両眼視(読み)リョウガンシ(英語表記)binocular vision

デジタル大辞泉 「両眼視」の意味・読み・例文・類語

りょうがん‐し〔リヤウガン‐〕【両眼視】

立体視

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最新 心理学事典 「両眼視」の解説

りょうがんし
両眼視
binocular vision

両眼視とは,両眼を同時に用いて,外界の対象を見ることである。左右の眼は,成人であれば水平方向におおよそ6.5㎝離れた位置にある。そのため,日常の両眼視においては,それぞれの眼で得られる視覚情報は異なる。しかし,通常,両眼で得られた像がそれぞれ見えるということは生じず,単一の統合された見えが成立する。両眼の視野が重なる領域は両眼視野binocular visual field,それぞれの眼でしか見えない領域は単眼視野monocular visual fieldとよばれる。左右眼の視覚像が融合し,単一に見えることを両眼単一視binocular single visionという。両眼に同じ刺激を呈示してコントラスト感度を比較した場合,その画像を単眼で呈示して測定した場合よりも感度が高くなる。信号検出理論に基づく研究などにより,両眼視におけるこの感度情報の上昇の程度は,両眼の情報の確率的加重からの予測よりも大きく,両眼性の視覚情報処理過程の寄与によるものであることが示されている。この感度上昇の現象は両眼加重とよばれている。

視野闘争binocular rivalry】 それぞれの眼に異なる画像を呈示することを両眼分離視とよぶ。各眼に異なる画像を呈示すると,各眼に呈示された画像が交互に見えたり,左右眼に呈示された画像が斑状に交ざったような見え方が得られる。このような不安定な知覚は視野闘争とよばれる。視野闘争は,刺激に変化がなくても体験される見えが異なることから,意識の特性についての研究においても用いられている。視野闘争における見えの決定には,刺激属性か刺激呈示眼かについての論争がある。視野闘争中,一方の眼に呈示された像が優勢であるとき,両眼の画像をしだいに入れ替えると,見えも交代する。このことは,視野闘争における優勢を決定するのは刺激呈示眼であることを示唆している。他方,それぞれの眼に呈示される画像を点滅flickerさせながらそれより低い時間周波数で画像を左右入れ換えた場合,どちらかの画像の見えが数秒間持続することがある。このことは,視野闘争における優勢を決定するのは刺激属性であることを示唆している。また,視野闘争における見えの決定には,異なる複数の段階における階層的な抑制的過程の存在を仮定している研究もある。

 また,一方の眼に標的としての画像刺激を呈示し,もう一方の眼に10㎐程度の時間周波数で明確な輪郭で数段階の輝度領域を含む抑制刺激を連続的にフラッシュ呈示した場合,標的刺激はほとんど知覚されなくなる。このようにフラッシュ刺激の連続呈示により,視野闘争場面において標的刺激の見えの成立を強く抑制する手続きを連続フラッシュ抑制continuous flash suppressionとよぶ。この手続きによる抑制は,標的刺激と抑制刺激の間に空間周波数成分の類似性がある時にとくに生じやすい。

 両眼にそれぞれ異なる色彩を呈示して視野闘争が生じた場合,それぞれの眼に呈示された色彩が交代で見える。他方,それぞれの眼に呈示された色彩とは異なる色彩が知覚されることがある(両眼混色binocular color mixing)。この現象は,小さな刺激,フリッカーする刺激や,彩度や輝度が低い刺激,2色間の輝度差が小さい刺激の観察で生じやすい。こうした特性は通常の混色とは異なるため,通常の混色とは異なる独自の両眼性の機序に基づく現象であると考えられる。両眼に異なる輝度の刺激を呈示した場合にも視野闘争は生じるが,刺激が比較的大きい場合,視野闘争は生じずに光沢感が生じることもある。この現象を両眼性光沢binocular lusterとよぶ。

