ラテンアメリカ音楽(読み)らてんあめりかおんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラテンアメリカ音楽」の意味・わかりやすい解説

ラテンアメリカ音楽
らてんあめりかおんがく

一般には、メキシコ以南の中米・南米諸国の音楽をいう。日本ではラテン音楽中南米音楽、あるいはフォルクローレとよばれることもある。ただし、日本語でフォルクローレというときは、南米のスペイン語圏国の音楽に限定してさす場合もある。

[田井竜一]

特色

多種多様なラテンアメリカ音楽の特色をひとことでいえば、「融合」の音楽ということができよう。すなわちそれは、先住民であるインディオ、16世紀以来この地に進出してきた白人、アフリカから労働力として連れてこられた黒人の三様の音楽が長い年月を経て、さまざまに融合した結果生まれてきた独自の音楽なのである。また、人々の暮らしに根づいた音楽として伝承されているものもある一方、作詞作曲された都会的な性格のものも多く、両者の差が本質的にあまりないことも特色としてあげることができよう。

 さらに、単に一地域の音楽としてではなく、まさにコスモポリタンな音楽として、全世界の音楽界に多大な影響を与え続けてきたことを強調しなければならない。たとえば過去における、ハバネラhabanera、タンゴtango、ルンバrumba、サンバsamba、サルサsalsa、マンボmambo、メレンゲmerengue、レゲエreggaeなどの世界的流行は、そうした例の一端である。今日、とくにポピュラー音楽の世界においては、ラテンアメリカ音楽の影響を受けていないものを探し出すほうがむずかしい状況である。1990年代には、キューバのベテラン・ミュージシャンたちによる『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(アルバムおよび映画)の世界的ヒットにより、キューバ音楽がふたたびブームになるなど、ラテンアメリカ音楽は世界の音楽界につねに刺激を与えている。

[田井竜一]

担い手とその音楽

現在のラテンアメリカ音楽の担い手は、インディオ、およびインディオと白人との混血であるメスティソ、黒人、および黒人と白人との混血であるムラート、中南米生まれの白人であるクリオーリョである。

 現在純粋なインディオの音楽は一部の地域にしか伝承されていないが、そこには半音のない五音音階や2拍子系のリズム、反復の多い旋律、曲の進行とともに速くなるテンポ、とくにアンデス地方におけるインカ時代の音楽の系統を引く叙情歌曲ヤラビyaraviや、2/4拍子系の舞曲ウァイニョhuaiñoの形式など、伝統的な要素をみいだすことができる。

 メスティソの音楽は、スペイン、ポルトガルの都会的大衆音楽とインディオの音楽が融合・発展した音楽である。3/4拍子と6/8拍子の複合形が特徴的で、アルゼンチンのビダーラvidalaやチリのトナーダtonadaといった叙情歌、メキシコのソンsonやペルーのサマクエカzamacueca、コロンビアのバンブーコbambucoといった舞曲などもこうしたリズムによっている。またそのほかの特色として、甘美さ・情熱に加えて哀愁も感じさせる旋律、平行3度のハーモニー感覚、スペイン伝来の韻律法、ギター類の多用などがあげられる。

 黒人本来の音楽としては、ハイチやキューバにブーズー教儀式の音楽が伝承されている。しかし黒人ないしムラートの音楽の最大の貢献は、シンコペーションの多い2拍子系の舞曲ないしはリズムを多数生み出してきたことであろう。ブラジルのサンバやキューバのハバネラ、ドミニカのメレンゲやパナマのタンボリートtamboritoなどはそうしたものの一例である。それらのなかには、ラテンアメリカ以外の地域にも広く知れ渡るようになったものも多い。またこうしたリズムを使用した、打楽器によるアンサンブルも特筆すべきものである。

