日本大百科全書(ニッポニカ) 「レクイエム」の意味・わかりやすい解説
レクイエム
れくいえむ
requiem ラテン語
キリスト教において、死者のための典礼で歌われるミサ曲。わが国では「鎮魂曲」「鎮魂ミサ」などと訳されることがあるが、死者が天国へ迎え入れられるように神に祈る典礼のためであって、死者の霊を弔うものではないから、適切な呼称ではない。レクイエム(「安息」の意)の名は、このミサ曲の最初に歌われるイントロイトゥスの冒頭のことばに由来する。
楽曲としてのミサ曲は、中世以来20世紀に至るまで、〔1〕イントロイトゥス(入祭唱)、〔2〕キリエ(あわれみの賛歌)、〔3〕グラドゥアーレ(昇階唱)、〔4〕トラクトゥス(詠唱)、〔5〕セクエンツィア(続唱)、〔6〕オッフェルトリウム(奉納唱)、〔7〕サンクトゥス(感謝の賛歌)、〔8〕アニュス・デイ、〔9〕コンムニオ(拝領唱)の9章から構成されてきており、普通のミサで歌われる、グロリア、クレド、アレルヤは省かれている。しかし、1972年の改革の結果、現在ではセクエンツィアは歌われない。中世の間は、単旋律のグレゴリオ聖歌で歌われてきたが、15世紀後半以来、多声によるレクイエムが多数書かれるようになった。現存する最古の多声レクイエムは、15世紀の作曲家オケヘムによって作曲されたものである。以来、16世紀に至るまで多くの作曲家がこれを手がけたが、9章のうち、いずれかの章が多声化されない場合が普通だった。また、フランスやフランドル系の作曲家たちの作品では、グラドゥアーレとトラクトゥスの歌詞が一般のものと異なっている。17世紀以後は、それまでほとんど作曲されなかったセクエンツィアの多声化が目だつようになり、18世紀後半からは、モーツァルトの例にみられるように、充実した管弦楽を伴うものが多くなる。19、20世紀にも、ベルリオーズ、ベルディ、ブルックナー、サン・サーンス、フォーレ、ブリテンらによって、名作が多数書かれた。ブラームスのように、まったく別の歌詞による『ドイツ・レクイエム』の例もある。
[今谷和徳]