レトロウイルス感染症

内科学 第10版 「レトロウイルス感染症」の解説

レトロウイルス感染症(ウイルス感染症)

(3)レトロウイルス感染症(retrovirus infection)
 レトロウイルスは逆転写酵素をもつ一本鎖RNAウイルスである.外在性レトロウイルスのレンチウイルス亜科のHIV-1,HIV-2,オンコウイルス亜科のHTLV-1HTLV-2などがヒトに感染して,神経疾患であるneuroAIDS(HIV感染に伴う神経合併症)やHAM(HTLV-1 associated myelopathy)を引き起こす.
a.neuroAIDS(HIV感染に伴う神経合併症)
定義・概念
 HIV感染によって引き起こされる神経障害の総称である.抗レトロウイルス療法(anti-retroviral therapy:ART)により,全neuroAIDSの発症は大幅に減少した.ARTに関連して,進行性多巣性白質脳症(PML),免疫再構築症候群,薬剤耐性による日和見感染,薬剤関連神経障害,脳血管障害に注意が必要である(中川ら,2009).
分類
 neuroAIDSは,AIDS脳症や薬剤関連末梢神経障害などきわめて多彩である(表15-7-1).
疫学
 わが国におけるHIV感染者・AIDS患者数は毎年増加傾向にあり,2010年末現在で累積報告件数はHIV感染者13373件,AIDS患者6160件である.AIDS指標疾患における割合は,HIV脳症4.1%,トキソプラズマ脳症1.9%,PML1.3%である.
b.HIV脳症
原因・病因
 HIV脳症はHIV感染により引き起こされる認知運動障害であり,おもにAIDS発症時期に著明となり亜急性に進行するが,緩徐進行性の経過を示す例もある.脳内血管周囲に存在するHIV-1感染マクロファージミクログリア病態の中心である.
疫学
 HIV脳症はAIDS指標疾患の4.1%を占める.HIV感染を知らない,あるいは治療を自己中断して認知機能障害を発症する患者の割合が増加している.
病理
 HIV脳症では,多核巨細胞を伴うHIV脳炎と大脳皮質の神経変性病態が知られている.大脳皮質変性病態ではEAAT-2の発現低下とミクログリアの活性化が生じている.IL-1βが多核巨細胞に一致して強く発現しており,炎症の持続,組織の変性に関与していることが示唆されている.
病態生理
 HIV脳症患者脳組織からはCCR5をコレセプターとするマクロファージ指向性HIV-1が検出されるが,神経細胞やオリゴデンドログリアへの感染はなく,間接的細胞障害が病態の中心である.
臨床症状
 急性感染期には,発熱,発疹,リンパ節腫脹などを示す.その後,数年の無症候期を経て,CD4陽性Tリンパ球が200/μL以下になると表15-7-2に示す疾患を併発しAIDS期になる.HIV脳症に特異的な症状はないが,認知機能低下,抑うつ,巧緻運動障害,運動麻痺などを示すことが多い.
検査成績
 頭部MRIで大脳萎縮と白質変化を認めることが多い.脳血流SPECTでは前頭部の集積低下が報告されている.HIV感染者の高次脳機能検査では前頭葉機能低下が示唆される(中川ら,2009).
診断
 わが国のエイズ動向委員会では下記の診断基準を定めている.
1)HIV感染症の診断:
HIVの抗体スクリーニング検査法で陽性で,抗体確認検査(ウエスタンブロット法,蛍光抗体法(IFA)など)またはHIV病原検査(HIV抗原検査,ウイルス分離および核酸診断法)のいずれかが陽性の場合にHIV感染症と診断する.
2)AIDSの診断:
Ⅰの基準を満たし,指標疾患(表15-7-2)の1つ以上が明らかに認められる場合にAIDSと診断する.
鑑別診断
 Alzheimer病などの認知機能低下を示す疾患との鑑別が必要である.
経過・予後
 HIV脳症の予後は不良であるが,ART(抗レトロウイルス治療)で免疫力が改善し認知機能の改善がみられることもある.米国でのALLRT調査などでは,ART中でも軽症の認知障害患者が相当数いること,逆に軽症認知障害が残存する場合やARTが奏効しても新たに認知障害が発症することが指摘されている.
治療・予防
 CD4陽性Tリンパ球数が350/μLより多い段階での治療開始が推奨されている.ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬,非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬,プロテアーゼ阻害薬,インテグラーゼ阻害薬,侵入阻害薬などの抗ウイルス薬を3~4種類組み合わせて治療する(白阪ら,2012).服薬率100%を目標に基本的に生涯にわたって継続する【⇨4-4-3)-(7)】.
c.免疫再構築症候群
(immune reconstitution infl­ammatory syndrome:IRIS) ART開始後にHIVウイルス量が減少し,CD4陽性Tリンパ球が上昇する過程でみられる感染・炎症の再燃・顕在化をいう.その病理学的特徴は,白質を中心に小血管周囲へのCD8陽性T細胞を主体とする著明な細胞浸潤,軸索・髄鞘の変性である.一般的に致死的である.
d.HIV-1関連脊髄症
 緩徐進行性の痙性対麻痺で感覚性運動失調,神経因性膀胱を合併することが多い.側索・後索にマクロファージの活性化と空胞変化が多くみられる(vacuolar myelopathy).
