リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(読み)りぷろだくてぃぶへるすらいつ(英語表記)reproductive health/rights

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
りぷろだくてぃぶへるすらいつ
reproductive health/rights

性と生殖に関する健康と権利。リプロダクティブ・ヘルス/ライツということばは、1994年9月にエジプトカイロで開催された国際人口・開発会議で採択された行動計画(通称、カイロ行動計画)で定義された、リプロダクティブ・ヘルス(生殖に関する健康)およびリプロダクティブ・ライツ(生殖に関する権利)に由来する。これら二つのことばを外務省スラッシュ(「/」の記号)で併記したものである。リプロダクティブ・ヘルス/ライツには、「セクシュアルsexual」(「性の」の意)ということばが入っていないが、後述するように、リプロダクティブ・ヘルスは、セクシュアル・ヘルス(性に関する健康)も含んでいるので、日本では「性と生殖に関する健康と権利」と訳され、解されている。

 カイロ行動計画によると、リプロダクティブ・ヘルスは、人間の生殖システム、その機能と過程のすべての側面において、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることとされている。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子供を産むか産まないか、何人産むかを決める自由をもつことを意味する。さらに、個人の生と個人的人間関係の高揚を目的とする性に関する健康(セクシュアル・ヘルス)も含むとされている。

 また、リプロダクティブ・ライツは人権の一部をなし、すべてのカップルと個人が、(1)自分たちの子供の数、出産間隔、ならびに出産する時期を責任をもって自由に決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利、(2)最高水準の性に関する健康およびリプロダクティブ・ヘルスを得る権利、(3)差別、強制、暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行える権利からなっている。なお、1995年の第4回世界女性会議で策定された北京(ペキン)行動綱領は、カイロ行動計画と同じ定義をし、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを女性の権利としている。

 リプロダクティブ・ヘルス/ライツの概念が出てきた背景には、1960年代の第二波フェミニズム運動がある。リプロダクティブ・ライツは、次の二つの流れによる運動から生まれた。一つの流れは、欧米で、それまで国家により禁止されてきた妊娠中絶に対する女性の自己決定権を求める主張が、より広い視野にたって、リプロダクティブ・フリーダムを獲得する運動に発展した。もう一つの流れは、人口爆発に対する人口管理政策において、南半球に多い貧困な開発途上国の女性へ不妊手術や有害な避妊薬の使用等が行われており、このような人口管理政策に反対する当該地域の女性たちによる主張が、「リプロダクティブ・ライツ」獲得運動につながっていった。他方、リプロダクティブ・ヘルスの概念が出てきた背景には、女性の身体を対象とした生殖技術および生殖補助医療の問題があった。女性が自分の体をコントロールするという考えが女性運動の核となり、1980年代に入り、性と生殖活動と生殖器官に関する健康を「リプロダクティブ・ヘルス」と総称するようになる。また、リプロダクティブ・ヘルスは、それまで縦割りの行政構造のなかでばらばらに対処されていた家族計画・母子保健と、性感染症・HIV感染によるエイズを含む他の生殖に関する健康問題とを連携させた包括的なアプローチを目ざしている。

 リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する問題として、中絶の問題がある。カイロ行動計画のリプロダクティブ・ヘルス/ライツには、出産調節その他の情報提供を受ける権利が含まれているが、一部のカトリック諸国の反対があったことから、中絶を必然的に含むことのない用語を用いることにより、リプロダクティブ・ヘルス/ライツが定義された。したがって、これに中絶が含まれるかどうかは、各国法制にゆだねられることとなった。

 日本では、1948年(昭和23)に「優生保護法」が制定され、優生思想に基づき、妊娠の継続または分娩(ぶんべん)が、身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがあるなど、一定の場合に一定の期間における中絶を認めた。同法は、1996年(平成8)6月に改正され、優生思想を反映した部分が削除され、法律名も「母体保護法」となったが、中絶に関する規定の主語が「医師」となっていて、女性の自己決定権の視点を欠いているなど、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの考え方を反映していないと指摘されている。

 1999年に施行された男女共同参画社会基本法に基づいて策定される男女共同参画基本計画(以下「基本計画」という)は、最初の基本計画(2000年12月閣議決定)から第4次基本計画(2015年12月閣議決定)に至るまで、施策の基本的方向として「生涯を通じた女性の健康支援」を掲げている。その基本的考え方として、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点」の重要性を指摘している。

[神尾真知子 2016年4月18日]

『厚生省編『厚生白書 平成7年版 医療――「質」「情報」「選択」そして「納得」 平成6年度厚生行政年次報告』(1995・厚生労働問題研究会)』『外務省監訳『国際人口・開発会議「行動計画」――カイロ国際人口・開発会議(1994年9月5-13日)採択文書』(1996・世界の動き社)』『田中由美子・大沢真理・伊藤るり編著『開発とジェンダー――エンパワーメントの国際協力』(2002・国際協力出版会)』『谷口真由美著『リプロダクティブ・ライツとリプロダクティブ・ヘルス』(2007・信山社)』

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百科事典マイペディア の解説

リプロダクティブ・ヘルス/ライツ

性と生殖に関する健康・権利。1994年のカイロの国連会議(国際人口・開発会議)で国際的承認を得た考え方で,女性が身体的・精神的・社会的な健康を維持し,子どもを産むかどうか,いつ産むか,どれくらいの間隔で産むかなどについて選択し,自ら決定する権利のことをいう。この権利が保障されるためには避妊・性病・エイズなどに関する情報提供や,女性クリニックの設置などの環境づくりが必要であるが,世界にはこのような条件の調っていない国や地域が大半である。日本の優生保護法(1948年制定)は優生思想に基づく差別的な法律で1996年に母体保護法と名を改めたが表面的な改正にとどまり,不妊手術や中絶の際に配偶者の同意が必要であったり,同法で定められた以外の理由で中絶した場合には中絶した女性のみに堕胎罪が科せられるなど,いまだ女性の自己決定権が認められておらず,抜本的な改正を望む声が上がっている。
→関連項目家族計画産児制限運動受胎調節男女共同参画会議母性保護

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