 クリオーリョの音楽としては、キューバの語物(かたりもの)的歌謡グァヒーラguajira、ブラジル・アマゾン川流域の田舎(いなか)町で歌われる歌謡セルタネージャsertaneja、アルゼンチン、チリ、ベネズエラなどに伝承されているヨーロッパ的な旋律をよく保存した農作業や牧畜の歌などがあげられる。

 以上、担い手別にあげてきたが、前述のようにこれらの音楽は孤立して存在しているのではなく、互いに影響し合いながら今日の豊かなラテンアメリカ音楽を生み出してきたのである。

[田井竜一]

楽器

現在使用されている楽器のうち、インディオが本来もっていたと思われるものに、カーニャという植物でできた尺八式吹口(ふきぐち)の縦笛ケーナquena、同じくカーニャ製のリコーダー式吹口をもった縦笛ピンクージョpinkullo、木製の縦笛タルカtarka、パンパイプスのシークsiku(あるいはアンタラantara)、木の幹をくりぬいた大形両面鼓のボンボbombo、手首から吊(つ)るしてたたく小形太鼓のカーハcaja(あるいはティンヤtinya)、マラカスmaracas類などがある。ヨーロッパから伝えられた楽器が改良・工夫されて使用されているものとしては、さまざまな種類のギター(特殊なものとして、アルマジロの甲らを共鳴胴に使用した複弦小形のチャランゴcharangoがある)、小形ハープのアルパarpaなどがある。また黒人系の楽器としては、中米でよく使用される木琴の一種マリンバmarimbaやギロgüiro、コンガcongaなどのさまざまな打楽器類をあげることができる。そのほか、バイオリン、トランペット、アコーディオンなどの西洋楽器も使用される。

[田井竜一]

新しい歌

1960年代以降ラテンアメリカ諸国において、「新しい歌(ヌエバ・カンシオン)」nueva canciónとよばれるジャンルの音楽が注目を浴びるようになってきた。これは、かならずしも恵まれているとはいえないラテンアメリカ諸国の政治・社会的現実を直視し、民衆へのメッセージを歌い込んでいこうとするものである。代表的歌手として、チリのビクトル・ハラVictor Jara(1938―73)やアルゼンチンのメルセデス・ソーサMercedes Sosa(1935―2009)らをあげることができる。彼らの歌は単なる政治的プロパガンダを超えた人間性にあふれたものであり、ラテンアメリカのみならず全世界の人々に共感を与えている。

[田井竜一]

『浜田滋郎著『エル・フォルクローレ』(1980・晶文社)』『浜田滋郎他著『事典 ラテン・アメリカの音楽』(1984・冬樹社)』『竹村淳・河村要助著『ラテン音楽パラダイス』(1992・日本放送出版協会)』『「ラテンアメリカの音楽と楽器」編集委員会編『ラテンアメリカの音楽と楽器』(1995・NHKきんきメディアプラン)』『東琢磨編『カリブ・ラテンアメリカ 音の地図』(2002・音楽之友社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ラテンアメリカ音楽」の意味・わかりやすい解説

ラテン・アメリカ音楽 (ラテンアメリカおんがく)

日本では俗に,ラテン音楽,中南米音楽ともいう。アメリカ大陸にスペイン,ポルトガル,フランスなどのヨーロッパ人が入り込み,さらに彼らが奴隷として使役するためにアフリカ人を連れて来て,先住民(インディオ)の音楽,ヨーロッパ音楽,アフリカ音楽の3者がさまざまに衝突し融合し,ラテン・アメリカ音楽と総称される数多くの音楽型式を作り上げてきた。そしてこれは,メスティソ系とムラート系の二つのグループに大別することができる。

