EBM 正しい治療がわかる本 「乳腺炎」の解説
乳腺炎
●おもな症状と経過
乳房におこる炎症をまとめて乳腺炎(にゅうせんえん)といいます。出産後1~2週間以内に、乳腺に乳汁(にゅうじゅう)がたまったままになって、乳房が赤く腫(は)れて硬くなることがあります。これは急性うっ滞性乳腺炎(たいせいにゅうせんえん)または、乳房緊満(にゅうぼうきんまん)と呼ばれ、基本的に細菌の感染が認められないものです。
多くは痛みを伴いますが、発熱はほとんどみられず、あるとしてもそれほど高熱にはなりません。授乳を続け、乳汁がたまらないようにすれば、腫れや痛みは徐々におさまっていきます。また、細菌の感染を防ぐために乳頭(にゅうとう)や乳輪(にゅうりん)を清潔に保つことが大切ですが、授乳ごとの清拭(せいしき)は、抗菌作用や乳頭を保護する効果があるといわれている母乳や皮膚常在菌をも取り除いてしまうとされており、乳頭が割れてしまったりする原因にもなるため、最近では勧められていません。(1)
一方、細菌感染によって乳腺に炎症がおこるのが、急性化膿性乳腺炎(きゅうせいかのうせいにゅうせんえん)です。出産後3~6週間後の授乳期によくみられます。乳房が赤く腫れ上がり、しこりができ、熱をもったり、強い痛みをもったりします。また、悪寒(おかん)やふるえとともに発熱がみられ、炎症が進むと化膿して膿瘍(のうよう)ができます。乳汁に血液や膿(うみ)が混じることもあります。この場合は、授乳をせず、乳汁をたまらないようにするために、授乳と搾乳(さくにゅう)を続け、抗菌薬によって炎症を抑えます。(2)
授乳中の女性の2~10パーセントがうっ滞により乳腺炎をおこしますが、化膿して膿がたまるのは0.4パーセントというコホート研究による報告があります。(3)
●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
出産後は、乳汁の分泌(ぶんぴつ)が盛んになりますが、乳管が十分に開いていなかったり、乳児のお乳を吸う力が弱かったりすると乳汁がたまっていき、乳腺組織を圧迫して炎症をおこすのが急性うっ滞性乳腺炎です。
乳汁のうっ滞に加え、乳頭の亀裂(きれつ)や乳輪の小さな傷口などから、ブドウ球菌や連鎖(れんさ)球菌が侵入して炎症をおこすのが急性化膿性乳腺炎です。
●病気の特徴
急性うっ滞性乳腺炎は、乳房の管理に不慣れな産後の女性に多くみられます。また、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)、舌小帯の短い新生児では、母乳をうまく飲めず、乳首を傷つけてしまうこともあり、この乳腺炎の原因となります。(1)
喫煙、糖尿病のある女性ではおこりやすいので注意が必要です。(3)
よく行われている治療とケアをEBMでチェック
[治療とケア]授乳を続け、乳頭・乳房をマッサージし、搾乳をする
[評価]☆☆
[評価のポイント] 乳房のマッサージや搾乳などが有効であることを明確に支持する臨床研究は見あたりません。しかし、たまった乳汁が炎症の原因と考えられることから効果は期待でき、専門家の意見や経験もそのことを支持しています。授乳を続け、搾乳し、乳房に乳汁をためないことが大切です。乳汁がたまると膿がたまる(膿瘍)原因となります。 (1)(2)(4)
[治療とケア]解熱鎮痛薬を用いる
[評価]☆☆
[評価のポイント] 発熱や痛みがある場合は、解熱鎮痛薬の内服も必要でしょう。(5)
[治療とケア]原因菌に有効な経口抗菌薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 授乳中の乳腺炎について、抗菌薬を用いない場合に改善したのは8パーセント、抗菌薬の塗布では16~29パーセント、経口服薬では79パーセントであったと、非常に信頼性の高い臨床研究で示されています。なお、原因菌としては黄色(おうしょく)ブドウ球菌である可能性がもっとも高いとされています。(6)(7)
[治療とケア]針穿刺(せんし)または切開ドレナージを行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 皮膚のなかに膿がたまってしまった場合(膿瘍形成)、局所麻酔下に針穿刺または切開ドレナージを行うことがあります。(4)
よく使われている薬をEBMでチェック
鎮痛薬
[薬名]アセトアミノフェン(アセトアミノフェン)(5)
[評価]☆☆
[薬名]ブルフェン(イブプロフェン)(5)
[評価]☆☆
[薬名]ロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム水和物)(5)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 解熱鎮痛薬を服用することは、発熱や痛みを抑えるために有効です。