ホロプターhoropter】 ある点を両眼で注視した際,両眼の対応点を同時に刺激する点の軌跡をホロプターという。このホロプターを幾何学的に決定したものを,理論的ホロプターもしくは幾何学的ホロプターとよぶ。正中面上のある点と各眼の結節点の3点を通る円は,フィート-ミュラーVieth-Müller円(図1)とよばれる水平方向の理論的ホロプターの一種である。また,垂直方向には,注視点を通る垂直線がホロプターとなる。このホロプター上の点の間には,網膜像差は生じないことになる。ある点を注視した際,両眼視された点が同一方向に見える点の軌跡を経験的ホロプターとよぶ。経験的ホロプターは理論的ホロプターとは必ずしも一致しない。たとえば,経験的ホロプターは水平方向にはフィート-ミュラー円の外側に位置づけられ,垂直方向には上方に傾いた直線的軌跡となる。

奥行き知覚depth perception】 両眼視の重要な機能として,奥行き知覚がある。視覚情報処理の端緒となる網膜像は,球面的な網膜に投影されてはいるものの,面上に投影された画像であり,観察されている対象の奥行きや距離の特性とは1対1対応をしていない。視覚系は,面的な網膜像から3次元的な知覚を成立させるという,一義的な解の存在しない不良設定問題ill-posed problemを解いていることになる。この不良設定問題解決のために,視覚系はさまざまな奥行き手がかりdepth cueから奥行き情報を抽出することで,2次元的な網膜像から奥行き知覚を成立させていると考えられている。

 奥行き手がかりは,さまざまな基準によって分類できる。両眼性の手がかりには,網膜像に基づく両眼網膜像差binocular disparity,両眼間速度差inter-ocular velocity differenceがある。また,両眼性の眼球運動手がかりとして,対象を注視する際の輻輳・開散運動convergence/divergenceがある。両眼の輻輳は近い対象を見るときに生じる。逆に,遠い対象を見るときには開散する。この輻輳と開散の眼球運動性の信号が,対象までの距離や対象間の距離についての情報源になる。

 単眼性の手がかりとして,網膜像に基づく線遠近法linear perspective,大気遠近法aerial perspective,テクスチャー勾配texture gradient,遮蔽occlusion,陰影shading,影cast shadow,親近性familiarity,相対的高さrelative heightなどを挙げることができる。これらの手がかりは画像における奥行きや距離の表現にも用いられることから,絵画的手がかりpictorial cueともよばれる。他の単眼性の網膜像に基づく手がかりには,色彩,刺激領域の空間周波数や,網膜像における運動に関連した手がかりである運動性奥行き手がかりkinetic depth cue,視点や対象の移動によって生じる運動視差motion parallax,動的遮蔽dynamic occlusionを挙げることができる。また,眼球運動性の手がかりとして水晶体調節accommodationがあるが,これは両眼性の輻輳的眼球運動と連動することが知られている。

 なお,視差parallaxは観測位置の変化による対象の見かけの位置や方向の差を意味する。像差disparityは観測位置の変化によって生じる画像の間の差異を意味する。観測点の違いを両眼の位置に置き換えて,両眼視差binocular parallaxということもある(図2)。また,両眼間の距離と同じ視点の変化に対応した運動視差の大きさの表記法に等価像差equivalent disparityがある。

 運動視差に基づく奥行き知覚は運動立体視motion stereopsisとよばれる。運動視差は,頭部の移動によって生じる視野内の運動パターンに基づく奥行き手がかりと考えられている。網膜像の運動手がかりとしては,回転する対象のシルエットから得られる運動性奥行き手がかりもあるが,奥行き方向について一義的な情報を示すことはできず,見かけの奥行き方向はしばしば反転する。ギブソンGibson,J.J.とフロックFlock,H.(1951)は,多数の光点を用いて速度差のある運動パターンを呈示したが,見かけの奥行きの方向を操作することはできなかった。それに対し,ロジャースRogers,B.J.とグラハム Graham,M.E.(1979)は,頭部の移動と連動した運動パターンの観察によって見かけの奥行き方向を決定できることを示した。すなわち,頭部と同じ方向で移動する部位が奥に引っ込む,つまり凹,頭部と反対に運動する部位が手前に出っ張る,つまり凸に見える。

