リスト(Benjamin List)(読み)りすと(英語表記)Benjamin List

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

リスト(Benjamin List)
りすと
Benjamin List
(1968― )

ドイツの有機化学者。フランクフルトアムマイン生まれ。1993年ベルリン自由大学卒業、1997年ヨハン・ウォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン(フランクフルト大学)で博士号取得後、渡米し、スクリプス研究所で博士研究員として研究を始めた。1999年スクリプス研究所の助教授就任。2003年にドイツに帰国し、マックス・プランク石炭研究所教授となった。2005年からマックス・プランク石炭研究所所長。2005年(平成17)学習院大学客員教授。2018年から北海道大学化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD(アイクレッド))の主任研究者、2020年(令和2)から同大学特任教授となった。

 身の回りの医薬品、化学製品などの多くは、化学合成によってつくられる。その化学合成に欠かせないのが、自らは構造を変えず、化学反応を促進する触媒である。化学合成でつくられる物質のうち、右手左手のように、鏡に映すと同じように見えても、面対称となり実像は重ならないような化合物は「鏡像異性体」とよばれ、どちらか一方を選択的に合成することが求められる。鏡像異性体は、構造は似ているが、性質はまったく異なっていて、どちらか一方は有益であるが、他方は生体に有害になることが少なくないからである。鏡像異性体のどちらか一方を選択的に合成することを「不斉合成」とよび、それに用いる触媒(不斉触媒)をどう選ぶかが注目されていた。リストは、この不斉触媒の研究で、従来にない画期的な成果をあげた。

 1990年代まで、不斉触媒は、生体内で作用する酵素(タンパク質)と、金属錯体を用いた触媒(金属触媒)しかなかった。何百ものアミノ酸が連なる酵素は、生体内で、安全に化学合成にかかわり、生体分子をつくりだすが、人工的につくるのはむずかしかった。一方、金属触媒は人工的には製造しやすいが、湿気酸素に弱く、産業化には大量の重金属を使うため、廃棄する際には環境に有害になるという欠点があった。

 これを解消したのが、リストらである。金属触媒と同じ働きをもち、金属を使わない「有機触媒」を開発し、2000年2月に発表した。リストはもともと、タンパク質の一種で、生体内の免疫反応に関係する「抗体触媒」に着目し、別々の分子の炭素結合を促す「アルドール反応」の研究を行っていた。巨大なタンパク質である抗体が、触媒として作用する際、反応を促すのはほんの一部であることをつかみ、抗体の結合部位にあるアミノ酸「プロリン」に着目。さまざまな実験を続けた結果、プロリンは、アルドール反応だけでなく、不斉合成にも有効な触媒であることをつきとめた。実は1970年代に、プロリンが不斉触媒になる可能性を示唆した論文はあったが、その後、研究がされなかった。プロリンは、金属触媒や酵素に比べ、構造が簡単で、製造しやすく、安価で環境にやさしいという利点がある。合成反応の工程を著しく短縮させ、多くの医薬品、化学物質の合成に応用されている。

 ほぼ同時期の2000年1月に、アメリカのプリンストン大学教授(当時)のデービッド・マクミランらも同様に、金属を含まない新たな不斉触媒「有機分子触媒organocatalysis」を開発し、発表した。二人の研究成果の発表以降、不斉有機触媒の研究は広がり、産業界でも化学製品、医薬品、農薬などの製造に幅広く使われるようになった。たとえば、抗インフルエンザ治療薬「タミフル」や、エイズ治療薬、抗うつ剤などの合成で、従来より少ない工程で製造されている。

 2009年トムソン・ロイター引用栄誉賞、2013年有機合成化学分野で、新しい方法論を開拓した研究者を顕彰する向山(むかいやま)賞、2016年ゴットフリート・ウィルヘルム・ライプニッツ賞を受賞、2018年ドイツ科学アカデミー会員となった。2021年「不斉有機触媒の開発」に貢献したとしてマクミランとともに、ノーベル化学賞を受賞した。

[玉村 治 2022年2月18日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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