ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロス」の意味・わかりやすい解説
ロス
Roth, Alvin E.
アメリカ合衆国の経済学者。フルネーム Alvin Eliot Roth。マーケットデザインの先駆者。16歳で高校を中退,コロンビア大学で学び,1971年に理学士号を取得した。その後,スタンフォード大学で 1973年理学修士号,1974年博士号を取得,1974~82年イリノイ大学で教鞭をとった。1982年にピッツバーグ大学A.W.メロン経済学講座教授に就任,1985~98年経営学の教授を務めた。1998年にはハーバード大学ジョージ・ガンド経済学講座教授に任命され,2013年に名誉教授となる。2012年からスタンフォード大学で教鞭をとる。マッチング理論に基づくゲール=シャプリー・アルゴリズムの妥当性に気づき,実証的研究を通して,それがマーケットの機能を明らかにするとともに,成功している組織における安定性の重要性を示すことができることを発見。この理論を用いて,アメリカの研修医と研修先の病院をマッチングさせるプログラムを手がけた。2012年,「安定配分理論とマーケットデザインの実践」に関する功績により,ロイド・シャプリーとともにノーベル経済学賞を受賞した。シャプリーの理論と実証的研究,およびロスのマーケットデザインへの応用を組み合わせることで,組織や個人にとって相互の利益となる効率的なマッチングを行ない,さまざまな市場で資源をよりよく配分することが可能になった。
ロス
Roth, Philip
[没]2018.5.22. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の小説家。フルネーム Philip Milton Roth。ユダヤ系。シカゴ大学卒業後,母校で 2年間教鞭をとり,その間『ニューヨーカー』などの雑誌に短編を発表。26歳のとき出版した,中・短編からなる『さようなら,コロンバス』Goodbye, Columbus(1959)で一躍認められ,全米図書賞ほか五つの賞を独占した。その後,長編『自由を求めて』Letting Go(1962),『彼女が善良だったとき』When She Was Good(1967),奔放な俗語の駆使と大胆な性描写で話題を呼んだ『ポートノイの不満』Portnoy's Complaint(1969),ニクソン政権を風刺した『われらのギャング』Our Gang(1971),フランツ・カフカの『変身』を思わせる『乳房になった男』The Breast(1972),プロ野球を素材にアメリカ社会を痛烈に批判した『偉大なアメリカ小説』The Great American Novel(1973),告白小説『男としてのわが生活』My Life as a Man(1974)と,次々に多彩な作品を発表した。全米図書賞(1960,1995)のほか,ピュリッツァー賞(1998),ペン/フォークナー賞(1994,2001,2007)など受賞多数。
ロス
Roth, Klaus Friedrich
ドイツ生まれのイギリスの数学者。1945年ケンブリッジ大学ピーターハウス・カレッジ卒業,ロンドン大学で 1948年理学修士号,1950年博士号取得。1948~66年ロンドン大学で教鞭をとったのち, 1988年までインペリアル・カレッジ・ロンドンの教授を務めた。1958年,イギリスのエディンバラで開催された国際数学者会議で,整数論に関する業績によりフィールズ賞を受賞した。おもな研究分野は整数論,とくに解析数論で,代数的数の有理数による近似の理論において大きな業績を上げた。αを無理数とすると不等式|p/q-α|<1/q2を満たす有理数 p/q が無限個存在する。この拡張として,代数的数αに対して,|p/q-α|<1/qμを満たす有理数 p/q が無限個存在するような,指数μの上限を求める問題が考えられる。この問題については 1844年フランスのジョゼフ・リウビル,1908年ノルウェーのアクセル・トゥエ,1921年ドイツのカール・ルートウィヒ・ジーゲル,1947年アメリカ合衆国のフリーマン・J.ダイソンらの研究により改良が加えられていったが,最終的には 1955年にロスが,どのような代数的数に対しても,このような指数μの上限は 2であることを証明した。アトル・セルバーグによるふるいの方法による解析数論の業績でも知られる。
ロス
Ross, Betsy
[没]1836.1.30. ペンシルバニア,フィラデルフィア
アメリカ合衆国の国旗を最初につくったとされる人物。フィラデルフィアのクェーカー教徒。室内装飾家の見習いとなったのち,1773年同業のジョン・ロスと結婚し,1775年までに自分たちの店を構えた。1776年夫の死後も室内装飾の仕立業を続け,その後 2度再婚したのちも,夫や娘たちといっしょに旗を含む装飾品をつくった。ロスがアメリカの国旗の製作に携わったという話は,1870年に孫のウィリアム・キャンビーがペンシルバニア歴史協会に送った論文によって広まった。それによると,1776年6月にジョージ・ワシントンと大陸会議の委員会の要請で星条旗をつくったとされる。この旗は 1777年6月14日正式に国旗に制定された。ロスが海軍の旗をつくったことは知られているが,国旗をつくったという話については確固たる証拠はない。
ロス
Ross, John
[没]1866.8.1. アメリカ,ワシントンD.C.