 運動視差からの奥行き知覚に関しては,視差量に対応して見かけの奥行き量が大きくなるが,視差が大きくなるにつれ画像内の相対運動や画像全体の動きが大きくなり,視差量に対応した見かけの奥行き量の増大が生じがたくなる。さらに視差量が大きくなった場合,見かけの奥行き量は減少に転じ,やがては奥行きが見えず運動しか見えなくなる。

 奥行き知覚のための運動視差の閾値は頭部運動速度に依存している。頭部運動が遅い場合(13㎝/秒以下),運動知覚の閾値が奥行き知覚の閾値を決定し,速い頭部運動では視差量が奥行き知覚の閾値を決定する。

【両眼立体視binocular stereopsis】 両眼網膜像差binocular disparity(図2)に基づく奥行き知覚は両眼立体視とよばれる。両眼は左右に隔たった位置にあるため,両眼の網膜像の間には差異がある。

 両眼の網膜像の間の水平方向の違いは,水平網膜像差horizontal disparityとよばれる。ホイートストーンWheatstone,C.(1832)以来,水平網膜像差は有効な奥行き情報源であることが知られており,通常,両眼網膜像差の語はこの水平網膜像差を示すことが多い。ただし,両眼網膜像差は水平方向だけではなく,垂直方向にも存在しており,垂直網膜像差vertical disparityとよばれる。垂直網膜像差は,観察距離や方位についての知覚に寄与する。背景から凸となる奥行き方向を示す両眼網膜像差の観察においては,視線が画像の手前で交差するため,交差網膜像差crossed disparityとよばれる。他方,背景から凹となる奥行き方向を示す両眼網膜像差は,視線が交差しないため,非交差網膜像差uncrossed disparityとよばれる。垂直位置に対応して左右眼の像の水平位置がずれる剪断網膜像差shear disparityは,垂直軸に対する傾斜を示す。他方,一方の眼の画像を水平方向に圧縮することで構成される圧縮網膜像差compression disparityは,水平軸に対する傾斜を示す(734ページ図3)。奥行き知覚の潜時latency(刺激から反応までの経過時間)は,圧縮網膜像差の方が剪断網膜像差よりも長く,視差コントラスト錯視は圧縮網膜像差の方が剪断網膜像差に比べて大きい。これらの特性は,剪断網膜像差の方が圧縮網膜像差よりも処理が速く,知覚の精度も高くなることを示す。剪断網膜像差の優位性の基礎には,垂直座標上の位置に対応して増大する水平方向の偏倚にあたる方位網膜像差orientation disparityの寄与がある可能性が指摘されている。

 両眼網膜像差が大きくなるにつれ見かけの奥行き量は大きくなる。両眼網膜像差が視角にして70°を超えると二重像が生じやすくなる。ただし,単一視が成立せずに二重像が知覚されたとしても奥行き知覚は成立する。しかし,二重像が得られるほど両眼網膜像差が大きくなると,視差の大きさに対応した見かけの奥行き量の増大は得られなくなる。さらに両眼網膜像差を大きくすると,しだいに見かけの奥行き量は小さくなり,やがては両眼融合binocular fusionが崩れ,奥行きも見えなくなる。

 両眼立体視における単一視の成立は,網膜像差の大きさだけではなく視差勾配disparity gradient(左右眼における二つの刺激の像差と,一方の刺激ともう一方の刺激との間の方向的差異の平均との比)にも依存する(734ページ図4)。二つの刺激の視差勾配が1を超える場合,一方の刺激を注視すると,もう一方の刺激は二重像になる。

