下手人(読み)げしゅにん

精選版 日本国語大辞典 「下手人」の意味・読み・例文・類語

げしゅ‐にん【下手人】

〘名〙
① みずから手を下して事をなした者。特に、犯罪などをおかした者。張本人。げしにん。
※権記‐長保二年(1000)一〇月一〇日「請云、止召重尹可捕下手人者、仍所被仰也」
※歌舞伎・毛抜(1742)「さしづめ下手人(ゲシュニン)に若殿を出す心か」 〔唐律‐鬭訟・疏議〕
② 江戸幕府死刑一種。主として、一般の殺人罪を犯した庶民に適用された刑で、死刑としてはもっとも軽く、死骸が試物(ためしもの)にされず、田畑、家屋敷などの没収刑も付加されなかった。げしにん。
※随筆・折たく柴の記(1716頃)下「前代御初に、伯父殺せしもの下手人の法に行はれし例あり」
[語誌]本来、①の挙例「唐律‐鬭訟・疏議」などに見える法律に関わる漢語。日本でも、漢文体の資料には「下手人」の表記が多い。読みの確例としては、「げしゅにん」より、むしろ「げしにん」(解死人)の方が古くに見られる。これは「げしゅにん」から「げしにん」への変化はかなり早い時期になされ、それが勢力を伸ばしていたことの現われか。明治期も「げしにん」が優勢だが、現在は「げしゅにん」が普通。

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デジタル大辞泉 「下手人」の意味・読み・例文・類語

げしゅ‐にん【下手人】

《「下手」は物事に手をくだす意》
直接手を下して人を殺した者。殺人犯。げしにん。「下手人を捕らえる」
江戸時代、庶民に適用された斬首刑。死刑のうちでは軽いもので、財産の没収などは伴わない。げしにん。
事件の張本人。げしにん。
「仲正が所行しかるべからずとて、―など召し出されんずるにて」〈著聞集・一六〉
[類語]罪人犯人咎人罪人つみびと・犯罪人・犯罪者前科者お尋ね者凶状持ち縄付き

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改訂新版 世界大百科事典 「下手人」の意味・わかりやすい解説

下手人/解死人 (げしにん)

下手人(げしゆにん)という直接の実行者をさす言葉は,すでに8世紀の養老律にみられ,以後今日までほぼ同じ意味でもちいられているが,いっぽう14世紀ころより,解死人・下死人とも書き,〈げしにん〉とよませる言葉があらわれる。《邦訳日葡辞書》には〈実際の罪人の代りに捕らえられたり,刑に処せられたりしている者。ただし,通常は無罪として放免される〉とあり,その用法として,〈解死人を出す,または,引く〉をのせ,〈自分の代りに誰かを罪人としてだす〉としている。このように中世後期には,殺害事件に関して,被害者側に加害者本人(下手(げしゆ)人)ではなく,加害者の所属集団のメンバーを本人にかえて下手(げし)人として引き渡し,被害者側はその謝罪の意志に免じて原則として処刑しないという慣習が成立していた。鎌倉時代には,加害者本人の引渡し要求が被害者側からだされ,加害者の属する集団から引き渡された下手人は復讐として処刑される慣行が存在したから,この解死人の慣習は,当時の個人とその所属する集団の一体観念を前提とし,集団の存続を目的とし,復讐感情を昇華させて儀式化したところに生まれたものといえる。この解死人には,子どもや集団内部の弱者がえらばれ,引渡しの際には,煙をあげて降伏の意志を相手にしめす作法も成立していた。この加害者・被害者の集団間の紛争解決方式は武士集団だけでなく広くみられ,当時の村法には,解死人として村よりだされた者の家の特典を村で保証することを定めたものもみられる。

 江戸時代には,酒狂による喧嘩の殺人などの殺人罪に適用される死刑の刑名として存在し,この刑を行うことを〈下手人に取る〉といった。この刑の特徴は,被害者側にかわって公儀が処刑を行うという立場がとられ,被害者側からの願い出によって減刑もあるという点で,前時代の加害者・被害者相互の問題という観念がなおわずかながら継承されているといえる。
下手人(げしゅにん)
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下手人 (げしゅにん)

