改訂新版 世界大百科事典 「レトロマン語」の意味・わかりやすい解説
レト・ロマン語 (レトロマンご)
Rh(a)eto-Romance
rhéto-roman[フランス]
スイスとイタリアにまたがるアルプス山中およびフリウリ平野で話されている,ロマンス諸語(ロマンス語)の一つ。レト・ロマンス語ともいう。〈レト・ロマン語〉の〈レト〉はアルプス中央部を含むローマ帝国の属州名ラエティアRaetiaに由来する。ドイツ語とイタリア語の勢力に押され続けてきたレト・ロマン語は,中世以来,両言語圏を間に挟み,次の三つの方言群に分断されている(そのおのおのはさらにいくつかの下位方言に分かれる)。
(1)スイスのグリゾン(グラウビュンデン)州に約5万人の話し手を有する西部方言。この方言は同州の公用語の一つであるほか,1938年にはドイツ語・フランス語・イタリア語に次ぐスイス連邦の4番目の国語(公用語ではない)として認められた。(2)イタリアのドロミティ地方に約2万5000人の話し手を有する中央部方言。(3)イタリアのフリウリ地方に約60万人の話し手を有する東部方言。
これら三つの方言群は共通の特徴(ラテン語の子音群〈子音+l〉の維持,母音aに先立つk,g音の口蓋化,名詞の複数語尾-sの存在など)を示すことから一つの〈言語〉にまとめられているが,3方言群を通じての共通語・標準語は存在しない。各方言内部でも,19世紀末に共通語に近い性格をもつ文語が形成された東部方言を除き,中央部方言また16世紀以来の文学の伝統を有する西部方言では共通語の成立をみていない。なお〈ロマンシュ語Romansh〉という名称が西部方言の総称あるいはエンガディン地方を除く西部方言の総称として,また〈ラディン語Ladin〉という名称がエンガディン方言の別称あるいは中央部方言の総称として(イタリアではさらに〈レト・ロマン語〉の別称としても)用いられることがある。
執筆者:長神 悟
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報