ステレオグラムstereogram】 両眼網膜像差を示す画像をステレオグラムとよぶ。線画を用いたステレオグラムはホイートストーン(1832)によって作られた。彼は,網膜像同様に水平方向にずれた線画を両眼視した場合も単一視が成立するかを検討しようとして線画ステレオグラムを観察し,両眼網膜像差が明確な奥行き知覚を成立させることを発見した。線画や写真などを用いたステレオグラムにおいては,さまざまな絵画的手がかりも両眼網膜像差と同様の奥行き情報を示す。他方,ランダムに配置されたドットの配列により両眼網膜像差を示すランダムドットステレオグラムrandom dot stereogram(RDS)においては(Julesz,B.,1971),ドットの大きさなどの両眼網膜像差以外の手がかりは均質で平坦な面を示している。そのため,両眼網膜像差の示す奥行きとその他の手がかりによる奥行き情報の間に,不一致が存在することになる。

 RDSにおいては,単眼的な手がかりが平坦な面を示していても,両眼網膜像差のみで特定の奥行き知覚を成立させることができる。このことは,両眼網膜像差のみで特定の奥行き知覚を成立させることができるという考えを強めた。RDSにおいては,左眼用のドットが右眼用のどのドットに対応するかといった,左右眼に投影された個々のドットの間の対応づけに無数の可能性がある。視覚系はどのようにしてこの一義的解のない問題を解決し,奥行き知覚を成立させているのかという両眼対応問題binocular correspondence problemの解決のためにさまざまな計算論的モデルが立てられた。

 ステレオグラムを観察する光学的装置を実体鏡stereoscopeとよぶ。実体鏡には,一対の鏡などを用いて左右眼に異なる画像を呈示するホイートストーン型,一対のプリズムやレンズを用いて前額平面上に呈示した2枚の画像を左右眼に呈示するブルースター型(Brewster,D.,1856)などがある。

 近年,映画やテレビ,ゲームなどにおいても両眼網膜像差を用いた奥行き知覚を成立させることが増えている。その際,従来の光学的装置とは異なり,液晶シャッターを用いて左右眼に時分割的に画像を呈示する方法や,直交する偏光フィルター,レンチキュラー版やパララックスバリアーを用いて左右眼に異なる画像を呈示する方法などが用いられている。

 実空間内での観察では,両眼輻輳と水晶体調節は連動するが,ステレオグラム観察では,対象の奥行き位置とは関係なく,水晶体は画像の投影されている面に合わせられる必要がある。この奥行き手がかり間の不一致は,ステレオ画像観察における疲労の主要な原因と考えられている。

 ステレオグラム観察において,両眼網膜像差が示すとおりの奥行き知覚が成立するとは限らない。両眼視差が示すとおりの奥行き知覚が成立しないこと,あるいはその観察者はステレオアノマリーstereo anomalyとよばれる。リチャーズRichards,W.(1970)は,色覚とのアナロジーにより,ステレオアノマリーの基礎には交差網膜像差,非交差網膜像差,ゼロ網膜像差それぞれの処理系の不全があるとし,それがアノマリーのタイプに対応していると推測した。また,これら3通りの処理系のうちいずれかに不全のある観察者を全体の約30%と報告した。

 なお,ステレオグラムにおいては,両眼視差以外にも大きさの手がかりをはじめとした前述の絵画的手がかりも存在している。両眼網膜像差の処理過程の不全ではなく,絵画的手がかりによる影響で,両眼網膜像差とは逆の奥行きが見える可能性も指摘されている。すなわち,線画ステレオグラムでもRDSでも,より近くの奥行き位置にある部位は大きさ-距離不変仮説size-distance invariant hypothesisに基づき,より小さく見えることがある。小さいことは遠方であることも示すため,両眼網膜像差よりも大きさ手がかりの影響を受けやすい観察者は,両眼網膜像差が示すのとは逆の奥行きを見ることになる。