抗菌薬
[薬名]ケフレックス(セファレキシン)(6)(7)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ダラシン(クリンダマイシン塩酸塩)(6)(7)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 原因菌としては黄色ブドウ球菌による可能性がもっとも高いとされているため、セファレキシンなどのセフェム系薬剤が有効であると考えられています。βラクタム系(セフェム系やペニシリン系などが含まれる)の抗菌薬にアレルギーがある場合は、クリンダマイシン塩酸塩などが用いられます。
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
たまっている乳汁を出す
乳房が腫れて痛んだり、熱をもったりする乳腺の炎症は、産後、授乳期の女性にしばしばみられる病気です。
炎症の原因が細菌性のものでなく、乳腺に乳汁がたまったためにおきる場合をうっ滞性乳腺炎(乳房緊満)といいます。
薬を使うほどの症状でないときには、まずお乳は規則的に与え、なるべく乳児に吸わせるようにして、ためないようにします。ただし、どうしても乳児のお乳を吸う力が弱かったり、乳管が十分に開いていなかったりして、たまってしまうときには乳頭・乳房を軽くマッサージし、搾乳によってたまった乳汁を出して、うっ滞を解消するようにします。乳房に腫れや熱を感じるときには、冷やすのもよいでしょう。いずれも炎症を抑える方向に作用する処置と考えられ、理にかなっています。
解熱鎮痛薬を内服する
乳腺の炎症によって発熱や、痛みがある場合は、解熱鎮痛薬の内服も必要でしょう。
細菌感染が疑われたら早期に治療を開始する
乳腺におきる炎症は乳汁のうっ滞によるものだけではなく、細菌感染による化膿性乳腺炎もあり、うっ滞性乳腺炎から移行する場合もあります。
授乳中の女性で、乳頭に痛みと上皮のひび割れをきたした場合、黄色ブドウ球菌の感染である可能性がもっとも高いと考えられます。早期に経口の抗菌薬で治療を開始しないと、化膿性乳腺炎を発症する可能性が高いことが非常に信頼できる臨床研究によって示されています。
乳房の腫れや痛みがひどく、赤味をおびている場合や、発熱を伴う場合には、うっ滞性乳腺炎に細菌感染をきたしたものと判断し、抗菌薬での治療が必要になります。
(1)Spencer JP. Management of mastitis in breastfeeding women. Am Fam Physician. 2008;78:727-731.
(2)WHO:Department of Child and Adolescent Health and Development. Mastitis cause and management. Publication Number WHO/FCH/CAH/00.13. Geneva. WHO, p25. http:// whqlibdoc.who.int/hq/2000/WHO_FCH_CAH_00.13.pdf
(3)Dixon JM, Khan LR. Treatment of breast infection. BMJ. 2011;342:d396.
(4)Dixon JM. Breast abscess. Br J Hosp Med. 2007;68:315-320.
(5)Mangesi L, et al. Treatments for breast engorgement during lactation. Cochrane Database Syst Rev. 2010; CD006946 PMID: 20824853.
(6)Jahanfar S, Ng CJ, Teng CL. Antibiotics for mastitis in breastfeeding women. Cochrane Database Syst Rev. 2009;21:CD005458.
(7)Livingstone V, Stringer LJ. The treatment of Staphyloccocus aureus infected sore nipples: a randomized comparative study. J Hum Lact. 1999;15:241-246.
出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報