アメリカインディアン,チェロキー族族長。インディアン名を Koowe(Coowescoowe)という。スコットランド人の交易商人とチェロキーの混血で,白人社会で高等教育を受けた。ジョージア州におけるチェロキーへの圧迫に抵抗し,1819~26年チェロキー国民会議議長,28~39年東部チェロキー大族長。戦争以外のあらゆる手段を用いてチェロキーの自由と権利を守るために戦った。戦いに敗れ,38年オクラホマの指定居留地に強制移住させられた。そのときチェロキーの通った道は「涙の踏みわけ道」と呼ばれる。ロスはその地で東・西部チェロキーを大同団結させてその族長となった。ワシントン D.C.に事務所を開き,死ぬまでチェロキー条約締結 (1866) に努力した。
ロス
Ross, Sir John
[没]1856.8.30. ロンドン
スコットランド出身の海軍軍人,北極探検家。極地探検家ジェームズ・クラーク・ロスの叔父。1794年海軍に入り,フランス革命戦争やナポレオン戦争でスウェーデンの艦隊を指揮した。1818年の最初の北極探検は失敗したが,1829~33年の第2回北極探検は成功で,カナダ北西部をおもに探検し,貴重な成果を上げた。1850年ジョン・フランクリン捜索を目的とした第3回探検は失敗。主著 "A Voyage of Discovery"(1819),"Narrative of a Second Voyage in Search of a North-West Passage"(1835)。
ロス
Ross, Sir James Clark
[没]1862.4.3. バッキンガムシャー,エアーズベリー
イギリスの海軍軍人,北極,南極探検家。 1812年海軍に入り,18年最初の北極探検に参加。その後数回にわたり北極探検を行い,31年北磁極の位置を確定した。 39~43年南極を探検。 41年ロス海を発見。探検の目的は磁気観測と南極の磁極に達することであったが失敗,途中ビクトリアランドを発見。 48~49年 J.フランクリンの捜索を行なった。主著"A Voyage of Discovery and Research in the Southern and Antarctic Regions" (1847) 。
ロス
Ross, Sir Ronald
[没]1932.9.16. ロンドン
イギリスの医師。インド生れで,母国で医学を学んだのちインドに戻り,1892年からマラリアの研究に着手した。マラリア原虫がハマダラカによって媒介されることを発見してマラリア撲滅の突破口を開き,その功により 1902年のノーベル生理学・医学賞を受賞。 02~12年リバプール大学熱帯医学教授。 12年ロンドンのキングズカレッジ病院熱帯病科の医師,26年ロス熱帯病研究所の所長となる。主著"The Prevention of Malaria" (1910) 。
ロス
Rosse, William Parsons, 3rd earl of
[没]1867.10.31. モンクスタウン
イギリスの天文学者。伯爵。下院議員(1821~34),上院議員(1841)。大型望遠鏡製作の夢にとりつかれ,幾多の経験を積んだのち,1845年に青銅製の反射鏡をもつ直径 72インチ(約 1.8m),長さ約 16.5mに及ぶ大望遠鏡を製作,星雲や星団,銀河の観測・研究を行なった。特に渦状銀河の形を明らかにした功績は大きい。また銀河と星団の構造上の差異を明らかにした。
ロス
Ross, Sir William David
[没]1971
イギリスのギリシア古典学者,倫理学者。 1900年オックスフォード大学オリエル学寮講師,23年道徳哲学教授,29年同学寮学長。アリストテレス研究の第一人者で,その校訂,注解,翻訳を多く出版。オックスフォード版英訳全集の編集者。『形而上学』『自然学』などアリストテレス注解のほか"The Right and the Good" (1930) などの倫理学書もある。
ロス
Ross, Harold Wallace
[没]1951.12.6. ボストン
アメリカのジャーナリスト。『スターズ・アンド・ストライプス』紙などの編集に携わったのち,1925年,雑誌『ニューヨーカー』 The New Yorkerを創刊,死ぬまで編集長を務め,サーバー,E.B.ホワイト,W.ギッブズらの優れた編集陣の協力を得て,洗練された誌面をつくり上げ,多くの新人を発掘した。
ロス
Ross, George
[没]1779.7.14. フィラデルフィア
アメリカ独立革命期の法律家。独立宣言署名者の一人。ペンシルバニアのランカスターで法律家として活躍。 1776年ペンシルバニア邦憲法制定会議副議長となり,特に権利宣言条項のために努力。 74~77年大陸会議代表。 79年ペンシルバニア海事裁判所判事。
ロス
Ross, Martin
[没]1915.12.21. コーク
アイルランドの女流作家。本名 Violet Florence Martin。旧家に生れ,1886年から従姉イーディス・ソマービルと共作で 19世紀のアイルランド社会を描いた小説を発表。代表作『真のシャーロット』 The Real Charlotte (1894) 。
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