リヒテンシュタイン(英語表記)Liechtenstein

翻訳|Liechtenstein

精選版 日本国語大辞典 「リヒテンシュタイン」の意味・読み・例文・類語

リヒテンシュタイン

(Liechtenstein) 中部ヨーロッパスイスオーストリアの間にある立憲君主国。正式名称リヒテンシュタイン公国。アルプス山中の渓谷に位置し、農牧業を主とする。一七一九年シェレンブルク公領・ファドゥーツ公領が統一して成立。神聖ローマ帝国ライン同盟ドイツ連邦に属してのち一八六六年に独立永世中立国。住民はドイツ系で、ローマ‐カトリック教を信仰する。首都ファドゥーツ。

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改訂新版 世界大百科事典 「リヒテンシュタイン」の意味・わかりやすい解説

リヒテンシュタイン
Liechtenstein

基本情報
正式名称=リヒテンシュタイン公国Fürstentum Liechtenstein 
面積=160km2 
人口(2003)=4万人 
首都=ファドゥーツVaduz(日本との時差=-8時間) 
主要言語=ドイツ語 
通貨=スイス・フランSwiss Franc

ヨーロッパ中部,アルプス山中に位置する国。永世中立国。東はオーストリアに,北,西,南はスイスに接する。

南北25km,東西10kmほどの小さな国で,国土の西半部は西部国境をなすライン川東岸の狭長な谷底平野(標高400~500m),東半部は丘陵,山地となっている。東部から南部にかけての国境地帯には2000m級の高峰がそびえる。平野部の気候は比較的温和で,1月の平均気温は0℃をやや下回るくらい,7月のそれは17℃前後,年平均降水量約800mmである。住民はドイツ系で,ドイツ語の一方言を話し,90%以上がカトリック教徒。

リヒテンシュタイン公国は,1719年に現在の首都のファドゥーツと北部のシェレンベルクの二つの公領が,リヒテンシュタイン家のもとに統一されて誕生した。1806年の神聖ローマ帝国崩壊まではその一員で,以後15年まではナポレオンの保護下にライン同盟に加わった。ナポレオン失脚後の15年から66年まではドイツ連邦に属し,66年に独立した。翌67年に永世中立国を宣言して国際的に認められ,68年から軍隊を保有していない。

 1918年まではオーストリアと同盟を結んで密接な関係にあったが,以後はスイスとの関係が強くなった。スイスとの間では,通貨制度や郵便,電信,電話制度を統一したり,関税同盟を結んだりしており,外交もスイスを通じて行われる。国連には90年加盟。92年ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)加盟。95年ヨーロッパ経済地域(EEA)への加盟が国民投票によって承認された。

政体は立憲君主制で,1921年制定の憲法では一院制の国会(定員25,任期4年)が定められている。国会は首相以下5人の閣僚からなる内閣を指名し,元首である大公がこれを任命する。政党には祖国同盟,進歩市民党があり,拮抗した勢力を保持している。国会議員の選挙は,かつての公領(ファドゥーツ,シェレンベルク)に対応する二つの選挙区に分かれて,比例代表制で行われる。

 1984年までは国政への参政権が20歳以上の男子にしか認められず,1971年にスイスで婦人参政権が認められてからはヨーロッパで唯一つ婦人に参政権のない国であった。1971年と73年に婦人参政権の是非を問う,男子のみの国民投票が行われたが,2度とも拒否された。しかし76年の憲法改正により,地方政治のレベルで婦人の参政権が認められ,84年の国民投票で,国政への参政権も認める憲法改正が承認された。1938年に即位して以来,長く大公の座にあったフランツ・ヨーゼフ2世が89年に83歳で死去し,長男ハンス・アダム2世として跡を継いだ。

第2次大戦までは国民の多くが農牧業に従事する貧しい国であったが,戦後はすっかりその様相を変え,現在では工業国になった。農牧業に従事する人は労働力人口の約3%(1988)にすぎない。工場の規模は大きくないものの,金属,機械,精密機器,化学,医薬品,家具,室内装飾品などの部門で,品質のすぐれた製品を生産している。なかでも義歯の優秀なことは有名で,100ヵ国以上に輸出されている。国内市場が狭いため,これらの製品のほとんどは,スイス,EU諸国など,ヨーロッパを中心に輸出される。このような戦後の工業化を支えたのは,近隣のスイス,オーストリア,ドイツなどからの熟練労働者であって,この国の総人口の約3分の1を占める外国人居住者の多くは,これらの労働者である。