解死人(げしにん),下死人(げしにん)ともいう。殺人ないし致死の加害者を意味したが,江戸時代においてはむしろ幕府および諸藩等で死刑刑種の一つとなった。幕府では庶民に対する死刑のうち最も軽いもので,〈通例之人殺〉の刑とされたが,それには次の3条件が必要であった。(1)社会的身分が同じで,かつ主従,親族,師弟,名主地主など,上下支配の関係をもたないこと。(2)毒殺辻斬など特別な態様や,利欲を動機とした計画的犯罪(〈巧(たくみ)〉)でなく,いわば単なる〈喧嘩口論〉の場合。(3)加害者が数人であっても1個の死には1人だけが下手人を科されたことである。下手人の刑の内容は斬首するだけで,死罪のように〈様物(ためしもの)〉にもしないし,闕所(けつしよ)も付加しない。他人の死の結果を,みずからの死で償うというものであった。結果責任,私的復讐の観念が強く残った刑罰であり,〈下手人に取る〉と称して武士の敵討に相当することを庶民が領主に頼って行ったともいえる。
下手人(げしにん)
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「下手人」の意味・わかりやすい解説

下手人
げしゅにん

江戸時代の死刑の一種。もともとは手を下して人を殺した者という意味であるが、江戸幕府法上、手を下して人を殺した者は死刑に処せられるべきであるという思想から、牢屋(ろうや)で斬首(ざんしゅ)される死刑の一種を示すのに用いられた。死罪も同じく牢屋で斬首する刑で、利欲にかかわる殺人に科せられ、下手人は利欲にかかわらない喧嘩(けんか)口論などによる殺人に科せられた。死罪に比べ、下手人には様斬(ためしぎり)や家・屋敷などの没収はなかった。

[石井良助]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「下手人」の意味・わかりやすい解説

下手人
げしゅにん

「げしにん」とも読まれる。江戸時代,庶人に科せられた刑罰の一つ。元来は,みずから手を下して人を殺した者の意であるが,江戸時代に入って刑名となり,利欲にかからない殺人,乱心による殺人,あるいは殺人教唆などに対して科せられた。『公事方御定書』には,「首を刎 (は) ね,死骸は取り捨てるが,様斬 (ためしぎり) には付さない」とあって,処刑の方式は死罪と同じく打首 (うちくび。斬首) である。しかし,下手人の場合は,死罪と異なって,屍体をためし切りにされることも,田畑,家屋敷,家財を没収されることも,また引廻を付加されることもなかった。つまり,これらの付加刑の有無が,下手人と死罪を分つ指標になっているのである。

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世界大百科事典(旧版)内の下手人の言及

【下手人】より

…解死人(げしにん),下死人(げしにん)ともいう。殺人ないし致死の加害者を意味したが,江戸時代においてはむしろ幕府および諸藩等で死刑刑種の一つとなった。幕府では庶民に対する死刑のうち最も軽いもので,〈通例之人殺〉の刑とされたが,それには次の3条件が必要であった。(1)社会的身分が同じで,かつ主従,親族,師弟,名主地主など,上下支配の関係をもたないこと。(2)毒殺,辻斬など特別な態様や,利欲を動機とした計画的犯罪(〈巧(たくみ)〉)でなく,いわば単なる〈喧嘩口論〉の場合。…

【下手人∥解死人】より

…下手人(げしゆにん)という直接の実行者をさす言葉は,すでに8世紀の養老律にみられ,以後今日までほぼ同じ意味でもちいられているが,いっぽう14世紀ころより,解死人・下死人とも書き,〈げしにん〉とよませる言葉があらわれる。《邦訳日葡辞書》には〈実際の罪人の代りに捕らえられたり,刑に処せられたりしている者。…

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