ロビンソン(Henry Peach Robinson)(読み)ろびんそん(英語表記)Henry Peach Robinson

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ロビンソン(Henry Peach Robinson)
ろびんそん
Henry Peach Robinson
(1830―1901)

イギリス写真家。シュロップシャー県ルドロー生まれ。中世の面影を残すルドローの街や、生地に近いイングランドとウェールズの境界の自然は、後のロビンソンの写真制作に多大な霊感を与えた。少年時代は生地の書店で店員見習いのかたわら、素描絵画を手がける。1845年ルドロー城を描いた素描が、絵入り雑誌『イラストレイテッドロンドン・ニューズ』Illustrated London Newsに掲載されるなど、若いころから素描家・水彩画家として活動。50年イングランド中部ウースターシャー、ブロムスグローブの書店に勤務する間に、ダゲレオタイプ(フランスのダゲールニエプスにより開発された銀板写真術)を学ぶ。51年ロンドンに赴(おもむ)き書店・出版社に勤務する一方、古今の絵画を見るため大英博物館やロイヤル・アカデミーなどあらゆる美術館に足繁く通い、同時代のラファエル前派、特にミレイの絵画に強い印象を受ける。翌年油彩画『ルドロー橋付近のテーム川』をロイヤル・アカデミー年度展に出品。53~56年ハンプシャー県リミントンに移住し書店の仕事を続けつつ、本格的に紙ネガによるカロタイプ印画(イギリスのタルボットにより発明された。紙ネガに塩化銀紙を密着し陽画をつくる印画法)を始める。54年ロビンソンの購読した『写真協会報』Journal of the Photographic Society技法解説を執筆していたH・ダイヤモンドHugh Diamond(1809―86)博士に私淑、写真家になることを決意する。57年同地に写真スタジオを開設、ロンドン写真協会員に選出される。翌年に合成の技法を用いた最初の主要作「臨終」を制作。ロンドンの水晶宮(クリスタル・パレス)に展示されると評判を呼び、スタジオは多くの顧客を得た。

 5枚のネガを合成した「臨終」は、死につつある女性と悲嘆にくれる近親者を対比的に描き、また王立写真協会蔵のバージョンには、写真を貼った台紙余白シェリーの詩が記載されている。事前に素描などで設計しておいた複数の図像を、ネガ合成によって1枚の写真に仕立てる、画家出身ならではのロビンソンの写真は、初期の芸術写真を代表する思潮を形づくった。それは、彼が影響を受けたラファエル前派の絵画と同様に、ビクトリア朝特有の文学趣味的な図像表現といえる。以降のロビンソンは王室の庇護を得て、ロンドン写真協会などの写真団体の展覧会で芸術写真を展示し続ける一方、折から発明されたカルト・ド・ビジット(名刺判写真)の流行に支えられ、商業的にも成功した。文学との強い関連を示す代表作に、テニソンの詩を伴う「シャーロットの淑女」(1861)、スペンサーの詩を伴う「さんざしを摘む」(1862)などがある。長い制作歴を通じて彼の作品には、自然と共生する理想的な田園の風景や労働と余暇の一こまを描き出す点に特徴があり、後期の代表作には暖炉端に母子と老人を象徴的に配した「夜明けと夕暮れ」(1885)がある。

 1860年代半ばに健康を害して一時制作を休止したことを契機に、芸術写真の技術と表現に関する啓蒙書を執筆。特に彼の主著『写真の絵画的効果』Pictorial Effect in Photography(1869)は、イギリスにおいてはもとより、フランス、ドイツで翻訳され、多くのアマチュア写真家の手引きとなった。自然主義と理想主義の融合を図ろうとする彼の理論は、特に1830年に出版されたジョン・バーネットJohn Burnet(1784―1868)の画論書『絵画論』Treatise on Paintingの影響がみられるほか、美術評論家ラスキン、ロイヤル・アカデミー創始者の画家レノルズらの画論、さらにはシェークスピアからの引用が見られ、当時のイギリスの美学的な風土をよく反映している。19世紀後半の芸術写真の確立者であったロビンソンだが、後続する世代の代表的写真家エマーソンが、写真表現に適用される絵画の規則を廃し、写真メディアの独立性に根ざした制作を主張する際に、ロビンソンは旧世代を代表する権威として攻撃を受けた。

 1862年から30年にわたってロンドン写真協会(74年にイギリス写真協会に改称)評議委員となるが、91年の協会年度展で審査を務めた作品が批判されたことをきっかけの一つとして脱会し、翌年写真家ジョージ・デイビソンGeorge Davison(1882―1966)らと新団体リンクト・リングを設立。晩年まで同団体の審査委員会議長を務めるなど中心的な役割を果たし、新しい絵画的写真の動向にも理解を示した。ケント県タンブリッジ・ウェルズで死去。

[倉石信乃]

『Alan Vertrees, Dave Oliphant & Thomas Zigal eds.The Picture Making of Henry Peach Robinson; Perspectives in Photography (1982, University of Texas Press, Austin)』『Margaret F. HarkerHenry Peach Robinson; Master of Photographic Art, 1830-1901 (1988, Blackwell, Oxford)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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