【奥行き情報の統合】 前述したように,さまざまな奥行き手がかりが存在している。ただし,それぞれから得られる情報は同様ではなく,各手がかりから得られる奥行き情報の内容は異なる。たとえば,遮蔽occlusionの手がかりからは,遮蔽するものは遮蔽されるものより手前にあるという情報は得られるが,それらの間の距離についての情報は得られない。線遠近法linear perspectiveの手がかりからは,視野内の各点までの距離の比や遠近関係についての情報が得られるが,絶対的な距離についての情報は得られない。運動性奥行き手がかりkinetic depth cueからは,各点の間の距離の比についての情報が得られるが,奥行き方向についての情報は得られない。両眼視差binocular parallaxと運動視差motion parallaxは,距離情報さえ与えられていれば,奥行き方向と刺激内の各部位の奥行き量に関する情報が得られる。また,それぞれの手がかりの有効性は観察距離にも依存する。このように,それぞれの手がかりから得られる情報は完全ではないので,相互に補い合いながら統合しているものと考えられる。

 複数の手がかりから奥行き情報が得られ,それらの間に不一致cue conflictがある場合,見かけの奥行き量に関しては,それぞれの手がかりが示す奥行きの大きさの間に当たる大きさの奥行きが見える。ただし,特定の手がかりの示す奥行き情報が他の多くの奥行き情報と一致しない場合,その手がかりの情報は無視されることもある。このような平均化的な統合の過程は,重み付け線形加算モデルによって説明されることが多い。

 奥行き量についての情報統合のモデルである重み付け線形加算モデルは,各手がかりの処理過程の間の相互独立性を仮定している。しかし,奥行き知覚の閾値近傍の手がかりを用いた場合,両眼網膜像差と運動視差の処理過程の間には,閾下加算などの強い相互作用が認められる。また,このような強い相互作用はこれらの手がかりが同様の奥行きを示す場合に限定されている。両眼網膜像差と絵画的手がかりとの間には,このような密接な相互作用は見つかっていない。これらの結果は,手がかりの組み合わせ方や,統合される奥行き情報の内容によって情報統合の様式が異なることを示している。

【両眼網膜像差の変換】 両眼間の距離を光学的に伸ばしたり縮めたりすることで,両眼網膜像差を拡大したり縮小したりするのがテレステレオスコープtelestereoscopeである。テレステレオスコープを通した観察が持続することによって,両眼網膜像差の大きさと見かけの大きさとの関係が再較正される。光学的に両眼網膜像差の方向を逆転させる装置はシュードスコープpseudoscopeとよばれる。ホイートストーン型のシュードスコープは,一対の直角プリズムによって両眼の網膜像を左右反転することにより,両眼網膜像差の方向を逆転させる。ストラットン型のシュードスコープは,鏡を用いて左右眼の位置関係を逆転することにより両眼網膜像差の方向を逆転させる。ホイートストーンやストラットンStratton,D.M.はこうしたシュードスコープを通した観察により,両眼網膜像差の奥行き知覚への寄与やその特性を検討した。また,その後に行なわれた研究では,シュードスコープを通した観察を数日間以上持続したうえで,線画ステレオグラムを観察すると,両眼網膜像差の方向と見かけの奥行きの方向との対応関係が逆転するような順応的変化が生じることが示された。こうした光学的変換に対する奥行き知覚の順応的変化に関する研究は,両眼網膜像差の処理過程や,両眼網膜像差とほかの手がかりとを統合する過程に可塑性があり,新たな状況にも適応できる学習可能性があることを示している。 →眼球運動 →視空間
〔一川 誠〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「両眼視」の意味・わかりやすい解説

両眼視
りょうがんし
binocular vision

外界の対象を片方だけの眼(め)で見る単眼視に対して、両眼で同時に見ることを両眼視という。のFAとFBは眼の高さにある視対象で、両眼でFを注視すると、Fが網膜の中心窩(か)FlとFrに結像するように、両眼球は内転あるいは外転する。このとき、FAは左眼では角αl、右眼では角αrの大きさをもつ網膜像として結像する。角αlと角αrは大きさが等しいので、外界の点Aの結像点AlとArは、それぞれの眼の中心窩から同一方向に同一距離だけ離れていることになる。中心窩を基準として同一方向に同一距離だけ離れている両眼網膜上の一対の点を対応点といい、対応点に結像する外界の点の軌跡をホロプターhoropterという。眼の高さでのホロプターは、理論的には注視点(F)と両眼の結節点(NlとNr)の3点を通る円である。両眼の対応点に結像した網膜像は、融合して注視点と同一距離にある一つの対象として知覚される。

