ヤモリ(読み)やもり(英語表記)gecko

翻訳|gecko

改訂新版 世界大百科事典 「ヤモリ」の意味・わかりやすい解説

ヤモリ (守宮)
gecko

爬虫綱有鱗目ヤモリ科Gekkonidaeに属する特殊な形態に分化したトカゲ類の総称。約670種が世界の熱帯,亜熱帯に広く分布し,一部が温帯に及んでいる。ほとんどが全長10cm前後であるが,熱帯アジア産のトッケイGekko geckoなどは全長約30cm,西インド諸島産のアンチルヒメヤモリ属Sphaerodactylusは全長約5cmである。樹皮の下など狭い空間で行動するヤモリ類の眼は,下まぶたが変形した1枚の透明なうろこで覆われて保護され,しばしば舌をのばして表面を掃除する。まぶたは固着して動かないが,トカゲモドキ類Eublepharinaeは上まぶたを閉じることができる。

 四肢が発達し,指もあしゆびも扁平で腹面には十数列のひだ状の指下板が並び,各板には無数の微細な毛状突起が密生している。1本の毛状突起は先端に向かっていくつも枝分れし,最先端がスパチュラspatulaと呼ぶ吸盤になっている。ヤモリ類が窓ガラスや天井板を走り回ることができるのは,これら無数のスパチュラの吸着作用によるが,毛状突起の形状や数は種によってさまざまである。また地上生のトカゲモドキ類やユビナガヤモリ属Cyrtodactylusなどでは,指が細長くてその腹面は吸盤状でない。

 日本に分布するヤモリは10~11種で,そのうち1種は指に吸盤のないクロイワトカゲモドキEublepharis kuroiwaeである。ヤモリ属の代表種であるニホンヤモリGekko japonicusは,本州,四国,九州,南西諸島および台湾,中国東部に広く分布し,福島県以南の日本各地でふつうに見られる。人家や周辺の林に集団で生活し,主として夜間に行動する。全長10~12cm,尾はその約半分。頭部は扁平で眼が大きく,明るいところで瞳孔を細く絞ると3~5ヵ所の小孔が縦に並ぶ。尾は自切しやすく,野外の個体には再生した尾をもつものが多い。樹皮や板壁の隙間をすみかとして昼間は隠れているが,夜には灯火の周辺に集まって昆虫,クモなどをとらえる。南西諸島にすむものは原則として野外の森林などにすみ,形態的にも違いがあって,中国南東部のエンザンヤモリG.hokouensisと同種に考えられることもある。年に1~2回産卵し,1回に2個を壁などにくっつけて産む。

 ニホンヤモリはほとんど声をたてないが,南西諸島の人家に集団ですみつく全長10cm前後のホオグロヤモリHemidactylus frenatusやオンナダケヤモリGehyra mutilataは,夜間チッ,チッ,チッと盛んに鳴き交わす。トッケイをはじめほとんどのヤモリ類はよく鳴き,爬虫類の中では本格的な発声をする唯一のグループとなっている。アフリカ南西部の砂丘に群生するサエズリヤモリPtenopus garrulusは,日没になるといっせいに鳴き始める。これはおそらく,群れの個体密度を調整する情報交換の手段であろうと考えられている。
執筆者:

ヤモリについて《和名抄》は蝘蜓,蜥蜴,蠑螈,竜子,守宮の名をあげ,和名を止加介とし,蘇敬(そけい)の〈常ニ屋壁ニ在ル故ニ守宮ト名ヅク也〉を付している。トカゲとの混同が見られるが,《類聚名義抄》は〈蝘蜓井モリ〉としており,《大和本草》はイモリを〈井中ニヲルユヘ,井モリト云〉とし,ヤモリについては〈守宮〉にイモリ,ヤモリ両方の読みを付し〈国俗ニヤモリト云,カベニヲル虫也……此血ヲ婦人ノ身ニヌレバヲチズ,婬事アレバヲツルト云,此故ニ宮中ヲ守ルト云意ヲ以,守宮ト名ヅク〉と記されている。また《医心方》巻二十六〈相愛方〉には守宮による浮気確認方〈験淫術〉がある。これには〈5月5日,もしくは7月7日に守宮を捕え,口をあけて丹を食わせ,腹の下が赤くなったら口が狭くて腹の大きいかめに入れて百日間かげ干しにする。少々とり出して磨りつぶし,女性のからだにつけると,拭いても一生とれない。だが,陰陽の事があればすぐに消える。そのため守宮という。雌雄,新たに交尾したもの3匹がよい〉と記す。この中国から伝わった秘術は平安王朝人の最大関心事の一つであったらしく,和歌にも盛んにうたわれた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤモリ」の意味・わかりやすい解説

