一般教育/教養教育(読み)いっぱんきょういく/きょうようきょういく

大学事典 「一般教育/教養教育」の解説

一般教育/教養教育
いっぱんきょういく/きょうようきょういく

中世ヨーロッパの大学では,上級学部(神学・法学・医学)に対して,リベラルアーツを教授する人文学部が教養教育の役割を果たしていた。しかし,中等教育機関が発達すると予科的な教育は中等教育段階に移行され,19世紀以降の大学では専門教育や研究活動に重点が置かれるようになる。今日でもヨーロッパでは準備的な教養教育は中等教育段階で完了するものとされ,大学教育には含まれていない。

 17世紀にアメリカ合衆国で創設された植民地カレッジ(アメリカ)ではリベラル・エデュケーション(liberal education)が実施され,西欧の古典文化を重視する少数エリートのための教育が実施されていた。古代ギリシアに端を発するリベラル・エデュケーションは支配階級である少数の自由人の非職業的な教育であり,奴隷や従者の職業的・技術的な教育とは区別されていた。貴族主義的なリベラル・エデュケーションは多様に分化し,19世紀後半から20世紀初頭にかけて一般教育(general education)へと発展する。当時,ドイツの大学の影響を受けて学問の専門分化が進行し,全知識を総合的に教育するという理念が薄れたことへの反動だった。リベラル・エデュケーションのエリート主義的な特質が批判され,あらゆる市民の平等を前提とする民主主義への奉仕が一般教育の目的とされた。

 1945年,ハーヴァード大学のコナント報告によれば,一般教育とは恵まれた少数者ではなく,民主主義社会におけるすべての市民の良き人生に等しく貢献する人間教育である。新入生向けに実施される一般教育の目的は,アメリカ社会の価値多元的な現実に適切に対処するために,知識や言語,思考の基礎的教養を幅広く備えた人間の育成である。一般教育の方法として,西洋の古典的テクストによって共通の知的基盤を教授するコア・カリキュラム,人文・社会・自然科学の各分野から一定の単位を獲得する配分必修モデル,学際的方法や問題解決学習などの多様な方法を盛り込みつつ,一貫性のある能力習得を目指す総合学習モデルが実施されてきた。

[日本]

日本では第2次世界大戦後の教育制度改革とともに一般教育が導入され,戦後の民主社会の担い手を育成する教育とされた。CIE(連合国軍総司令部民間情報教育局)の指導の下,大学設置基準では人文・自然・社会の3系列の等履修(各12単位)が定められた。すでに諸専門分野が分立するヨーロッパ型の大学が形成されていた日本で,アメリカ型の一般教育を導入することは例外的な事例であり,理念や制度,教育方法といった点で一般教育と専門教育の構造的な問題が生じ,現在まで残されることになった。新制大学旧制高校師範学校教員が担っていた一般教育は1963年に教養部として位置づけられたが,一般教育は低度の教育とみなされ大学の階層組織化が生じた。一般教育と専門教育の有機的な連関はつねに議論の的となり,一般教育の理念の貧弱さ,大学人の根深い専門教育指向,高校教育の繰り返しにも映る教育内容などつねに課題が生じた。高度経済成長期には産業界から専門教育強化の要請が強まり,その後の大学設置基準の改訂では一般教育の履修単位は削減される一方となる。

 1991年,大学設置基準の大綱化(日本)が大綱化されて一般教育と専門教育の科目区分が廃止されると,一般教育の比重は減少していく。専門教育を主軸とする学部の論理が先行したため,大学全体で共有されるべき一般教育は定着しなかった。一般教育を担当する教員と組織は意義をなくし,国立大学の教養学部はほぼ廃止され,組織が再編された。一般教育は新たに「教養教育」と呼称を変え,そのあり方をめぐっては模索が続いている。実際,中央教育審議会答申「新しい時代における教養教育の在り方について(日本)」(2002年)など6本もの答申では,縮減される教養教育の重要性が説かれている。答申では外国語,情報リテラシー,科学リテラシーといった基礎スキルと,「高い倫理性と責任感をもって判断し行動できる能力」「自らの文化と世界の多様な文化に対する理解」の促進が教養教育の目的として例示されている。総合的な知識の習得ではなく,新たな時代を生きるための能力の涵養が強調され,学士課程で習得されるべき能力は「学士力(日本)」と呼称される。

 しかし,専門教育との関連も含めて,教養教育の理念と目的は明確化されておらず,往々にして社会的要請が教養教育の規定に影響を及ぼしている。高校と大学の教育の効果的な接続,大学の大衆化にともなう補習教育や初年次教育の必要性,就職に向けたキャリア開発教育の導入,教養教育に責任を負う組織や教員の確立など,さまざまな要素や課題との関係において教養教育の理念と目的の模索が続いている。
著者: 西山雄二

参考文献: 吉田文『大学と教養教育―戦後日本における模索』岩波書店,2013.

参考文献: 葛西康徳・鈴木佳秀編『これからの教養教育―「カタ」の効用』東信堂,2008.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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