 「キクロプスの眼」Cyclopean eyeは、このことを説明するために、ギリシア神話の単眼の巨人キクロプスKyklopsにちなんで、両眼の中央に仮想された単眼で、この単眼ではAlとArが同一点に重なり、外界の点AはAl・ArとNを結ぶ線の延長上に、Fと同一距離にあるように見えることになる。しかし、実際にFと同一距離にあるように見える点を求めてみるとの経験的ホロプターのようになり、理論的ホロプターと一致しない。また、ホロプター以外の点はすべて両眼網膜の非対応点に結像するが、その点が融合域とよばれる範囲(の色帯の部分)内にあれば、融合してFよりも遠い(あるいは近い)一つの点として知覚される。融合域外の点Bは、左眼ではBl、右眼ではBrに結像し、キクロプスの眼では異なる方向にある2点に見え、二重像が生じるが、ある程度までは遠近の弁別ができる。対象FBの両眼の網膜像の大きさの差(角Blと角Brとの差)を両眼(網膜)非対応あるいは両眼像差という。この差が小さければ二つの網膜像は融合し、奥行のある一つの対象として知覚される。両眼非対応は奥行弁別のもっとも有効な手掛りで、奥行が弁別できる最小の差を角度で表したものを奥行視力といい、最適条件下では2秒、一般的には10秒の両眼非対応で奥行が知覚できるとされている。

 実体鏡stereoscopeやハプロスコープhaploscopeは、同一対象を左眼と右眼の両位置から見た一対の絵や写真をそれぞれの眼だけに呈示して、鮮やかな立体感を生じさせる装置であるが、左眼用の絵や写真と右眼用のそれとで両眼非対応を生じさせるから立体感が顕著になるのである。両眼非対応に基づく立体視は両眼立体視とよばれ、二次元的な絵や写真を単眼で見たときに生じる単眼立体視と区別されている。また、これらの装置によって、左眼には赤色、右眼には緑色というように、まったく異質の視対象を呈示すると、両対象は融合せず、全体が赤あるいは緑に見えたり、両方の色が混在して見えたりする、視野闘争とよばれる現象がおこる。

[吉岡一郎]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「両眼視」の意味・わかりやすい解説

両眼視
りょうがんし
binocular vision

両眼が外界から受ける印象はわずかずつ異なっているが,これを中枢で合致させ,単一の視的印象とする機能をいう。同時視,融像,立体視の3段階があり,これらは5歳頃に完成する。両眼視の満足な発達には,感覚系,運動系,中枢が密接に,しかも複雑に関与している。斜視は両眼視機能の発達を阻害するので,早い時期に治療する必要がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「両眼視」の意味・わかりやすい解説

両眼視 (りょうがんし)

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の両眼視の言及

【複視】より

…片目をふさぐと一つに見えるが,両目で見ると複視があるという場合を,両眼複視といい,片目でも二つに見えている場合を単眼複視という。両眼複視は〈両眼視〉の異常で起こり,最もしばしばみられるのは,眼筋や神経の異常のために眼球の運動が悪くなり,眼の位置にずれを生じて斜視となる場合である。このような斜視を麻痺性斜視とか眼筋麻痺という。…

【目∥眼】より

…6歳となれば大部分が視力1.0となる。機能の中で最も高次の働きである両眼視も6歳で完成する。すなわち,視機能はおおよそ6歳でできあがる。…

【立体視】より

…外界のある物体を両方の目を同時に使って見ること,すなわち両眼視binocular visionによって立体的な遠近感を得ること。実体視ともいう。…

※「両眼視」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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