久喜町(読み)くきまち

日本歴史地名大系 「久喜町」の解説

久喜町
くきまち

[現在地名]久喜市中央ちゆうおう一―四丁目・ひがし一―三丁目・同五―六丁目・みなみ一―五丁目・本町ほんちよう一―八丁目・上町かみまちきた一―二丁目・久喜本くきほん久喜新くきしん古久喜こぐき野久喜のぐき

現久喜市の中央部に位置し、北から東は中落堀なかおとしぼり川を境に吉羽よしば村・西にし村、南から西は下早見しもはやみ村と仏供殿ぶくでん落を境に対し、西は上早見村、北西久本寺きゆうほんじ(現鷲宮町)。郷帳類では一貫して久喜郷・久喜村・久喜町などとみえるが、貞享期(一六八四―八八)には久喜本町久喜新町・古久喜村・野久喜村に分けて扱われていたと考えられる(伊達家文書など)

永正一六年(一五一九)頃には第二代古河公方であった足利政氏が久喜館を隠居所とし、のち甘棠かんとう院と号する寺院とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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