 そのほかの外貨獲得源としては,観光と切手発行による収入がある。また法人税がひじょうに安いため,外国企業の名目上の本社,事務所が多く置かれている。

 パリとウィーンを結ぶ鉄道がこの国を横断しているが,国内交通はよく整備された道路による。飛行場はない。
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百科事典マイペディア 「リヒテンシュタイン」の意味・わかりやすい解説

リヒテンシュタイン

◎正式名称−リヒテンシュタイン公国Principality of Liechtenstein。◎面積−160km2。◎人口−3万6000人(2011)。◎首都−ファドゥーツVaduz(5200人,2011)。◎住民−ほとんどがドイツ系。◎宗教−カトリック80%,プロテスタント8%。◎言語−ドイツ語(公用語)。◎通貨−スイス・フランSwiss Franc。◎元首−大公,ハンス・アダム2世Hans Adam II(1945年生れ,1989年11月即位)。◎首相−アドリアン・ハスラー(2012年3月就任)。◎憲法−1921年10月制定,2003年改正。◎国会−一院制(定員25,任期4年)。2013年2月選挙結果,進歩市民党10,祖国連合8,自由リスト3ほか。◎GNP−34億7700万ドル(2005)。◎1人当りGNI−4万3486ドル(2005)。◎農林・漁業就業者比率−2%(1997)。◎平均寿命−男68.4歳,女79.4歳(2005)。◎乳児死亡率−6.2‰(2005)。◎識字率−100%。    *    *ヨーロッパ中部,アルプス山中のスイスとオーストリアに囲まれた公国。西部国境をライン川が流れ,北部は低地,南部には標高2000m以上の山地がある。小麦・ブドウの栽培,牧畜が行われ,金属加工,絹織物,皮革などの工業もある。収集家むけの郵便切手発行が重要な国家財源となっている。 1719年神聖ローマ皇帝が二つの公領を併合してリヒテンシュタイン家に与えたのが現在の公国の始まりで,神聖ローマ帝国の一員であった。1806年の帝国崩壊後,ナポレオンの保護下ライン同盟に参加し,1815年からはドイツ連邦に加わった。ドイツ連邦が解体した1866年独立し,翌年永世中立を宣言した。1918年まではオーストリア関税同盟に組みこまれていたが,それ以後はスイスとの関係を強めている。スイスに外交を委任し,郵便・電信などもスイスが代行している。1990年国連に加盟,2004年5月EUに加盟した。2004年8月元首ハンス・アダム2世は,実権をアロイス皇太子に委譲。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リヒテンシュタイン」の意味・わかりやすい解説

リヒテンシュタイン
Liechtenstein

正式名称 リヒテンシュタイン侯国 Fürstentum Liechtenstein。
面積 161km2
人口 3万9200(2021推計)。
首都 ファドゥーツ

ヨーロッパ中部,スイスとオーストリアの国境沿いにある立憲君主国。国土は南北に細長く,ライン川右岸に沿った三角形の谷底平野と比較的広い高原部とからなる。住民の大部分はドイツ系で,ドイツ語の方言を話し,カトリックが多い。この地方は,中世以降神聖ローマ帝国に属した。 1719年にシェレンベルクとファドゥーツの2貴族領がリヒテンシュタイン家のもとに統一され,ライン連邦,ドイツ連邦を経て 1866年に独立,翌年に永世中立国となった。第1次世界大戦まではオーストリアと密接な関係にあったが,第1,第2次世界大戦中はドイツ軍に占領され,第2次世界大戦後はスイスとの関係が深くなった。国防と外交権をスイスに委任し,関税同盟を結び,スイスの通貨を用いている。郵便事業もスイスの管理下にあるが,国家歳入のかなりの部分を,美しい郵便切手の売り上げに依存している。 1990年国際連合加盟。産業は農業が主体で,穀物,ブドウその他の果樹栽培のほか牧畜,酪農も盛ん。織物,陶器,皮革などの工業も行なわれている。ヨーロッパ諸国から訪れる観光客も多い。

リヒテンシュタイン
Liechtenstein, Johann I Joseph, Fürst von und zu

[生]1760.6.26. ウィーン
[没]1836.4.24. ウィーン
オーストリアの軍人。トルコ戦争 (1788~91) ,ナポレオン戦争 (99~1814) に参加。アウステルリッツの戦い (05) では連合軍の退却を援護した。 1820年元帥。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「リヒテンシュタイン」の解説

リヒテンシュタイン
Liechtenstein

オーストリアとスイスとの間にある小公国。神聖ローマ帝国直属の公国であったが,1806年その解体とともにライン同盟に属した。ナポレオン没落後はドイツ連邦に属し,北ドイツ連邦の成立とともに67年独立。ただし1918年までオーストリアと,以後はスイスと関税同盟を結び,共通経済圏を形成。2度の世界大戦では中立を守った。

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