ヨウ(沃)素(読み)ようそ

改訂新版 世界大百科事典 「ヨウ(沃)素」の意味・わかりやすい解説

ヨウ(沃)素 (ようそ)
iodine

周期表第ⅦB族に属するハロゲン元素の一つで,ヨードともいう。天然には127Iのみが存在するが,多くの人工放射性同位体がある。1811年にフランスのクルトアB.Courtois(1777-1838)によって海藻灰中に存在することが見いだされた。クレマンF.ClémentとデゾルムJ.B.Desormesがその研究を委嘱され,またJ.L.ゲイ・リュサックも並行して詳細にその性質を研究し,塩素に性質がきわめて似た新しい元素であることを見いだした。気体が紫色を呈することから,ギリシア語のiōdēs(すみれ色)にちなんで命名された。天然には,海藻,海産動物中におもに有機化合物として存在するほか,チリ硝石中にヨウ素酸塩として含まれる。脊椎動物甲状腺チロキシンとして存在し,生理学的に重要な役割を果たしている。また油田かん(鹹)水中にも含まれる。

気体ではI2として存在し,I-I結合距離は2.663Å。液体は褐色を呈する。固体は紫黒色で,金属光沢をもつ鱗片状の結晶。斜方晶系と単斜晶系の二つの変態がある。揮発性で特異臭があり,昇華しやすい。蒸気は紫色。蒸気圧は20℃で0.1988Torr,100℃で45.89Torr。昇華熱は62.38kJ/mol(18℃),蒸発熱は62.26kJ/mol,融解熱は15.65kJ/mol,臨界温度は553℃。I2⇄2Iの解離反応は常圧では600℃から始まり,1500℃ではほとんど完全に解離する。ヨウ素の蒸気は光の照射により蛍光を放つ。標準電極電位I2(固体)+2e=2I⁻は0.536V(25℃)。水には10℃で0.2g/dm3程度溶けて褐色を呈する。塩素,臭素に比べてはるかに溶けにくいのは,ヨウ素原子間の共有結合が強いためである。ヨウ化ナトリウムNaI水溶液には10g/dm3溶解する。有機溶媒には可溶で,四塩化炭素,クロロホルムヘキサンなどに溶けて紫色,ベンゼン,トルエンなどの溶液では赤色,メチルアルコール,エーテルアセトンなどの溶液では褐色を呈する。紫色は分子状ヨウ素,褐色は溶媒和ヨウ素によるものと考えられている。化学的性質は塩素や臭素に類似しているが,酸化剤としての活性は小さい。水素とは高温で可逆的に反応する。H2+I2⇄2HI。酸素とは反応しないがオゾンとは作用して各種の酸化物を生ずる。酸化物としてはI2O,I2O3,I2O7,IO4,I2O4,I4O9,I2O5などが知られている。ハロゲン元素と反応し,ハロゲン間化合物(IF5,IF7,ICl,ICl3,IBrなど)を形成する。フッ素との反応はとくに激しい。ケイ素とは高温で反応し,四ヨウ化ケイ素SiI4を生ずる。白リンとは蒸気相または有機溶媒相中で反応し,P2I4,PI3などを生成するが,赤リンとは水がなければ反応しない。多くの金属と常温で反応する。酸化剤によりヨウ素酸に酸化される。酸素酸としてはこのほかに,次亜ヨウ素酸HIO(ヨウ素と水酸化アルカリ水溶液との反応によってその塩が得られる。I2+2KOH=KI+KIO+H2O),過ヨウ素酸(ヨウ素酸を電解酸化する)がある。過酸化水素と反応してヨウ化水素を生ずるが(H2O2+I2=2HI+O2),生じたヨウ化水素は再び酸化される(2HI+H2O2=I2+2H2O)。このため,ヨウ素の生成と酸素の発生は間欠的に行われる。水中では加水分解し,次亜ヨウ素酸を生じ,その逆反応と平衡している。

 H2O+I2=HIO+H⁺+I⁻

  K=4.6×10⁻13

また溶液中では次の平衡が成り立っている。

 I2+I⁻=I3⁻ K=1.4×10⁻3

 I2=I⁺+I⁻ K=1.9×10⁻5

イオン重合の開始剤として用いられるほか,医薬品,殺菌,防カビ剤,消毒防腐剤(ヨードチンキなど)などに用いられる。劇薬で,気密容器中に保存する。

古くは海藻を焼いた灰を水で浸出し,電気分解するか酸化マンガン(Ⅳ)と硫酸とを加えて酸化する方法がとられた。日本では工業的に地下かん水からヨウ素を採取するのに,ヨウ化カリウムを二クロム酸カリウムあるいは硫酸銅溶液で酸化する方法が用いられたこともあった。現在では主としてブローアウト法,イオン交換法などの方法がとられている。前者は,塩素を吹き込んで酸化してヨウ素を遊離させ,空気を吹き込んでヨウ素を空気相に移し,次に二酸化硫黄ガスでヨウ化水素に還元して水に吸収させ,再び塩素を通じて酸化してヨウ素を遊離させる方法である。後者では,塩素で酸化して遊離させたヨウ素イオンをイオン交換樹脂で吸着して,これを溶出,酸化して粗結晶を析出させる。粗製ヨウ素はヨウ化カリウムまたは酸化バリウムを加えてゆっくりと加熱し,昇華させて精製する。
執筆者:

ヨウ素には,質量数115から140に至るまで多数の同位体があり,127Iだけが安定で他はすべて放射性である。そのうち131Iは核分裂生成物であり,物理的半減期は8日であるが核分裂での収率が高いことから,原子力の放射線安全上注目されている核種である。すなわち,大気中の核実験では大量に,原子炉事故の場合にも多少なりとも一般環境中に放出される。環境中に放出された131Iは牛乳や野菜を通して人に摂取され,主として甲状腺に沈着する。人の甲状腺は成人で約20gと小さいため,単位摂取量あたりの組織線量は他の多くの元素より大きくなり,とくに乳幼児はこの傾向が強い。甲状腺が大量に放射線を被曝すると甲状腺癌になる確率が増大する。放射性ヨウ素の摂取に先だってあるいは摂取の数時間後までに,ヨウ化ナトリウム剤あるいはコンブのようなヨウ素を含む食品を摂取することは,放射性ヨウ素の体外排出促進に有効である。
執筆者:

ヨウ素は生体中に存在する微量元素の一種で,多様な生物中に存在する。植物(ヨウ化物として海藻などに含まれる)での役割は不明であるが,脊椎動物では必須で,甲状腺に多量に含まれ,チロキシンのような甲状腺ホルモン中に存在する。甲状腺ではヨウ素は貯蔵タンパク質チログロブリンのチロシン残基に結合しており,これがプロテアーゼの作用を受けると,ホルモンとして放出される。また,昆虫や甲殻類でも,タンパク質と化合物をつくり,主としてクチクラ層に局在する。
執筆者:


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百科事典マイペディア 「ヨウ(沃)素」の意味・わかりやすい解説

ヨウ(沃)素【ようそ】

元素記号はI。原子番号53,原子量126.90447。融点113.6℃,沸点184.35℃。ハロゲン元素の一つ。ヨードとも。1811年クルトアが発見。紫黒色,金属光沢ある鱗片状結晶。揮発性で特異臭があり,熱すれば昇華して紫色の蒸気となる。水にはわずかに溶け,有機溶媒にはよく溶ける。化学的性質は塩素,臭素によく似ているが両者に比べ反応性は穏やか。ヨウ化カリウム水溶液によく溶けて褐色を呈する。デンプンと作用してヨウ素デンプン反応を示す。ヨードチンキその他医薬品の製造,殺菌剤,消毒防腐剤などとして使用。分析試薬,イオン重合開始剤などとしても重要。天然には遊離の状態で存在せず,海藻,海産動物体中に有機化合物として含まれる。哺乳(ほにゅう)類の甲状腺にはチロキシンとして存在し,栄養上不可欠。ときにチリ硝石中にNaIO3の形で,また特定地方の地下水中にI(-/)の形で存在する。海水中には,ごく微量。日本では主として千葉県の地下鹹水(かんすい)より分離されるヨウ素を工業的に生産。ヨウ素には,質量数115から140に至るまで多数の同位体があり,127だけが安定で他はすべて放射性である。そのうちヨウ素131は核分裂生成物であり,物理的半減期は8日であるが核分裂での収率が高いことから,原子力の放射線安全上注目されている核種である。大気中の核実験や,チェルノブイリ原発事故や福島第一原発事故のような原発事故で,環境中に放出されたヨウ素131は水道水,牛乳,野菜などを通して人に摂取され,主として甲状腺に沈着する。人の甲状腺は成人で約20gと小さいため,単位摂取量あたりの組織線量は他の多くの元素より大きくなり,とくに乳幼児はこの傾向が強い。甲状腺が大量に放射線を被曝すると甲状腺癌になる確率が増大する。放射性ヨウ素の摂取に先だってあるいは摂取の数時間後までに,ヨウ化ナトリウム剤あるいはコンブのようなヨウ素を含む食品を摂取することは,放射性ヨウ素の体外排出促進に有効である。→安定ヨウ素剤
→関連項目チロキシン

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世界大百科事典(旧版)内のヨウ(沃)素の言及

【造影剤】より

…造影剤は,X線発見の翌年の1896年にはシュトラウスH.Straussが次硝酸ビスマス(塩基性硝酸ビスマス)などを用いて消化管造影を試み,1904年にはリーダーH.Riederによって胃X線検査の基礎が完成された。日本では昭和初期にトリウム(Th)系造影剤トロトラストが用いられたこともあるが,放射性物質であるため現在では用いられず,硫酸バリウム,ヨウ素,空気などが用いられている。 造影剤の条件としては,(1)周囲組織とのX線吸収差が大きいこと,(2)毒性がなく,副作用が少ないこと,(3)検査後,排出,吸収が迅速に行われること,(4)経口的に用いる場合は飲みやすいものであること,の4点が求められる。…

※「ヨウ(沃)素」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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