ヤモリ
やもり / 守宮
gecko

爬虫(はちゅう)綱有鱗目(ゆうりんもく)ヤモリ科に属するトカゲの総称。この科Gekkonidaeの仲間は、トカゲ亜目のなかで特殊な形態に分化した一群で、約82属650種が世界の熱帯、亜熱帯に分布し、一部は温帯地方に及び、日本にはトカゲモドキを含み10種が生息する。ほとんどが全長10センチメートル前後の小形で、最大は南アジア産オオヤモリGekko geckoなどの全長約30センチメートル、最小は西インド諸島産アンチルヒメヤモリ属Sphaerodactylusの約5センチメートルである。ヤモリの特徴は眼瞼(がんけん)が固着して動かず、目は1枚の透明な鱗(うろこ)で覆われることで、この表面は、しばしば舌を伸ばして掃除される。また四肢の各指趾(しし)は扁平(へんぺい)で、裏側のひだ状指(趾)下板には無数の微細な毛状突起が密生している。各突起は先に向かっていくつにも枝分れし、最先端がスパチュラspatulaとよばれる吸盤になっている。ヤモリがガラス窓や天井を自由に走ることができるのは、これら無数の吸盤の作用によるもので、突起の形状は種によって違っている。また指下板は、本州から南西諸島に広く分布するニホンヤモリG. japonicusや四国北東部、岡山南部に分布するタワヤモリG. tawaensisのように1列のものや、南西諸島産ホオグロヤモリHemidactylus frenatusのように二分するものがある。そして地上性のユビナガヤモリ属Cyrtodactylusやトカゲモドキ亜科Eublepharinaeでは指が細長く、指下板は吸盤状になっておらず、またトカゲモドキの上眼瞼は閉じることができる。ニホンヤモリなど多くの種は人家や周辺の林に集団ですみつき、夜間に灯火の周りに集まって、昆虫類をとらえる。とくにオオヤモリは、その英名の由来であるトッケイという大きな鳴き声を夜間に連続してたてることで知られる。森林性のものは昼間でも行動し、チッチッチッという声でナキヤモリの別名をもつホオグロヤモリのように、日没後盛んに鳴き交わすものも多い。産卵は一度に2個ずつ、幹や壁のすきまにくっつけて産む。少数が卵胎生である。

[松井孝爾]

民俗

古代中国の『博物志』などには、ヤモリを用いた呪法(じゅほう)があげてある。守宮(やもり)を器に飼い、朱沙(しゅしゃ)を食わせ、体が赤くなって重さ7斤になったものを、杵(きね)でたたいてすりつぶし、それを女性の体につけると消えないが、淫事(いんじ)を行うと消えると記す。日本では平安時代後期、これを「ゐもりのしるし」という歌語に表すが、イモリとヤモリを混同したものである。江戸時代には、イモリの黒焼きは媚薬(びやく)という伝えも広く知られた。沖縄県には、釘(くぎ)付けにされた雄のヤモリに雌が食物を運び続けたという話があり、ヤモリは雌雄の仲がよいという。ヒンドゥー教では、ヤモリはシバ神がつくったと伝える。シバ神がサトウキビを18片に砕いて投げると、各片は虫になって蕃神(ばんしん)の周囲をはい回り、さらに48匹のヤモリに化した。ヤモリはカやハエを食し、有益であるが、その力もシバ神が与えた。また、ヒンドゥー教徒は、ヤモリの行動や鳴き声で未来を占うが、これもシバ神が霊力を授けたことによると伝える。

[小島瓔


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヤモリ」の意味・わかりやすい解説

ヤモリ
Gekko japonicus

トカゲ目ヤモリ科。体長 10~12cm。背面は灰色あるいは暗灰色で不規則な斑紋があり,環境に応じて体色が変る。四肢が発達し,指先は吸盤状になっている。東北地方以南の日本各地,台湾,中国などに分布する。おもに人家付近に現れ,夜間灯火の近くなどで昆虫類を捕食する。なおヤモリ科 Gekkonidaeは世界の熱・亜熱帯に約 700種ほどが分布している。大多数は森林にすみ,普通四肢の指先裏面に多数の微細な鉤状突起をそなえ,これが吸盤の役目を果し,木の枝,幹,ガラス面などを自由に歩行できるようになっている。

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百科事典マイペディア 「ヤモリ」の意味・わかりやすい解説

ヤモリ

爬虫(はちゅう)類ヤモリ科に属するトカゲ類の総称。約650種が世界の熱帯,亜熱帯,温帯に分布し,最大種は東南アジア産トッケイの30cm。日本の代表種であるニホンヤモリは全長11cm,灰色あるいは灰褐色で暗褐色の不規則な斑紋がある。本州,四国,九州,琉球諸島その他に分布し,人家付近に多い。四肢は発達し,各指の下面はひだ状となって吸盤の役をする。尾は自切する。夜間灯火に集まる昆虫類を捕食。全く無害。壁のすみなどに産卵。

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世界大百科事典(旧版)内のヤモリの言及

【イモリ(蠑螈∥井守)】より

…有尾目イモリ科Salamandridaeの両生類の総称。イモリとヤモリとは名前と姿が類似するためよく混同されるが,後者は指が吸盤状をした爬虫類のトカゲのなかまである。 約15属55種が北半球の温帯に広く分布し,大半は全長10~15cmほどで水中生活するものが多く,日本には2種が分布する。…

【吸盤】より

…したがって洗剤などのついた面では滑り落ちてしまう。爬虫類のヤモリでも指の掌面にあり,多数の横ひだからなる。横ひだを構成する剛毛は,非常に細く長く,対象物の表面にある微小な凹凸によく適合して吸着力を生じさせる。…

【黒焼き】より

…黒焼きといえばまずイモリのそれを思い出すが,これは古く中国で流布された女性の貞操監視法からの変化らしい。すなわち,陶弘景(とうこうけい)などによると丹砂で養ったヤモリを陰干しにして粉にし,これを女性の臂(ひじ)などに塗ると赤いあざのようになり,いくら洗っても消えなくなる。ただし男子に接すると消えるので,後宮女性を監視することができ,守宮の名はそこから出たというのである。…

※「ヤモリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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