リン(燐)脂質(読み)りんししつ

改訂新版 世界大百科事典 「リン(燐)脂質」の意味・わかりやすい解説

リン(燐)脂質 (りんししつ)
phospholipid

複合脂質の一つで,リン酸エステルおよびホスホン酸エステルをもつ脂質の総称。ホスファチドphosphatideともいう。アルコールとして,グリセロールをもつグリセロリン脂質glycerophospholipid(またはphosphoglyceride)と,スフィンゴシンをもつスフィンゴリン脂質sphingophospholipidに大別される。リン脂質はいずれも極性のある脂質であり,遊離の状態でもわずかに存在しているが,生体膜の重要な構成成分となっている。グリセロリン脂質はリン脂質の70%以上を占めている。

 天然に存在しているグリセロールリン酸sn-グリセロール-3-リン酸と呼ばれる。グリセロリン脂質は,グリセロールの1,2位の水酸基に種々の脂肪酸のカルボキシル基エステル結合をし,3位の水酸基にリン酸がエステル結合をしている。この最も簡単なリン脂質はホスファチジン酸phosphatidic acidと呼ばれ,生体中には少量しか含まれないが,生合成の中間体としては重要である。ふつうのグリセロリン脂質ではリン酸にさらに多種のアルコール(コリン,セリン,エタノールアミン,グリセロール,イノシトールなど)がエステル結合している。高等動植物に最も多いグリセロリン脂質は,ホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)であり,つづいてホスファチジルセリン(PS),ホスファチジルイノシトール(PI),ジホスファチジルグリセロール(カルジオリピン)などがある。これらはいずれも生体膜の構成成分である。

 これらのリン脂質はリン酸基とともに種々の電荷をもっており,膜の機能に重要であろうと考えられている。すなわちPE,PCでは全体としては中性の両イオン性分子であるが,PS,PIは酸性リン脂質である。組織中に存在するリン脂質は,1,2位に種々の脂肪酸が結合するために一群の分子種の混合物になっている。脂肪酸の炭素数は一般に偶数で14~24。PCでは通常,1位にパルミチン酸ステアリン酸,2位にリノレン酸などの炭素数18の不飽和脂肪酸が多く,PEでは2位には長鎖の不飽和脂肪酸が多い。PIでは1位はほとんどステアリン酸,2位がアラキドン酸である。このように2位には不飽和脂肪酸が多い。

 プラズマローゲンplasmalogenは,ふつうのグリセロリン脂質と異なり,1位の脂肪酸エステル結合のかわりにα,β不飽和のエーテル結合をした長い脂肪鎖をもっている。極性基にエタノールアミンをもつものが最も多く,この脂質は筋肉や神経細胞の膜にとくに多い。

 純粋なグリセロリン脂質は蠟状の固体であり,空気にさらされると多不飽和脂肪酸成分が過酸化物を生じ,重合体を形成して色がついてくる。水を少量含んだ有機溶媒にはよく溶け,細胞や組織からはよくクロロホルム-メチルアルコール混合液を用いて抽出される。水に溶かすと大半はミセルを形成する。

 グリセロール誘導体ではないもう一つのリン脂質はスフィンゴミエリンsphingomyelinである。これはスフィンゴシンと呼ばれる長い不飽和炭化水素鎖をもつアミノアルコールの誘導体である。アミノ基に脂肪酸がアミド結合してできたセラミドの第一アルコールにホスホリルコリンかまたはホスホリルエタノールアミンがエステル結合をした構造をもつ。高等動物の組織に多く含まれている。

グリセロリン酸は温和なアルカリ処理によりセッケンとグリセロール-リン酸-アルコール部分とに分解される。強アルカリ処理を行うと頭部のアルコール部分も分解され,グリセロールリン酸を生じる。生体内ではリン脂質は活発に代謝されているが,分解はタンパク質などと異なり,分子のおのおのの部分でその代謝回転の速度は異なっている。この過程には種々の特異性をもつリパーゼが重要な役割を担っている。例えばホスホリパーゼA2はグリセロリン酸の2位のエステルを加水分解し,リゾホスホリピドを生じるが,この物質はさらに分解されるか,アシルCoAからアシル基転移酵素によって別のリン脂質に変化させられる。種々のホスホリパーゼの作用部位をPCを例にとって図5に示す。A1は1位の脂肪酸基を,A2は2位の脂肪酸基を特異的に除去する。ホスホリパーゼCはリン酸とグリセロール間の結合を加水分解し,植物に含まれるホスホリパーゼDは極性頭部を除き,ホスファチジン酸を生成する。

 リン脂質は血清や胆汁には遊離の形で存在するが,その大半は膜に存在している。これはリン脂質は極性をもつ脂質であるために,水中では疎水性の長鎖脂肪酸基を内部に,親水性の極性頭部を表面に会合して集合ミセルが二分子膜をつくる性質に基づいている。生体膜の約40%が脂質であり,その大半はリン脂質で占められている。したがってこの脂質の膜の基本構造を与えている点できわめて重要である。

 特殊な例ではリン脂質が直接生理作用をもつことが知られている。1,2位にパルミチン酸を結合したリン脂質は,肺が機能するためにつねに分泌されている。この脂質は表面活性物質とよばれ界面活性作用をもち,肺胞を取り巻く液層の表面張力を下げることにより無気肺になるのを防いでいる。胆汁や血清中ではリン脂質はコレステロールを溶かし,運搬する役目をもっており,したがってリン脂質の合成低下は,コレステロール結石や胆石の原因となる。
脂質
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百科事典マイペディア 「リン(燐)脂質」の意味・わかりやすい解説

リン(燐)脂質【りんししつ】

リンを含む複合脂質。ホスファチド,ホスホリピドとも。レシチン(ホスファチジルコリンとも),ホスファチジルエタノールアミン,ホスファチジルセリン,ホスファチジルイノシトール,ジホスファチジルグリセロール(カルジオリピンとも)などのグリセロリン酸誘導体(グリセロリン脂質)と,スフィンゴミエリンなどのスフィンゴシンリン酸誘導体(スフィンゴリン脂質)に大別される。ミトコンドリア膜,原形質膜などの生体膜の基本成分で,物質の能動輸送,各種代謝,シグナル伝達などに重要。グリセロリン脂質から脂肪酸が1分子はずれたものをリソリン脂質といい,強い溶血活性を示す。
→関連項目アラキドン酸ケファリン高脂血症脂質

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世界大百科事典(旧版)内のリン(燐)脂質の言及

【リン(燐)】より

… なお,黄リンは皮膚に触れると火傷を起こし,毒性が強いのでゴム手袋,ピンセットなどで取り扱い,水中,暗所に保存する。【漆山 秋雄】
[生体とリン]
 リンは生体の必須構成元素の一種で,生体内ではほとんどがリン酸として存在し,核酸リン脂質,リンタンパク質,その他の化合物となり,さまざまな機能を果たす。核酸中ではリン酸ジエステルとして,糖とともにポリヌクレオチド鎖の骨格を形成する。…

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