精選版 日本国語大辞典 「三十石」の意味・読み・例文・類語
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落語。上方(かみがた)落語で、正しくは『三十石宝の入船』または『三十石夢の通路(かよいじ)』。『お伊勢(いせ)参り』の終編としてつくられたといわれる。大坂では文政(ぶんせい)年間(1818~30)に2代桂(かつら)文治が演じたといい、初代桂文枝から5代笑福亭松鶴(しょうふくていしょかく)を経て現代に及んでいる。東京へは、1884年(明治17)に4代橘家円喬(たちばなやえんきょう)が大阪から移し、5代・6代の三遊亭円生(えんしょう)に伝わり、今日に継承されている。
三十石とは、江戸時代に淀川(よどがわ)の京伏見(ふしみ)と大坂八軒屋の間を往復した三十石船のこと。荷物30石のほかに客を乗せ、下り(京→大坂)は半日、上りは1日かかった。江戸下りの2人の旅人が、京の伏見から三十石の夜船に乗って淀川を下る風景をスケッチ風に描写する。伏見の船宿のようす、船中で船頭の舟唄(ふなうた)を背景に交わされる乗客たちの会話、食べ物を売りにくる「くらわんか船」のようすなど、風俗資料としても興趣にあふれている。登場人物の多彩さ、江戸、上方などの地方なまりの表現、聞かせどころの舟唄等々、演出は非常にむずかしい。本来の上方落語の落ちは今日では通用しないので、ろくろ首の乗客を登場させる東京式でサゲることもあるが、今日では船頭の舟唄までで切ることが多い。
[関山和夫]
落語の演題。別名は《三十石宝の入船(いりふね)》《三十石夢の通路(かよいじ)》など。もともとは上方落語《二人旅》の一節にあたる。京都見物後,淀川の三十石船で大坂へ行く江戸っ子を狂言回しにして,伏見の船宿から乗船ののち,船頭の船唄を背景に,乗客のやりとりがにぎやかにおこなわれる。飲食物を売る〈食らわんか船〉が来て食事になると,ひとりの乗客の首がない。見ると,ろくろ首が向こう岸のうどん屋まで首をのばしてうどんを食べていた。みんなが首が長くて味も長く楽しめるだろうとうらやむと,〈ふたつええことはおまへん。薬飲んだときは長いこと苦うおまんねん〉。
執筆者:興津 要
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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