち次第に数も増え,中世末には60寺以上の寺院が十刹に指定されていた。 出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報