e.HIV-1関連末梢神経障害
 HIV-1感染による末梢神経障害には表15-7-1に示す疾患があるが,感覚優位多発神経炎(HIV-SN)が最も多い.歩行時や夜間に悪化する“痛み”,“不快な異常感覚”が特徴的である.
f.HTLV-1
(ヒトT細胞白血病ウイルス:human T cell lymphotropic virus type 1)
感染症
定義・概念
 HTLV-1はおもにCD4陽性Tリンパ球に感染し,さまざまな免疫異常を引き起こす.代表的疾患として,HTLV-1関連脊髄症(HAM:HTLV-1 associated myelopathy)と成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia:ATL)がある. 以下ではおもにHTLV-1関連脊髄症(HTLV-1 associated mye­lopathy:HAM)について解説する.
 HAMは,HTLV-1感染者の一部に発症する錐体路障害が前景に立つ緩徐進行性の脊髄疾患で,髄液・血清の抗HTLV-I抗体が陽性である.末梢血の感染細胞数(HTLV-1プロウイルス量)が健康なHTLV-1保因者(キャリア)より高値である.2008年に厚生労働省特定疾患に指定された.
 HAMは脊髄病巣部にHTLV-1感染CD4陽性Tリンパ球が侵入することによって引き起こされる.HAMの発症にはホスト側とウイルス側の発症関連要因(HLA,ウイルスタイプなど)が関与している.HTLV-1プロウイルス量が高いことと発症リスク,予後との相関が示唆されている.
疫学
 HTLV-1感染者は全国で約108万人存在し,感染者の数%にHAMあるいはATLを発症する.最近,関東,関西などの都市圏でのHAM患者が増加している.感染経路は,母乳を介する母子間垂直感染,輸血,性交渉である.男女比は1:2.4.
病理
 胸髄中下部の左右対称性の側索,前側索,後索腹側部の変性,血管周囲から実質内に広がる小円形細胞の浸潤がみられる.HTLV-1 mRNAおよびプロウイルスDNAは浸潤単核細胞内のCD4陽性Tリンパ球内にのみ確認される.
病態生理
 脊髄病巣部のHTLV-1感染CD4陽性Tリンパ球とそれを攻撃するCD8陽性Tリンパ球との相互作用により種々のサイトカインが持続的に放出され,神経組織を傷害している想定されている(by stander効果).
臨床症状
 痙性対麻痺,腰帯部の筋力低下を認める.腱反射亢進,腹壁反射消失,Babinski徴候を認める.下顎反射は通常正常である.HAMの末期には,下肢の腱反射低下・筋萎縮を示すこともある.下肢優位の感覚障害,排尿障害,便秘,下半身の発汗障害,起立性低血圧,インポテンツなどを認めることが多い.小脳症状,眼球運動障害,手指振戦などを示す例もある.若年発症例では低身長の傾向がある.
検査成績
 白血球・血小板減少,血清IgG・IgDの増加,IgEの減少,CD4/8比高値を示すことが多い.末梢血単核球中のHTLV-1プロウイルス量の測定は,HTLV-1キャリアとの鑑別や病勢把握の参考となる.髄液所見では,軽度の細胞数・IgG・ネオプテリン増加を示す.血清・髄液中抗HTLV-1抗体は原則として陽性である.
 頭部MRIではT2強調画像,FLAIR画像にて多発性白質病変を認めることがある.脊髄MRIでは,数~十数%に脊髄内信号異常を認める.傍脊柱筋の針筋電図では障害レベルに対応して脱神経所見を認める.末梢神経伝導検査異常を示す例もある.
診断
 以下の3条件を満たすことでHAMと診断される.緩徐進行性で対称性の錐体路障害所見が前景に立つミエロパチー,髄液・血清中抗HTLV-1抗体が陽性,ミエロパチーをきたすほかの疾患を除外できる(表15-7-3).
鑑別診断
 抗HTLV-1抗体陽性の症例において以下の疾患との鑑別が問題となる.多発性硬化症,視神経脊髄炎,頸椎症性脊髄症など.いずれの疾患においても抗HTLV-1抗体価,HTLV-1プロウイルス量,抗アクアポリン4抗体,電気生理学的検査所見が参考となる.
合併症
 表15-7-3に示すHTLV-1関連病変がある.まれにATLの合併例もある.
経過・予後
 一般的に緩徐進行性であるが,ときに急速に進行する例がある.
治療・予防・リハビリテーション
 比較的急速に症状が進行している例には,ステロイドホルモン大量投与,インターフェロン-α注射(保険適応あり)などを行う.合併症の治療,リハビリテーション,排便・排尿ケア,心理的サポートが重要である.新規治療法として,プロスルチアミン療法,フコイダン療法,バクロフェン髄注療法(ITB療法)などが試みられている.[中川正法]
■文献
白阪琢磨,他:抗HIV治療ガイドライン,厚生労働省,2012.http://www.haart-support.jp/guideline.htm
中川正法,上平朝子,他:HAARTとNeuroAIDS.日本エイズ学会雑誌,11: 81-91, 2009.
特集Ⅱ.HAM (HTLV-1 associated myelopathy). 神経内科,356-401, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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