 メスティソ系のラテン・アメリカ音楽とは,先住民の音楽とヨーロッパの音楽との衝突と融合で生じたもので,国別では,メキシコ,ペルー,チリ,アルゼンチン,ボリビア,パラグアイなどの音楽がこれに属する。コロンビア,ベネズエラ,ブラジルにはメスティソ系とムラート系が共に存在し,キューバ,ドミニカ,プエルト・リコなどカリブ海地域は,ムラート系が主体であるがメスティソ系も存在する。メキシコ,アルゼンチンなどのメスティソ音楽はややヨーロッパの要素が強く,ギターが楽器の中心となり,民俗舞踊と結びついた6/8拍子のリズムをもつものが多い。それに比べて,ペルー,ボリビアなどアンデス高原地域には先住民の伝統が残存し,ケーナと呼ばれる笛などスペイン侵入以前のなごりをとどめる楽器がいまだに使われたり,ときにケチュア語,アイマラ語など先住民の言語で歌われたりする例も少なくない。

 こうしたメスティソ系の音楽に対し,ムラート系のラテン・アメリカ音楽は,ヨーロッパの音楽とアフリカの音楽との衝突もしくは融合によって形成された。カリブ海の島々およびパナマ,コロンビア,ベネズエラ,ブラジルの海岸部に分布し,ペルーやエクアドルなどの一部にもみられる。ヨーロッパから伝えられたギターも盛んに用いられるが,アフリカ人の伝統である打楽器(太鼓,がらがら,鉦などの類)がビートのかなめとなり,2/4拍子のリズムのものが多い。ムラート系の音楽も踊りと結びついている例がほとんどだが,一般にメスティソ系の民俗舞踊が一定のフォーメーションをもち,音楽もそれに合わせて展開するのに対し,ムラート系のそれは踊り方が自由で即興的なため,音楽も即興の余地を残した2小節,4小節の単純なパターンの反復という形をとることがきわめて多い。この反復パターンの一つに〈コール・アンド・リスポンスcall-and-response pattern〉というのがある。これは独奏(もしくは独唱)者の自由な即興にゆだねられた2小節と,合奏(もしくは合唱)による一定の形をもつ2小節とが,交互に現れての反復である。ワーク・ソングの交互唱に源をもつように思われるこのパターンが,ムラート系の音楽の重要な特徴となっている。

 このように,メキシコ,キューバからアルゼンチン,チリまで非常に広範な地域に及ぶラテン・アメリカ音楽も,先住民の残存する地域と,先住民が滅ぼされた後にアフリカ人が導入された地域(カリブ海諸島と大西洋沿岸部)とに,おおまかに分けてとらえることができ,距離的には遠く離れているにもかかわらず,メキシコとアルゼンチンが類似点の多い音楽をもち,またキューバとブラジルが類似点の多い音楽をもつ。もちろん子細にみていくならば,ラテン・アメリカ各国の音楽はきわめて多種多様で,さらにそれぞれの国の音楽も千差万別である。また,複雑な歴史的展開と地域的な広がりからすれば,この多様さは当然のことであって,むしろそれにもかかわらず,この大陸全体の音楽に多くの共通性が存在するのを見落としてはならない。大陸全体に共通するものを要約して言うならば,大衆的なダンス・リズムの生命力ということになろう。その生命力は,何よりもラテン・アメリカ音楽の雑種性からきていると考えられる。

 メスティソ系にしろムラート系にしろ,雑種文化という点は同じである。互いに出自を異にする文化と文化との相克の結果として生まれた雑種文化は,根強い生命力と,また同時に強靱な大衆性を備えている。雑種文化は大衆の底辺に根づいてこそ育ちえた文化だからであって,ラテン・アメリカには独自のエリート文化というものは存在しない(ごく少数の植民地エリートがヨーロッパからの借物のエリート文化を享受しているのを除いて)。その大衆性と,雑種文化なるがゆえの国際性をもって,ラテン・アメリカ音楽は早くからヨーロッパやアジアにも浸透し,アフリカ音楽にさえ影響を及ぼしてきた。そして,アングロ・アメリカのムラート音楽ともいうべきジャズやロックとともに,今日の世界のポピュラー音楽の主流を占めるに至っている。
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